第三層 無間の迷走
午後三時。
フロアに例のチャイムが鳴る。全員の意識が無言の緊張に包まれ――『定例進捗会議』の合図だ。
この会社において、会議は情報共有の場ではない。
上司が“支配”を確認し、部下が“従順”を示すための、空気の重い密室での儀式である。
会議室の扉が閉まると、外の時間はどこか遠くに消えたように感じる。
窓のない部屋。ホワイトボードには、誰が書いたかもわからない抽象的なスローガンが貼られている。
「――では、先週の進捗について報告をお願いします」
司会は、上司の腰巾着である係長だ。
彼は中身のない言葉を、丁寧な敬語で包み、延々と垂れ流す。
一人三分で済むはずの報告は、脱線や精神論、そして上司の昔話によって二十分にも膨れ上がる。
参加者の目は次第に焦点を失い、ノートに落書きを繰り返す者、ペンを握ったまま天井を見つめる者、スマホに目を落とす者もいる。
集中力は均等に削られ、反抗心は静かに沈む。
会議開始から一時間が経過した。予定時間はとうに過ぎ、議題は本筋から逸れていた。
今は“オフィスの整理整頓”について、上司が熱心に語っている。
「……で、君はどう思う? 建設的な意見はないのか?」
突然、上司の視線が私に向けられる。
ここで下手に答えれば、追加タスクを押し付けられるリスクがある。
かといって「特にありません」と言えば、評価に影響する。
私は手元の端末で資料を確認し、解析結果を示した。
「その件については、共有フォルダの『Q3改善案』の四ページ目に解決策とコスト試算が記載されています。ここで議論するより、各自資料を確認して懸念点を後ほどチャットで共有した方が、約二十五分の時間短縮になります」
「え、あ、そう……? でも、一応ここで全員の顔を見て意思統一を……」
司会は狼狽している。
“合意形成”という名の責任分散の遊びを中断されたくないのだ。
私はさらに現実的な数字を示す。
「この会議に十人が参加し、一時間延長で、既に十人分の人件費約三万八千円がこの一時間で無駄になるところです。
ここで新しい決定が出る見込みはありますか? なければ、続けることは会社にとって純損失です」
会議室は凍りついたように静まり返る。
無駄な言葉が消え、監獄のように感じた空間に、初めて光の差すような静寂が生まれた。
「……確かに、無駄は良くないな。では、残りはチャットで。本日は解散」
上司は苦笑しながら立ち上がる。
自分の権威を、冷たい数字で否定されたことが堪えたのだ。
予定より三十分、いや二時間にまで伸びるはずだった時間を、私は確保した。
他の社員たちは解放されたかのように外へ出る。
私は手元の時間をスケジュールに書き込み、
次なる戦場――未読メールの山――へ、覚悟を決めて静かに向かう。
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