第二層 共依存の泥濘
今回の敵は、怒鳴る上司よりも厄介な、善意の仮面をかぶった寄生生物だ。
午後のオフィスには、重たい空気が漂っている。
エアコンの乾いた風では拭えない、人間の焦りと諦念が混ざり合った“停滞”という名のオフィスデバフだ。
時計の針は16時を回った。
この時間帯、社内の難易度は急上昇する。
【寄生生物のエンカウント】
「――ねえ、ちょっといいかな?」
隣の席の同僚が声をかけてくる。
そのデスクには整理されないまま積まれた書類の山――通称“ゴミの塔”がそびえ立っている。
目は泳ぎ、声は力なく震えている。
「この資料のまとめ方、どうしても分からなくて……。君ならすぐできるよね? 助けてくれないかな。みんなも手一杯みたいだし」
脳内ログに警告が走る。
これは相談ではない。自分のリソース管理の失敗を、他人の精神力で補填しようとする**「吸血スキル」**だ。
【同調圧力の鎖】
周囲の同僚たちが、一瞬だけこちらを窺う。
その視線には「助けてあげなよ」「みんな苦労してるんだから」という、無言の圧力が込められている。
ここで手を貸せば、“定時退勤”というゴールは霧の向こうに消えるだろう。
だが、微笑まない。
感情をオフにし、最適解をサーチする。
【攻略者のパラダイムシフト】
「この作業、手順書の35ページに記載されていますね」
「えっ、でも、読んでる時間もなくて……。お願い、今回だけだから!」
縋り付くような視線が飛んでくる。
キーボードから手を離し、正面から向き合う。
「代わりにやるのは簡単です。ですが、それはあなたの『経験値』を奪うことになります。
次に同じ状況になった時、また誰かに依存しなければなりません。
それは、あなたのキャリアにとって致命的なものになるでしょう」
「え……?」
「私はあなたの成長を尊重します。
だから、やり方は教えますが、手は出しません。
まず手順書を読み、不明点を具体的に箇条書きにしてください。
それが終わったら再度声をかけてください。リミットはあと15分です」
【泥濘の消滅】
“成長”という、抗えない正論を突きつける。
相手は毒気を抜かれたように口を閉じ、自分のデスクへ戻っていった。
周囲の「手伝ってやれよ」という空気も、論理という冷気で霧散する。
再び自分のタスクに潜る。
情に流され、泥濘に足を取られて共倒れになるのは攻略ではない。
このオフィスで唯一守るべきは、自分のペースと、自分だけの“今”だ。
【リザルト:ログアウト】
18時00分。
社内のあちこちで、残業という名の泥を捏ねる音が響き始める。
カバンを手に取り、無駄のない動作で立ち上がる。
「お疲れ様でした」
背後でまだ手順書と格闘する気配を感じるが、振り返らない。
自動ドアが開き、夜の街の冷たい風が頬を打つ。
オフィスの湿った空気から解放された瞬間、ステータス異常はすべてリセットされる。
今日もまた、自分を汚さずに、一階層を攻略した。
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