路面電車
どういうわけか子供のころから、大田は路面電車が大のお気に入りであった。もしも警察官になっていなければ、路面電車の運転手になっただろうと思えるほどである。
まず、あの音がいい。
国鉄や私鉄の電車よりも、客室の床が地面にはるかに近いから、レールの継ぎ目の音もくぐもらず、より直接に鼓膜をゆすぶる。そもそも床板も薄い。
警笛も、国鉄のように圧縮空気を送って音を出す笛式ではなく、運転手の踏むペダルが、床下をはう鉄のロッドを動かし、これがハンマーを動かし、鐘をたたいて鳴らすのである。カンカンというよりも、ゴンゴンと聞こえる。
そもそも運転手にしてからが、座席に座ってなどいない。立っているのである。
では乗客はどうか。
路面電車の中でも特に古い車両に当たった日には、座席に座っても、まず居眠りなどできない。
車体の揺れで、車内中の窓という窓がビリビリと振動し、おまけにスピードを出せば、つり革が大きく揺れて網棚にぶつかって、バシンバシンと音を立てる。そのとき車体は嵐の海の小舟のごとく揺れており、せわしなく、騒がしいのなんの。
木製でニス塗りの車内は、夜間は黄色い白熱電球のおかげで薄暗く、屋根の上にはパンタグラフなんぞ存在せず、ポールという名の釣りざおのようなものが2本、車体の前後を向いてそれぞれ突き出している。この棒が、バチバチとスパークを飛ばしながら、架線から電気を取るのである。
大田の生家はある地方都市にあり、玄関先はこういう路面電車の走る通りに面していた。ごく小さいころから、大田は路面電車の音を聞き、走りっぷりを眺めながら育ってきたのである。道路は舗装などしていないから、電車が通り過ぎるたびに、もうもうと砂ぼこりが上がる。
だから現在も、府警からの帰り道、大田は路面電車を利用することにしていた。本当は地下鉄のほうが速いのだが、これは好みの問題である。
この日も大田は、そうやって帰宅しようとしていた。いつものように路面電車の客となったのだが、すでに日はとっぷりと暮れ、小学生ならもう寝床へ追いやられている時間帯であろう。
車内は特に混んではおらず、大田は座席に腰かけることができた。そして、隣に座っている男の顔に気が付いたのである。
「おや、あんた。一杯機嫌で、今お帰りかい?」
いかにも酒で顔を赤くしていたからだが、大田に話しかけられたその男は、あまりうれしそうでもない。
人違いかと大田は顔を眺めなおしたが、やはり間違いない。大田の家の近所の魚屋なのだ。
名を熊野という独身男で、自宅を兼ねた店舗をかまえている。大田の細君も、普段からそこで買い物をし、得意客といっていい。
この時代にはまだ自家用車といったものが普及しておらず、それは自営業者も同じであった。
熊野は魚屋の子に生まれ、父親からこの商売を受け継いだのであるが、毎日、夜明け前に目を覚まして、路面電車に乗って、中央卸売市場へと出かけてゆく。
そこで魚を仕入れ、自分の店までまた路面電車に乗って戻るのだ。氷入りのトロ箱を重ねて肩に乗せ、腰を入れて、飛ぶように素早く歩くのである。
その熊野にジロリとにらみ返されたが、大田もそれでひるむようなことはない。
「おや熊さん、あんた機嫌が悪いのかい? 誰かと喧嘩でもしたかい?」
「おや、大田の旦那でしたか。これは失礼しました。お顔に気が付かなかったもんですから」
「気が付かないもあるもんか。こうして隣に座っていて…。どうした? 本当に何かあったのかい?」
「いえね…」
熊野はポケットから煙草を取り出しかけたが、車内は禁煙だと思い至ったらしい。またポケットにしまって、所在なさげに手をひらひらさせた。
「旦那には、情けない所を見られちまいました。どうもアッシは、路面電車というやつが苦手というか、大嫌いになっちまいましてね。これまでは毎日毎日、何年間も平気で乗り付けてきたんですが」
路面電車が嫌いと聞かされて、大田も黙ってはいられない。
「路面電車が苦手って、あんた何があったんだい?」
最初のうち熊野は、
「いいえ、なにも大したことじゃありませんので…。旦那のお耳に入れるようなことでは…」
と断っていたが、ついに根負けし、語り始めたのが次のようなことである。
「旦那、つい先日アッシは路面電車の幽霊、つまり幽霊電車に乗車してしまったみたいなんです…」
出来事が起こったのは、3日ほど前である。店を閉めた後、一人暮らしの熊野は外出をした。
明日は店の休業日という夜の外出だったから、目的はおのずと決まっていて、酒を飲むことである。熊野も弱いほうではなく、飲み屋街へ出かけ、それなりに腹に入れて、家路についたのは良い。
ただ、少しばかり時間が遅かった。家へ帰るには、路面電車に乗らなくてはならない。しかし時刻は、もう終電車に近かったのである。
多少おぼつかない足取りで、熊野は電車道へと急いだ。赤い色のちょうちんや、縄のれんの間を進んだわけである。電車道へは、難なく着くことができた。
電車道とは、要するに路面電車の線路が通っている道路のことで、時刻が時刻だからすでに人影はなく、通り過ぎる自動車の数も少なかった。短い横断歩道を渡り、熊野は電停へとやって来たのである。
月のない晩で、街灯も所々にしかなく薄暗い。他に乗車しようという者の姿もなく、そこで何分待っただろうか。
やがて遠くに電車の明かりが見え、熊野はホッとしたのである。
「やれやれ、最終電車に乗り遅れなくてすんだぞ」
電車は目の前に停車し、開いたドアを通って、熊野は乗り込んだ。この時代のことだから、ドアを開けてくれたのは機械ではなく、車掌の手である。
ここで大田は質問をした。
「なあ熊さん、それが最終電車だと、どうして分かったんだい?」
「そりゃあ簡単ですよ。赤いランプがついてましたもん」
大田は気が付いた。もう真夜中近い時刻のことである。それが最終電車かどうかを暗闇の中でも示すために、路面電車のヘッドライトのわきには、赤いランプが取り付けられるようになっている。
これが取り付けられ、点灯していれば最終電車という意味なのだ。どんな飲兵衛も酔っ払いも、この赤ランプを目にしては、絶対に乗り遅れるわけにはいかない。
「そうか分かった。話を続けてくれよ」
「へえ旦那。そういうわけでアッシは、最終電車を逃すことなく、車内の座席に腰を落ち着けたんですがね…」
だがなぜか、車内の雰囲気が変だと熊野は感じたのである。最初は気のせいかと思ったが、まず自分以外には乗客が一人もいないことに気が付いた。
車掌はいる。運転手もいる。しかし自分がいる場所を除いて、車内のすべての座席が空席なのだ。もちろん、つり革を持って立っている客もない。
いくら深夜遅くとはいえ、大阪の町のことである。いくらなんでも、おかしいじゃないか。
酔っ払ってボンヤリした目で、熊野は車内を見回していたが、そこへ車掌がやって来た。熊野の行先を聞き、切符を売るためである。
その車掌の姿にも、遠目には何もおかしなところはなかった。
上着もズボンも真っ黒な生地で、切符を保管し、小銭をたくわえるカバンを腰ベルトに引っ掛け、腹の前に置いているのも、いつもと変わらない。上着のボタンもすべてきちんととめ、現代では学生服でしか見ないようなツメエリのカラーも、ちゃんとしている。
「えっ切符? ああ…」
気が付いて、熊野はサイフを取り出した。そして車掌の顔を見上げたのである。
制服と同じように、この車掌は制帽もきちんとかぶっていた。しかしなんと、その帽子の下には顔がなかった。
「ぎゃあー」
熊野は、あられもなく大きな悲鳴を上げたのである。
ここで再び大田が尋ねた。
「熊さん、顔がないって、どういうことだい?」
その言葉に、熊野は困ったように頭をかいた。
「どうもこうも、そのままズバリの意味なんですよ。なんていうかこう…」
「顔がないのなら、妖怪ののっぺら坊みたいな?」
「そうそう、それそれ。そんな感じで、まるで肌色の風船みたいに、目も鼻も口も何もないんですから」
「ふうむ…。それからどうしたね?」
「大の大人が情けない話ですが、悲鳴を上げて、アッシは座席から飛び上がったんです。口もないくせに、妖怪のやつはフフフと笑ったようでした。そして、なおもアッシに迫ってくるじゃありませんか。その恐ろしいことときたら…」
「…」
「酔いなんぞ一発でさめ、助けを求めてアッシは周囲を見回しましたが、もちろん助けてくれる人なんていません。アッシ以外には乗客のいない空っぽの電車なんだから。そこで車体の前へ駆けてゆき、運転手に助けを求めることにしたんです」
「運転手ねえ」
「足取りもおぼつかなかったに違いありませんが、なんとか運転手のところへ行き、『助けてくれ。お化けが出た』とアッシは肩をつかみました」
「運転手の様子に、おかしなところはなかったのかい?」
「運転手は前を向いて、電車を運転していますからね。アッシには背中と頭の後ろしか見えませんでした。だけどアッシの手が肩に触れると、運転手も振り向いたんです」
「そうしたら?」
「ええい、旦那も意地悪だなあ。言わせないでくださいよ。思い出しても身震いがする…。振り返った運転手の顔も、車掌と同じように、のっぺら坊だったんですよ…」
ここで熊野は、2度目の悲鳴を上げたわけである。髪の毛を逆立たせ、飛びのいた。
この当時の路面電車が自動ドアを装備していなかったのは、幸いかもしれない。半分腰を抜かしつつも熊野は体を泳がせ、ドアに手をかけることができたのである。そして、折戸になっていたそれを一気に引き開け、車外へと飛び出した。
幸運にも、電車はあまりスピードが出ていなかった。多少のすり傷は受けたものの、なんとか熊野は地面に転げ出ることができたのである。
真夜中近くのことで、行き交う自動車もなく、跳ね飛ばされることもなかった。
「ふうむ…」
熊野は話し終えたが、どうも大田は信用していない顔である。
「ねえ旦那、ぜんぶ本当のことなんですよ」
訴える熊野の表情は必死で、今にもそでをまくって、その時のすり傷でも見せそうである。
「あんたが嘘を言っているとは思わんがね。それで、その後どうしたね?」
「へえ…」
舌で唇を湿らせて、熊野は気を取り直し、
「…あまりのことで、アッシはしばらく身動きもできませんでしたが、いつまでも道路にへばりついてもいられません。歩いて家へ帰りましたよ」
「いや、そうじゃなくて、ワシが言うのは、あんたが飛び降りた後、その幽霊電車はどうなったのか、ということさ」
「ああ、それ?…」
熊野は首をかしげ、
「…さあ、どうですかねえ。5分か6分の間、アッシは伸びていたみたいで、気が付いて顔を上げた時には、幽霊電車の姿はもう、どこにもありませんでした。まるでなんかのお話みたいに、地面がパックリと開いて、地獄のカマの中へでも帰っていったんじゃないですかねえ」
熊野は真剣だが、大田にはまだどうも信じられない。
「その場所はどこだい?」
「場所って?」
「あんたがその幽霊電車から命からがら飛び降りた場所だよ。どのあたりなんだい?」
「ああ、それですか。すぐそばの街路樹がヤナギだったことと、『やれ命が助かった。やれ嬉しや』と見上げた先にラーメン屋の看板があったことを覚えてます。ほら路面電車には、町のあちこちに車庫というか、なんか建物があるでしょう?」
「営業所かい?」
「ああ、そうそう。その第2営業所の少し手前でしたよ。アッシの家はそこから15分ばかり歩いたところだから、よく知ってまさあ…」
「ふうむ」
「ねえ旦那、旦那はどうお思いです? 誓って嘘はついておりません。この町の電車は呪われてるんじゃないですかねえ?」
そんなことを言われても、大田にも答えようがなかった。
大田は頭の中で考えた。
おそらくは車掌と運転手の悪戯であろうが、そんなことをして何の得がある? 会社にばれたら、首がいい所だろう。
しかもだ。悪戯なら悪戯として、熊野以外の他の乗客たちはどうしたのだろう? いくら最終電車でも、乗客が一人きりということはあり得ない。少なくとも数人はおろう。
ほかの乗客たちも、熊野と同じように脅かして、電車から降ろしてしまったのだろうか。
しかしそんなことをして、何人もが同じ目に合えば、そのうちの誰かが警察へ届けないとも限らないし、路面電車の会社にだって苦情を入れるかもしれない。
熊野とはそのまま別れ、大田は帰宅したが、ずっと物思いに沈んで口数が少ないのを細君が不審に思ったが、大田は生返事でごまかし、考え続けた。そして結論に達したのである。
「そうか、運転手と車掌が何かのたくらみをしていたのは間違いない。熊野以外に乗客の姿がなかったのは、熊野が乗車した電停に来るまでは車内の電灯を消し、標識を出して回送電車のふりをしていたのだ。それがなぜ突然、その電停から乗客を乗せる気になったのか、それが分からんが…」
勤務地は異なり、別の署ではあるけれど、大田にも友人の刑事がいる。
名を林というのだが、学生時代には水泳をしていて背の高い大田とは対照的に、学生の頃は柔道に明け暮れ、背丈はそれほどでもないが、筋肉質の林の体はゴツく分厚く、まるで寺の鐘楼にぶら下がっている鐘のようである。
性格も違い、大田はどこかのんびりして努力家でもないが、林は猪突猛進。これと決めたら魚雷のごとく直進するところがある。
この二人はなんとなく馬が合い、同期で府警に入ったころから、親しく付き合ってきた。所属する署は違うが、どちらも階級は警部である。
翌日は休日だったので、大田は林のいるXX署を訪ねることにした。林がその日、勤務であることは、事前に電話して確かめてある。
「なんでえ大田、こんなところに来るとは珍しい。酒も食い物も出ないぞ」
のっけからご挨拶であるが、大田も笑い、帽子を脱いで、そこらの机に置いた。この署の刑事部屋なのである。
「おい林よ、あんまりでかい口はきかん方がいいぞ。ワシの話を聞いた後、顔を赤くするかもしれん。わざわざ来てやったのだからな」
「俺が顔を赤くするって、猥談か何かかい?」
「は、ワシがそんなことを口にするガラに見えるかい? 4日ほど前のことだが、路面電車の第2営業所の近くで、何か事件はなかったか?」
さっそく大田は切り出したものだが、林はすぐに顔色を変え、
「第2営業所はこの署の管轄だが、どういうことだ? 何を言ってるんだ?」
大田はニヤリと笑い、
「やっぱり何かあったな。話してみろよ」
「うーん、そっちが先に話せよ」
「いいや、そっちが先だ。ワシが持ってきたのは、とっておきの重大情報だから、安くは売れん」
林は、恨めしそうに大田の顔を見ていたが、決断は早い男のようだ。
「よし、じゃあ話すよ。その代わり、秘密は守れよ。まだ正式に事件と決まったわけじゃないんだから」
「わかってる。刑事が外で噂話なんかするものか」
「よしよし、4日前と言ったな。正確には5日前の深夜のことだが、うちの管内であったよ。お前さん好みの事件かもしれん」
「どんなのだ?」
「夜遅く、路面電車の会社から連絡が入った。通報じゃなくて、ただの連絡さ。事件かどうかははっきりせぬが、とりあえず警察の耳には入れておこうという腹らしい…」
「ほう」
「うちの管内には、路面電車の第2営業所というのがある。電車道に面して塀に囲まれ、ちょっと広い敷地があって、電車の車庫やら修理工場やら、運転手や車掌たちの詰め所もある」
「うん」
「しかし別の町には、第1営業所というのもあるんだ。こっちのほうがより大規模で、本社機能もこの第1にある。第1も第2も、それぞれ電車を何十両かと、運転手と車掌を何十人か抱えているんだな」
ただこの二つの営業所の間には、規模以外にも少し差があった。一日の営業時間が、第2のほうが短いのである。
つまり第1営業所に所属する電車は、最終電車の時刻までギリギリ客を乗せて走り続けるが、第2営業所の電車はそうではない。最終電車の1時間前には仕事を切り上げ、電車も運転手も車掌もみな戻ってきて、営業所の内部へ引き上げてしまうのである。
「そりゃまた、どうしてだい?」
と大田は言った。
第2営業所が、第1よりも1時間早く営業を終える理由は簡単だった。第2営業所には金庫がないのである。
だからその日の営業を終え、戻ってきた車掌たちから売上金を集めて集計を済ませても、保管することができない。乗客数の多いこの路面電車のことだから、その売上金はかなりの金額になる。
それゆえ集計を終えると、現金はただちに運ばれ、第1営業所の金庫へと収められるのである。
では、その大金をどうやって輸送するのか。それに使われるのが最終電車なのである。
第2営業所の売上金は、頑丈な金属製のトランクに入れられ、カギがかけられる。第2営業所のすぐ目の前が電車道だから、そこの電停で、赤ランプ付きの最終電車に積み込まれるわけである。
なんのことはない。第2営業所から第1営業所まで、20分間ほどの旅ではあるが、売上金は乗客たちとともに車内で揺られるのだ。
この電車が第1営業所に到着すると、電停では係員たちが待ち構えており、現金トランクを受け取って、金庫室へと運ぶわけだ。
最終電車に積み込まれるとき、もちろん現金トランクは、鎖と南京錠で厳重に固定される。南京錠のキーは、2つの営業所の係員しか所持していないから、走行中に賊に荒らされ、持ち去られることも考えにくいのである。
「だがその夜は、その現金トランクに事件が起こったのだな?」
と大田は目の色を変えた。
「まだ事件とは決まっとらんよ」
「どうして?」
「最終電車が第2営業所の前に到着したとき、現金トランクを持って待つ係員の姿が見当たらなかったのだよ」
「その電車には、乗客が乗っていたかい?」
「数人いたらしいね…。しかし現金トランクが来ていなくても、車掌も運転手もおかしくは思わなかった。2か月に一度くらい、ままあることで、その日の客数が特に多かったりすると、集計に手間取るんだな。だから最終電車には間に合わず、遅れてしまう」
そんな時には仕方がない。最終電車は見送って、タクシーを雇って第1営業所へ運ぶと決まっていた。
『今日は集計が遅れたのだろう』
と考えて、車掌と運転手は最終電車を発車させてしまったのである。
「ところがだ…」
興奮した時の癖で、林は煙草を何本も立て続けに吸い、一本を大田にも差し出し、
「…その最終電車が第1営業所へ到着してみると、電停では係員が待ち構えているじゃないか。『今日はトランクを運んできてないぜ』と車掌と運転手は言う。係員は、あわてて第2営業所へ電話をかけて問い合わせたが、『今日は集計は遅れなかった。いつも通り最終電車に積んだ』と、こういうわけなんだ」
まずかったのは、この時点でも、これが何かの行き違いなのか、現金トランクの盗難なのか、判断がつきかねたことだ。分かっているのはただ、現金トランクが煙のように消えたということだけ。
しかし万が一を考え、警察に一報が入れられたわけである。
「朝になっても、トランクは見つからなかったのだな?」
と大田は言った。
「ああ、もちろんさ。会社側はすぐに関係者全員を集め、聞き取り調査をした。非公式にだが、その場には俺も同席したよ」
「それで、感触はどうだったい?」
と大田はなにげなく質問したのだが、その答えには耳を疑うことになった。
林は、ゆっくりと首を左右に振ったのである。
「誰も嘘はついていない」
林の観察眼の鋭さ、確かさは大田もよく知っており、信用もしていた。大体において刑事とは、目の前にいる人物が『どんな嘘をついているのか』は無理でも、少なくとも『嘘をついている』ことは高確率で見破ることができるものである。
林が『関係者の誰一人として嘘などついていない』と見るのであれば、信用するしかない。この件は、五里霧中としか言いようがなくなる。
念のため大田は、関係者全員の証言を含め、事件のあらましをもう一度最初から林に語らせた。
しかしどこにも矛盾はなく、手掛かり一つなかった。大田は熊野の事件も伝えたが、林も「うーん、妖怪騒動かい?」と述べるばかりで、事件を解決する助けにはならなかった。
『今日は家に帰っても、なかなか寝付くことができないぞ…』
と大田も一度は覚悟を決めかけたのである。
ところが翌朝、大田の表情はとても明るかった。前夜は熟睡できたに違いない。
路面電車に乗って署へやって来るや、上中をつかまえて話しかけた。
実はこのところ、大田のいる所轄内では事件らしい事件も発生せず、刑事部屋は穏やかな雰囲気だったのである。
「ああ上中君、すまんが君、調べものを頼まれてくれんか」
「いいですよ」
気の良い上中は大田の指示を受け、すぐに1階へと降りて行った。
書類やファイルを調べ、いくつか電話もかけた後に上中が刑事部屋へ戻ってきたのは、30分ほど後のこと。
「大田さん、自動車の盗難は珍しいことじゃありませんが、おっしゃるようなのは1件しかありませんでしたよ」
「大型トラックかい?」
「はい」
「盗難日時は、5日以上前か?」
「6日前です」
「盗まれたトラックは、またいつの間にか元の場所に戻してあった?」
機関銃のようにしゃべる大田の顔つきに、驚くよりも先に、上中は笑いがこみあげてきたが、
「なぜわかるんです? 一昨日の朝、持ち主が気が付くと、トラックは駐車場に戻してあったそうです。車体も汚れず、壊れているところもなく、それどころか…」
「どうしたね?」
「泥棒のやつ何を思ったか、燃料タンクのガソリンをいっぱいにして返していたそうで。盗まれる前にはタンクに半分しか入っていなかったんです。持ち主は、盗難届を取り下げたものかと悩んでいるそうですが…」
「どこの署だい?」
「うちです」
「うち? よりによってこの署か…。まあいい」
「大田さん、何の話なんです?」
大田は説明を始めた。
赤いランプをつけた最終電車に乗った熊野が、のっぺら坊に脅かされて、腰を抜かしかけたこと。
その同じ夜、第2営業所は現金トランクを積んだと言うが、当の最終電車は受け取っていないと主張していること。
「へえ、それって大田さん。どういう事件なんです?」
「路面電車の会社は、とりあえず大量の現金が紛失したと警察に届けを出しただけで、まだ盗難とは決まっていないけどな…」
「はい?」
昨日、XX署内で会話したすぐ後、林も勤務が明けたものだから、すぐに大田と二人で町へ飲みに出かけたのである。林も大田も、酒は弱いほうではない。
「ところが上中君、変な偶然もあったもんさ。XX署の前から乗った路面電車の車掌が、事件のあった夜の最終電車の車掌その人だったのだよ」
こうなると林も大田も、酒のことなどそっちのけ。その電車に終点まで乗り通し、終点駅の休憩時間で暇になった車掌から、もう一度、話を聞いたのである。
「それで大田さん、何か新事実が得られたんですか?」
何度も何度も同じことをきかれ、同じ質問を向けられ、車掌はウンザリした様子だったが、会話の中でこう言ったのである。
第2営業所前の電停で現金トランクを積み込まなかったことに関して、
「その夜、確かに電車は遅れていたから、急いではいたけれど、トランクを持って待ち構えているはずの係員を見落とすほど、あわててはいませんでしたよ」
それって、どういうことです、と大田がさらに問うと、車掌の言うには…。
実はあの夜、最終電車は定刻よりも10分ほど遅れて走っていたというのである。
路面電車のことだから、国鉄や私鉄の電車のように厳密なダイヤが決まっているわけではない。それでも路面電車にも、一応の目安になる発車時間は決められている。あの夜の最終電車も、決められた時刻に始発の電停を発車したのである。
だがいくらも進まないうちに、トラブルに見舞われてしまった。どうしてそんなところで、と言いたくなるが、一台の大型トラックが線路の上でエンストしてしまい、最終電車は前進できなくなったのである。
数分たってもトラックが動き出す気配はなく、乗客たちはイライラし始めるし、車掌は下車してトラックのところへ行ったが、トラックの運転手は運転手で、ボンネットを開け、エンジンを調べながら首をかしげているではないか。
「あんた、どうしたね? このトラックはなぜ動かない?」
と、しびれを切らして車掌が問うと、
「ガソリンはあるし、バッテリーも正常だが、なぜかエンジンがかからない…」
その後もトラックの運転手はエンジンをいじり続け、ようやくエンジンが再びかかって、トラックがやっと線路上からどいたのは、10分ばかり後のことであった。
「だからあの最終電車は、10分遅れで走っていたのかい? なぜそれを早く言わん!」
と林は声を大きくしかけたが、車掌は平気な顔をしている。
「だって、遅れなく走っていたのかなんて、あんたらが質問しなかったじゃないか。きかれてないことに答えないのは当たり前だよ…」
この言葉には林も大田も憤慨したが、車掌を責めても仕方がない。しかし、そこから思いついて、大田は上中に、大型トラックの盗難届を調べさせたのである。
「じゃあ大田さん、エンストしたと嘘を言って、最終電車の運行を10分遅らせたのが、現金トランク事件の犯人でしょうか?」
と上中が言うと、
「ああ、少なくとも共犯者ではあろうよ」
「じゃあ本当の犯人は誰です?」
「最終電車の前に走った電車。つまり最終電車の1本前の電車の乗務員たちさ。車掌と運転手の二人だな」
「どうして…」
どうしてそんなことが分かるんです、と上中は言いかけたのだが、その言葉は途中で止まってしまった。このとき若い巡査がやってきて、大田に敬礼をしたからである。
巡査というのは勤務中、常に制服を着ているものである。この巡査は、もちろん上中も見知っている顔だ。
しかし奇妙なのは、このとき巡査が私服姿だったことである。いま出勤してきたばかりなのだろうが、それが着替えもせずに刑事部屋へやってきて、大田に話しかけるなど、ひどく不謹慎な気がした。上中はまじめな男だからだが、大田は気にするふうもない。
「ああ巡査君、出勤前にすまなかったね。見つかったかい? 買ってきてくれたかな?」
「はい警部。おもちゃの問屋街へ行けば、すぐに分かりましたよ」
と巡査は、なにやら紙袋を大田に渡すのだ。中身は分からない。
「ああ、ありがとう。代金はあとで渡すよ」
上中は困ってしまった。
『なぜ制服に着替えていないのか』
と巡査を叱るべきなのか、それともその袋の中身を先に質問すべきなのか、見当がつかなかったのだ。したいことが二つあっても、人間の体は一つしかない。
「大田さん、その紙袋の中身は何ですか?」
と上中が言っているうちに、巡査は姿を消してしまった。
袋の口からのぞき込んで中身を確かめ、大田はうれしそうに笑っている。
「ああ、これだこれだ」
「大田さん」
大田はひょいと顔を上げ、
「上中君、最終電車の一本前の電車が犯人だと仮定しようじゃないか。まず犯人たちは、もうひとり共犯者を得て、大型トラックを盗ませ、真の最終電車を10分間足止めする」
「その共犯者は、そのあとでトラックを何事もなかったように持ち主のもとに返却したどころか、燃料タンクのガソリンまで満タンにしていたのですよ。なぜです?」
「それは簡単さ。あわよくば持ち主が気を変え、盗難届を取り下げてくれることを期待していたんだ。ガソリンを入れておいたのは、持ち主の気分を少しでもやわらげるための贈り物さ。盗難届が引っ込められれば、トラックの盗難は捜査されない。犯人たちは、自分の身近に警察の手が及ぶ要因は一つでも減らしたかったのだろう」
だが上中は、まだ納得していない顔である。
「…じゃあ、本来の最終電車の一本前、つまりニセの最終電車の車掌と運転手は、第2営業所で、どうやって現金トランクを受け取ったんです? 車内には乗客だっていようし、朝になったら目撃者として証言するでしょう?」
「あの夜に限り、乗客は一人もいなかったはずさ。第2営業所に達するまで、ニセ最終電車はおそらく室内灯をすべて消し、回送電車のフダを車体にかかげていただろう。そうすれば乗客は一人も乗ってこない。車内にいるのは、車掌と運転手だけさ」
「だけど…」
「まあ聞きなさい。ニセ最終電車だが、いつまでも回送電車のふりは続けられない。第2営業所の電停が遠くに見え始めるあたりからは室内灯をつけ、営業電車に戻らないと、現金トランクの係員が不審に思うからね。だから犯人たちは電灯のスイッチを再び入れ、最終電車であることを示す赤ランプをヘッドライトのわきにかかげた…。ところが、ここで計算違いが起こったんだ」
「なんです?」
「第2営業所の一つ手前の電停で、思いがけずも乗車してきた客がいた。酔っ払いの魚屋だがね。熊野さ」
「ははあ」
「これは困った。第2営業所に到着する前に、犯人たちは何としても、熊野を下車させなくてはならなかった」
「それは分かりますけど…」
「そのために使ったのが、これさ」
そう言いながら大田は、紙袋の中身を取り出して見せたのである。
それは、夜店で売っているようなゴム製の面であった。しかし月光仮面でも金太郎でもなく、悪趣味な妖怪の顔なのである。
「のっぺら坊ですか?」
そうとも、と大田はうれしそうに笑い、自分の顔にかぶって見せながら、
「こんな子供だましの面でも、うまくいくもんだな。電車の車内は薄暗く、熊野は酔っぱらっていたし…。ほう、ここのところに目立たない穴があって、前が見えるようになっているな。よくできてるよ」
「犯人たちは、そんなものまで事前に用意していたんでしょうか?」
「おそらくね」
「だけど大田さん、いくら終電一本前の電車が怪しいといっても、証拠がありませんよ。トラックを盗んだ犯人も不明だし」
変に気に入ったのか、やっと大田は妖怪の面を脱いだが、その表情はひどく気楽そうなのだ。
「なあに、大金を手にしたんだ。派手な使い方をして、生活が大きく変化するよ。運転手と車掌を尾行すれば、すぐに尻尾を出すさ」
そう言いながら大田が電話機に手を伸ばすのを上中は認め、
「どこへ電話をかけるんです?」
「XX署さ。林のやつにさっそく教えてやらねばならん。こんないい情報をくれてやるんだ。2回や3回、酒をおごらせたぐらいじゃ、全然追いつかんな…」
声を潜め、上中はかすかにため息をついた。
「やれやれ、そんな想像だけで事件が解決するのなら、苦労はしないんだがなあ…」
しかしダイヤルを回す大田の顔は、子供のように楽しそうなのである。
「まあいいや。うちの署の事件じゃないんだし…」
と上中は思うことにした。
大田は張り切って電話をかけたのだが、XX署に、あいにくと林は留守であった。何かの捜査に出かけているらしい。
しかも奇妙なことに、電話口の相手も口にはしないが、なにやらザワザワした喧噪と興奮が署全体を包んでいるらしいのが、電話線越しに伝わってくるのである。
しかし大田には結局、意味が分からず、とりあえず林に伝言だけ頼んで、電話を切った。
この日、珍しくも大田は暇であった。夕方には家へ帰ってよいことになったが、突然に思いついたことがある。直接帰宅するのではなく、熊野の家へ寄ってみることにした。
手に入れたばかりのゴム面を見せ、
『あんたが見たのは、これじゃなかったか?』
と質問しようと思ったのだ。
すぐに大田は路面電車の客となり、電停で下車して、熊野の自宅兼店舗が見えるところまでやって来たのだが、そのとき突然、大田の頭を雷のように打った考えがある。
まったく子供じみているのだが、
『魚屋に着いたら、この面をかぶって物陰に隠れて、ひとつ熊野を大いにおどかしてやろうじゃないか』
というのである。
大田という男、いい年をしているくせに、精神はあるところで成長が止まっているらしい。
驚く熊野の顔はさぞかし面白かろうと、後先も考えずに面をかぶり、大田は魚屋へとやって来たのである。
大きな店ではない。電車道を外れた小さな通りに面して売り場があり、住居はその背後にある。店の裏側は別の路地にでも通じているのだろうが、大田は知らなかった。
今日は定休日なのか、営業はしていないが、なぜか店の戸がほんの少し開いている。息を止めるようにして、足音も忍ばせ、大田は店の中へ入った。
店にも奥の住居にも人の気配はなく、物音もせず、大田は少し当てが外れたが、
『熊野は便所にでも行っているのだろう』
と思うことにし、隠れ場所を探したのである。
うまい具合に、この店には冷蔵庫があった。業務用の大型のもので、大田がその背後に隠れるだけの十分なサイズがある。
この時代のことだから電気冷蔵庫ではなく、氷を入れて冷やす氷式冷蔵庫というタイプである。面の下でクスリと笑いながら、大田はかがみ込んだ。
家の中で人の気配がしたのは、その直後のことである。やはり熊野は便所へ行っていたか、奥で用事をしていたのであろう。畳の上を歩く足音が聞こえ、こちらへやってくるようだ。
『来るぞ来るぞ』
大田は胸のわくわくが止まらなかったが、しかしワッと飛び出して、熊野をびっくりさせることはできなかった。
それどころか、大田本人がよっぽど驚いたのである。その瞬間、少しだけ開いていた店の戸が、突然強い手につかまれ、大きく開いたのだ。ガタンと大きな音が聞こえた。
『なんだ?』
などと大田も思っている暇はなかった。同時に足音が聞こえ、表の道路から店内へ、誰かが飛び込んできた様子である。
「熊野竜一、殺人容疑で逮捕状が出ている。逮捕だ」
とは大田にも聞き覚えがある声である。声以外にも、他に少なくとも3人の足音が聞こえたのだが、
『はて、聞いたことのある声だぞ』
と思うのが大田には精いっぱいだった。あまりのことで、体が動かないのである。
その声と同時に、熊野は駆けだしたようだ。畳の上を走る足音が続いたが、
「熊野が裏へ逃げるぞ」
とまた声が聞こえ、大田はやっとその主に思い当たったのである。
『林か?…』
慎重にも林は、家の裏側へも警察官を配置していたようだ。結局逃げることはできず、熊野は手錠をかけられてしまったのである。
『なぜ熊野に手錠なんかかけるんだ? 逮捕状?』
と大田には訳が分からないが、そのころには冷蔵庫の陰の大田の姿も刑事たちに発見されてしまい、
「お前は何者だ? 顔を見せろ」
と面を奪われ、大田もこの時ほど情けない気持ちになったことはない。
「なんだ大田。お前こんなところで何をしてたんだ?」
この後、林に事情を説明しながら、大田の顔がどれほど赤く青く、交通信号のように点滅したことか。
「その面で熊野をおどかす? おい大田、警察はいつから子供じみた遊びをするようになったんだ?」
「いやしかし…。そうだ林、熊野を逮捕した殺人容疑ってなんだ?」
やっと大田が普通に口をきけるようになった時には、熊野の身柄はすでにパトカーで運び去られていた。
「なにってお前、路面電車の車掌と運転手が刺殺されてな。その現場から、熊野の指紋が出たんだ」
「殺された? いつ、どこで?」
「昨日の夜さ。電車の終点の駅には詰め所があってな。到着した電車の車掌と運転手は、そこで30分間休憩できるようになっている。小さなガスコンロもあって、茶ぐらいなら沸かせるんだな」
「…」
「ああそうだ。お前の伝言を聞いたぞ。例の現金トランクの件では、最終電車の一本前の乗務員たちが怪しいというやつな。だけど電話をもらった時には、その二人はもう死んで、死体も発見されて、俺たちは出動してたんだよ」
「凶器は何だ?」
「どちらもナイフで、背中をブスリさ。2人とも抵抗した形跡は少ないから、顔見知りの犯行さ。3人で詰所の中で話でもしてて、すきを見て襲ったらしい。犯行後、犯人は水道で手とナイフを洗い、慎重に指紋をぬぐい去っている」
「…」
「だけどな、ただ一カ所だけ、きっと無意識に手をついたのだろうが、流し台の裏側に、血の付いた人差し指の跡が残っていたよ。それで犯人が割れて、熊野さ」
もう大田の顔は信号機のように点滅するのをやめていたが、その表情も声もさえない。
「まじめな魚屋だと思っていたが、熊野には前科があったのか?」
すると林は、うれしそうに笑うのである。
「あんたが残してくれた伝言は、ちゃんと受け取ったよ。とても面白かった。おそらくあれが事件の正解だよ。ただ一点を除いてはね」
「なんだ?」
「車掌と運転手が犯人なのはいい。だけど3人目は熊野なのさ。いや、熊野は主犯格かもしれないな。もちろん前科はある。熊野は自動車窃盗で2度、有罪判決を受けているんだ…」
この後、取り調べの結果判明した内容は、林の推理を裏付けていた。車掌と運転手と熊野は以前からの友人であり、車掌か運転手のどちらかがある時、第2営業所からの現金トランク輸送の話を熊野にしたのである。
すべての計画は熊野が立てた。もちろんトラックを盗み、最終電車を足止めしたのは熊野である。
ニセ最終電車は、わざとゆっくり走行して、第2営業所の前で現金トランクを受け取ることができた。しかし、そこからがいけない。
分け前をめぐって、3人の間でいさかいが始まったのだ。同じ職場の同僚である車掌と運転手が結託して、熊野を仲間はずれにし、分け前は与えないと言い始めたのである。
これには熊野も憤慨したが、まさか警察に相談するわけにもいかない。なんとかせねばと悶々(もんもん)とし、結局は、車掌と運転手を殺害するしか方法がないと心を決めた。
路面電車の車内で、大田が偶然にも熊野の隣に座ったのは、ちょうどこの頃のことである。そして熊野は気が付いたのだ。
『今ここで、この刑事にヒントを与えておけば、例の二人に罪をなすり付けることができるのではないか』
死人に口なし。
その顛末を聞かされた時、大田がどんな顔をしたのかは、読者のご想像にお任せすることにしよう。




