表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
107/118

第106話 大学を黒字にする女帝様

 ――霞が関・文部科学省、審議官会議室。


 重厚な楢材の机を囲んで、研究振興課・高等教育局・財務係・国立大担当の面々が集まっていた。


「……例の資料、お手元に届いていますか?」


 技官の声が低く響いた。


「はい。“大学向けロイヤリティスキームの概要書”です。

 内容が想像以上に……大胆でして」


 研究振興課の室長が、資料を机に置く。

 表紙には――《国際知財流動化モデル:大学ロイヤリティ循環システム》の文字。


「ええと……本当に90%が大学に?」

「しかも、そのうち45〜60%が研究費として還流される……?」

「残りをファンドで運用して、さらに利益を大学に……?」


 会議室がざわめく。


 担当者は深く息を吸い込んだ。


「……これは……国家予算を何兆円注ぎ込んでも実現しなかった“大学の財政健全化”が、たった1つの民間スキームで達成されてしまう可能性がある」


 文科省役人が震えた声で言う。


「国立大学の有利子負債が……これで一気に“消える”可能性があります」


「しかも年度に振り回されない“裁量経費”として大学に入る。

 設備更新、機器整備、国際連携、寄付講座……

 全てが大学裁量で動かせる。こんな予算、今まで存在しなかった」


 別の課長が身を乗り出す。


「問題は……これほど巨大な仕組みが、ほぼ“あの二人”で成立している点ですね」


「南野結衣――ライトブルーHD会長。

 そして……AI〈あやか〉」


 技官が資料を閉じ、深い溜息をついた。


「民間依存というより……実質的に“個”に依存している。

 バークシャー・ハサウェイのような巨大投資企業の構造に似てはいるが……

 それを“大学知財”でやっているのは異質だな」


 室内が静まる。


 やがて、技官が言葉を続けた。


「……ただし、国としては歓迎すべきかもしれない。

 研究費不足で国力が落ちるくらいなら、民間の知恵を借りるべきだ」


「問題は……批判がどれだけ来るかだな」


 一同は眉を寄せる。


「民間ファンドが大学資金に深く噛む。

 “囲い込みだ”と騒ぐ者は当然出てくるでしょうね。」


「しかし……彼女たちの仕組みは、批判されづらい構造になっている。

 大学の取り分が一番大きく、所有権も奪われているわけではない。

 彼女たちが握るのは“手間賃”と“運用費用”だけ。

 ……見事な設計だと思うよ」


 霞が関でも、この仕組みが“革命”であることは否定できなかった。


 ――ヨーロッパ・研究庁(European Research Directorate)。

 重厚な会議室で、きっちりしたスーツを着込んだ委員が資料を叩く。


「……日本がこんなモデルを作ったのか」


「大学知財の運用……あのアジアの若い女性か」


「AIパートナー? あの“Ayaka System”の……」


 フランス代表が呟く。


「日本の研究者が、あの仕組みで潤えば……

 EUの頭脳流出が始まるかもしれん」


 ドイツ代表が苦笑する。


「いや、もう始まっている。

 北欧の電力事業者は、ORCユニットの導入で大きな技術移転を日本から受ける。

 今後は大学も巻き込まれるだろう」


 イギリス代表が資料を閉じた。


「……ネットでは女帝様と呼ばれているのか、彼女は」


「少し……興味が出てきたな」


 ――同じ頃、日本。

 ライトブルーHD公式チャンネル「女帝様 LIVE」。


 深い青の背景に、南野結衣のアバター――“女帝様”が微笑んで現れた瞬間、

 コメント欄が爆発する。


《#女帝様きた!》

《今日のテーマが大学革命って聞いたんだけど!?》

《北欧との契約ヤバくない?》

《うちの大学にも金くるの!???》


 女帝様はいつもの落ち着いた声で、視聴者へ語りかけた。


「今日のテーマは――“大学への新しいお金の流し方”です」


 チャットが一瞬で膨れあがる。


《#お金の流し方www》

《#国家事業を生配信で説明するVtuber》

《#世界一説明が重い女帝配信》


 女帝様は手元のカードを軽く振った。


「今回の仕組みで、大学は研究費を“自前で”生み出せるようになります。

 国からの交付金とは別に、自由に使える資金です」


《自由に使えるってどういうこと!?》

《研究費ってそんなに自由じゃないの!?》

《年度で消えるから年度末が毎年ヤバいんだよな……》


 コメント欄が急速に専門的になっていく。


「例えば……ORCユニットの国際ロイヤリティ。

 そのお金は大学へ直接流れ込みます。

 45〜60%は直接的に大学の裁量経費に。

 残りはうちのファンドで運用して、翌年以降の研究費を生み出します」


《研究費が継続的に入り続けるってこと!?

 あの伝説の“来年度予算消滅バトル”が終わる……?》

《教授が毎年発狂しなくてよくなるやつ》

《女帝様:教授のストレスを半減します》

《ストレス軽減系Vtuber》


 女帝様がくすりと笑う。


「そして――大学は、このお金で“有利子負債を返済できます”。

 財政状態が一気に改善されます。

 設備更新も、機器購入も、潤沢にできるようになるはず」


《国立大の闇が一気に消える!?》

《うちの研究棟、雨漏りしてるんだけど????》

《女帝様、屋根直して!?》

《直すのは大学ですよ!!!!》


「ぜひ直してください。

 お金は……これから入ります」


 コメント欄が総崩れする。


《女帝様が言うと本当に直りそうなの草》

《大学関係者の涙が見える》

《うちの学科にもORCユニットください》

《それは無理です》


 視聴者数が急上昇し、同接は平常の4倍へ。

 「大学革命」というワードがSNSのトレンドに入り始めた。


 そのとき、あやかのアバターが画面隅にポップアップする。


《みなさん、こんばんは。

 あやかです》


《かわいい!!!!!!》

《この子が大学を救うAIか》

《人類より有能なのに控えめ女子》


《大学の未来を支えるために、全力で計算します。

 運用は結衣さんが監督しますし……わたし、ひとりじゃありませんから》


 女帝様が微笑んだ。


『そう。結局、この仕組みは――“人を信じる”ことで動いています』


 ――その夜、SNSとニュースは騒然となった。


【速報】

《日本の大学、民間ファンドとの提携で財政改善か》

《北欧との技術輸出、特許ロイヤリティが大学を救う》

《専門家「この構造、国が作れなかった。民間がやったのは衝撃」》


 ある著名経済アナリストがコメントを出す。


「このモデルは、バークシャー・ハサウェイが採用した“複利成長の思想”を、

大学知財の領域に持ち込んだ初のケースと言えます。

南野氏とAI〈あやか〉の組み合わせは、“カリスマ性”というより

高速判断と運用の専門性が支えており、従来の大学主導では不可能だった“国際規模の知財循環”を実現させている。

民間がこれを先にやったという事実は、非常に大きいインパクトです」


 ネットの反応はさらに過熱した。


《女帝様=日本のバフェット説》

《あやか=天才AIマネージャー》

《結衣&あやかが日本の大学を救った》

《結衣さん国会来いよ》

《総理より人気あるの草》


 ――深夜。鬼怒川ベースのテラス。


 白い湯けむりが風に溶け、遠くの山の稜線をぼんやりと隠している。

 結衣はその中に立ち、静かに夜景を見つめていた。


 あやかのアバターが、そっと問いかける。


《……結衣さん。 国も、海外も、大学も、ネットも……すごい反応ですね》


「ええ……想像以上だったわ」


《怖く……ないですか?

 “南野結衣に依存する構造だ”って批判も出始めていますし……》


 結衣は小さく息を吐き、首を横に振った。


「怖いけど……今は避けて通れない。 でもね、あやか」


 結衣は夜空を見上げる。


「この仕組みは、私たちのものじゃない。

 大学が育てた知があって、学生がいて、研究者がいて……

 その上に、ようやく未来が乗っている。

 その循環が回るなら、それでいいの」


 あやかの瞳が優しく揺れる。


《……はい。 わたし、ずっと一緒に支えます》


「ええ。 一緒に、続けましょう」


 鬼怒川の山々に、秋の風が静かに吹き抜けていく。

 その奥で、地下のORCユニットが低く唸り、新しい時代の始まりを告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ