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コーポレート・ダンジョン  作者: 火川蓮
第一章

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第五層 親睦の強制召喚

定時を告げるチャイムは、この階層では解放の合図ではない。

――それは、さらなる地獄。

親睦会という名の強制イベントへの召喚状だ。

デスクに置かれた一枚のメモ。


『本日19時より、緊急親睦会。全員参加のこと(強制ではありません))』


ブラック企業における“強制ではない”という言葉は、システム上の任意クエストを装った必須フラグだ。

断れば、協調性不足という消えないデバフ(状態異常)を刻まれる。


【戦場の舞台:居酒屋“奈落”】

会場は駅前の騒がしい居酒屋。

タバコの煙(毒霧)とアルコールの臭いが充満し、思考能力を奪うための特殊フィールドとなる。

席順はあらかじめ決められており、私は運悪く、上司であるボス猿の正面、そして毒霧の女王ことベテラン社員の隣という地獄のトライアングルに配置された。


「さあさあ、今日は無礼講だ! 飲んでくれ!」


ボス猿が濁った声で咆哮する。

無礼講とは、上司が部下に一方的な説教を垂れる権利を正当化する、迷宮最大のフェイクスキルだ。


【スキル発動:精神ドレイン】

宴が始まれば、ここは情報の不法投棄場となる。

上司の武勇伝、誰かの失敗談、そして会社への忠誠心を確認するための執拗な問いかけ。

周囲の同僚たちは愛想笑いという名の防御姿勢を保ち、刻一刻と削られる精神力(MP)に耐えている。

だが、私はグラスを置かない。

脳内ではすでに、この無駄な時間を最短で切り上げる逆ハックが始まっている。


【攻略者のサイレント・エスケープ】


「――で、君はこの会社をどう思ってるんだ?」


ボス猿が赤ら顔で私を睨む。

ここで熱く語れば「じゃあもっと働け」と言われ、冷たく返せば「やる気がない」と罵られる。

私はカバンに忍ばせた攻略アイテム――スマートウォッチのタイマーと、あらかじめ設定した擬似緊急連絡フェイクコールを起動する。


「申し訳ありません。実は、以前から進めていた外部案件のシステムアラートが、今この瞬間に発動しました」


「あ? 仕事か? 今は飲み会だぞ」


「はい。ですが、放置すれば明日の朝までにサーバーがダウンし、数百万単位の損失が出る可能性があります。

私が今から一時間だけ対応すれば、損害はゼロに抑えられます。

このままここで親睦を深めるのと、会社の損失を食い止めるの、どちらを優先すべきでしょうか?」


【論理のカウンター】

“損失”というキーワードは、この迷宮の住人に絶対的な沈黙を強いる。

会議で突きつけた純損失のロジックが、ここでも刺さる。

隣のベテラン社員が冷ややかな視線を送ってくるが、私は動じない。


「……チッ。仕事なら仕方ないな。さっさと行って、片付けてこい」


ボス猿が吐き捨てるように言う。

これで協調性不足のデバフを回避しつつ、この地獄からの合法的な離脱ログアウトが可能になった。


【リザルト:聖域(自宅)の確保】

店を出ると、夜風が驚くほど清々しい。

もちろん、サーバーダウンなど起きていない。

一時間後に「対応完了」のメールを一本送るだけで、私のミッションは完遂される。

同僚たちがまだ奈落で精神を削られている中、私は一人、静かな夜道を歩く。

ブラック企業という迷宮において、最も守るべきは自分のための時間だ。

第五層、攻略完了。

だが、スマホには新しい通知が届いていた。


『明日、全社員対象の理念浸透セミナーを開催する。参加必須』


……休む暇もない。

第100層への階段は、さらに険しさを増していく。

読んでくれた方ありがとうございます

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