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コーポレート・ダンジョン  作者: 火川蓮


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2/2

第二層 共依存の泥濘

今回の敵は、怒鳴る上司よりも厄介な、善意の仮面をかぶった寄生生物だ。


午後のオフィスには、重たい空気が漂っている。

エアコンの乾いた風では拭えない、人間の焦りと諦念が混ざり合った“停滞”という名のオフィスデバフだ。

時計の針は16時を回った。

この時間帯、社内の難易度は急上昇する。


【寄生生物のエンカウント】


「――ねえ、ちょっといいかな?」


隣の席の同僚が声をかけてくる。

そのデスクには整理されないまま積まれた書類の山――通称“ゴミの塔”がそびえ立っている。

目は泳ぎ、声は力なく震えている。


「この資料のまとめ方、どうしても分からなくて……。君ならすぐできるよね? 助けてくれないかな。みんなも手一杯みたいだし」


脳内ログに警告が走る。

これは相談ではない。自分のリソース管理の失敗を、他人の精神力で補填しようとする**「吸血スキル」**だ。


【同調圧力の鎖】

周囲の同僚たちが、一瞬だけこちらを窺う。

その視線には「助けてあげなよ」「みんな苦労してるんだから」という、無言の圧力が込められている。

ここで手を貸せば、“定時退勤”というゴールは霧の向こうに消えるだろう。

だが、微笑まない。

感情をオフにし、最適解をサーチする。


【攻略者のパラダイムシフト】


「この作業、手順書マニュアルの35ページに記載されていますね」


「えっ、でも、読んでる時間もなくて……。お願い、今回だけだから!」


縋り付くような視線が飛んでくる。

キーボードから手を離し、正面から向き合う。


「代わりにやるのは簡単です。ですが、それはあなたの『経験値』を奪うことになります。

次に同じ状況になった時、また誰かに依存しなければなりません。

それは、あなたのキャリアにとって致命的なものになるでしょう」


「え……?」


「私はあなたの成長を尊重します。

だから、やり方は教えますが、手は出しません。

まず手順書を読み、不明点を具体的に箇条書きにしてください。

それが終わったら再度声をかけてください。リミットはあと15分です」


泥濘ぬかるみの消滅】

“成長”という、抗えない正論を突きつける。

相手は毒気を抜かれたように口を閉じ、自分のデスクへ戻っていった。

周囲の「手伝ってやれよ」という空気も、論理という冷気で霧散する。

再び自分のタスクに潜る。

情に流され、泥濘に足を取られて共倒れになるのは攻略ではない。

このオフィスで唯一守るべきは、自分のペースと、自分だけの“今”だ。


【リザルト:ログアウト】

18時00分。

社内のあちこちで、残業という名の泥を捏ねる音が響き始める。

カバンを手に取り、無駄のない動作で立ち上がる。


「お疲れ様でした」


背後でまだ手順書と格闘する気配を感じるが、振り返らない。

自動ドアが開き、夜の街の冷たい風が頬を打つ。

オフィスの湿った空気から解放された瞬間、ステータス異常はすべてリセットされる。

今日もまた、自分を汚さずに、一階層を攻略した。

読んでくれた方ありがとうございます

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