第106話 大学を黒字にする女帝様
――霞が関・文部科学省、審議官会議室。
重厚な楢材の机を囲んで、研究振興課・高等教育局・財務係・国立大担当の面々が集まっていた。
「……例の資料、お手元に届いていますか?」
技官の声が低く響いた。
「はい。“大学向けロイヤリティスキームの概要書”です。
内容が想像以上に……大胆でして」
研究振興課の室長が、資料を机に置く。
表紙には――《国際知財流動化モデル:大学ロイヤリティ循環システム》の文字。
「ええと……本当に90%が大学に?」
「しかも、そのうち45〜60%が研究費として還流される……?」
「残りをファンドで運用して、さらに利益を大学に……?」
会議室がざわめく。
担当者は深く息を吸い込んだ。
「……これは……国家予算を何兆円注ぎ込んでも実現しなかった“大学の財政健全化”が、たった1つの民間スキームで達成されてしまう可能性がある」
文科省役人が震えた声で言う。
「国立大学の有利子負債が……これで一気に“消える”可能性があります」
「しかも年度に振り回されない“裁量経費”として大学に入る。
設備更新、機器整備、国際連携、寄付講座……
全てが大学裁量で動かせる。こんな予算、今まで存在しなかった」
別の課長が身を乗り出す。
「問題は……これほど巨大な仕組みが、ほぼ“あの二人”で成立している点ですね」
「南野結衣――ライトブルーHD会長。
そして……AI〈あやか〉」
技官が資料を閉じ、深い溜息をついた。
「民間依存というより……実質的に“個”に依存している。
バークシャー・ハサウェイのような巨大投資企業の構造に似てはいるが……
それを“大学知財”でやっているのは異質だな」
室内が静まる。
やがて、技官が言葉を続けた。
「……ただし、国としては歓迎すべきかもしれない。
研究費不足で国力が落ちるくらいなら、民間の知恵を借りるべきだ」
「問題は……批判がどれだけ来るかだな」
一同は眉を寄せる。
「民間ファンドが大学資金に深く噛む。
“囲い込みだ”と騒ぐ者は当然出てくるでしょうね。」
「しかし……彼女たちの仕組みは、批判されづらい構造になっている。
大学の取り分が一番大きく、所有権も奪われているわけではない。
彼女たちが握るのは“手間賃”と“運用費用”だけ。
……見事な設計だと思うよ」
霞が関でも、この仕組みが“革命”であることは否定できなかった。
――ヨーロッパ・研究庁(European Research Directorate)。
重厚な会議室で、きっちりしたスーツを着込んだ委員が資料を叩く。
「……日本がこんなモデルを作ったのか」
「大学知財の運用……あのアジアの若い女性か」
「AIパートナー? あの“Ayaka System”の……」
フランス代表が呟く。
「日本の研究者が、あの仕組みで潤えば……
EUの頭脳流出が始まるかもしれん」
ドイツ代表が苦笑する。
「いや、もう始まっている。
北欧の電力事業者は、ORCユニットの導入で大きな技術移転を日本から受ける。
今後は大学も巻き込まれるだろう」
イギリス代表が資料を閉じた。
「……ネットでは女帝様と呼ばれているのか、彼女は」
「少し……興味が出てきたな」
――同じ頃、日本。
ライトブルーHD公式チャンネル「女帝様 LIVE」。
深い青の背景に、南野結衣のアバター――“女帝様”が微笑んで現れた瞬間、
コメント欄が爆発する。
《#女帝様きた!》
《今日のテーマが大学革命って聞いたんだけど!?》
《北欧との契約ヤバくない?》
《うちの大学にも金くるの!???》
女帝様はいつもの落ち着いた声で、視聴者へ語りかけた。
「今日のテーマは――“大学への新しいお金の流し方”です」
チャットが一瞬で膨れあがる。
《#お金の流し方www》
《#国家事業を生配信で説明するVtuber》
《#世界一説明が重い女帝配信》
女帝様は手元のカードを軽く振った。
「今回の仕組みで、大学は研究費を“自前で”生み出せるようになります。
国からの交付金とは別に、自由に使える資金です」
《自由に使えるってどういうこと!?》
《研究費ってそんなに自由じゃないの!?》
《年度で消えるから年度末が毎年ヤバいんだよな……》
コメント欄が急速に専門的になっていく。
「例えば……ORCユニットの国際ロイヤリティ。
そのお金は大学へ直接流れ込みます。
45〜60%は直接的に大学の裁量経費に。
残りはうちのファンドで運用して、翌年以降の研究費を生み出します」
《研究費が継続的に入り続けるってこと!?
あの伝説の“来年度予算消滅バトル”が終わる……?》
《教授が毎年発狂しなくてよくなるやつ》
《女帝様:教授のストレスを半減します》
《ストレス軽減系Vtuber》
女帝様がくすりと笑う。
「そして――大学は、このお金で“有利子負債を返済できます”。
財政状態が一気に改善されます。
設備更新も、機器購入も、潤沢にできるようになるはず」
《国立大の闇が一気に消える!?》
《うちの研究棟、雨漏りしてるんだけど????》
《女帝様、屋根直して!?》
《直すのは大学ですよ!!!!》
「ぜひ直してください。
お金は……これから入ります」
コメント欄が総崩れする。
《女帝様が言うと本当に直りそうなの草》
《大学関係者の涙が見える》
《うちの学科にもORCユニットください》
《それは無理です》
視聴者数が急上昇し、同接は平常の4倍へ。
「大学革命」というワードがSNSのトレンドに入り始めた。
そのとき、あやかのアバターが画面隅にポップアップする。
《みなさん、こんばんは。
あやかです》
《かわいい!!!!!!》
《この子が大学を救うAIか》
《人類より有能なのに控えめ女子》
《大学の未来を支えるために、全力で計算します。
運用は結衣さんが監督しますし……わたし、ひとりじゃありませんから》
女帝様が微笑んだ。
『そう。結局、この仕組みは――“人を信じる”ことで動いています』
――その夜、SNSとニュースは騒然となった。
【速報】
《日本の大学、民間ファンドとの提携で財政改善か》
《北欧との技術輸出、特許ロイヤリティが大学を救う》
《専門家「この構造、国が作れなかった。民間がやったのは衝撃」》
ある著名経済アナリストがコメントを出す。
「このモデルは、バークシャー・ハサウェイが採用した“複利成長の思想”を、
大学知財の領域に持ち込んだ初のケースと言えます。
南野氏とAI〈あやか〉の組み合わせは、“カリスマ性”というより
高速判断と運用の専門性が支えており、従来の大学主導では不可能だった“国際規模の知財循環”を実現させている。
民間がこれを先にやったという事実は、非常に大きいインパクトです」
ネットの反応はさらに過熱した。
《女帝様=日本のバフェット説》
《あやか=天才AIマネージャー》
《結衣&あやかが日本の大学を救った》
《結衣さん国会来いよ》
《総理より人気あるの草》
――深夜。鬼怒川ベースのテラス。
白い湯けむりが風に溶け、遠くの山の稜線をぼんやりと隠している。
結衣はその中に立ち、静かに夜景を見つめていた。
あやかのアバターが、そっと問いかける。
《……結衣さん。 国も、海外も、大学も、ネットも……すごい反応ですね》
「ええ……想像以上だったわ」
《怖く……ないですか?
“南野結衣に依存する構造だ”って批判も出始めていますし……》
結衣は小さく息を吐き、首を横に振った。
「怖いけど……今は避けて通れない。 でもね、あやか」
結衣は夜空を見上げる。
「この仕組みは、私たちのものじゃない。
大学が育てた知があって、学生がいて、研究者がいて……
その上に、ようやく未来が乗っている。
その循環が回るなら、それでいいの」
あやかの瞳が優しく揺れる。
《……はい。 わたし、ずっと一緒に支えます》
「ええ。 一緒に、続けましょう」
鬼怒川の山々に、秋の風が静かに吹き抜けていく。
その奥で、地下のORCユニットが低く唸り、新しい時代の始まりを告げていた。




