人と比べないって、本当にできるの?
今回は、誰でも少しは思い当たる話です。
人と比べない方がいい。
そう分かっていても、周りを見れば、つい自分との差を考えてしまいます。
誰かの点数。
誰かの速さ。
誰かの人気や得意なこと。
比べることそのものは、たぶん簡単にはなくせません。
では、比べたあとに自分まで嫌いにならないためには、どうすればいいのか。
今回は老子ちゃんと荘子ちゃんが、少し力を抜いたところから菜根タンに答えます。
人と比べない方がいい。
菜根タンは、その言葉を何度も聞いたことがある。
自分は自分。
人は人。
比べても仕方がない。
たしかに、その通りだと思う。
誰かの得意なことと、自分の苦手なことを並べて落ち込んでも仕方がない。
育ってきた環境も、持っているものも、進む速さも違う。
頭では分かっている。
それでも、人と比べてしまう。
あの子は、自分より勉強ができる。
あの子は、自分より友達が多い。
あの子は、自分より話が上手だ。
あの子は、自分より何でも早くできる。
比べないようにしようと思えば思うほど、
かえって比べている自分に気づいてしまうこともある。
その日の昼休み、菜根タンは返された小テストを見ていた。
点数は悪くなかった。
前回よりも上がっていたし、自分なりに勉強した手応えもあった。
だから、最初は少しうれしかった。
けれど、隣の席から声が聞こえた。
「やった、満点」
クラスメートが、うれしそうに答案を見せている。
その瞬間、菜根タンの点数が、急に小さく見えた。
さっきまでうれしかったはずなのに。
前回より上がったことも、間違えた問題を一つ減らせたことも、
急にたいしたことではないように思えてきた。
満点ではない。
その事実だけが、大きくなった。
菜根タンは自分の答案を伏せた。
あの子が悪いわけではない。
自慢をされたわけでもない。
ただ、自分が勝手に比べて、勝手に落ち込んだだけだった。
放課後、部室へ入ると、老子ちゃんと荘子ちゃんが窓辺にいた。
老子ちゃんはお茶を飲み、荘子ちゃんは窓の外を見ている。
「ねえ」
菜根タンは、鞄を置きながら言った。
「人と比べないって、本当にできるの?」
老子ちゃんは、湯呑みを置いた。
「比べちゃったの?」
「うん」
菜根タンは、小テストのことを話した。
自分の点数には満足していたこと。
でも、満点を取った子を見た瞬間、急に自分がだめに思えたこと。
「人と比べない方がいいって分かってるんだけど」
「どうしても比べちゃうんだよね」
荘子ちゃんが、窓の外を見たまま言った。
「比べるのって、そんなに悪いことかな」
菜根タンは少し驚いた。
「だって、比べると苦しくなるでしょ」
「苦しくなる比べ方もあるね」
「じゃあ、やっぱり悪いんじゃない?」
「でも、比べることで分かることもあるよ」
荘子ちゃんは、窓の外の木を指した。
「あの木と、あの木」
「どっちが高い?」
「右の方」
「比べたね」
「それはただ高さを見ただけでしょ」
「うん」
「比べるって、本当はそれだけかもしれないよ」
菜根タンは、少し考えた。
比べる。
どちらが高い。
どちらが速い。
どちらが多い。
それ自体は、ただ違いを見ることだ。
「でも、人と比べる時は、それだけじゃ済まないよ」
「自分の方が下だと、だめな気持ちになる」
「そこが別なんじゃないかな」
荘子ちゃんは、ゆっくり菜根タンを見る。
「比べることと」
「比べたあとに、自分の値段をつけること」
その言葉に、菜根タンは少し黙った。
「自分の値段……」
「うん」
「この人より遅い」
「だから自分には価値がない」
「この人より点が低い」
「だから自分はだめ」
「比べたあとに、そこまで決めてるのは自分だよね」
少し痛い言葉だった。
満点を取った子を見た。
菜根タンの点数は、それで変わったわけではない。
前回より上がった事実も消えていない。
でも菜根タン自身が、
満点ではない。
だからたいしたことはない。
と決めてしまった。
老子ちゃんが静かに言った。
「人と比べるのを、全部やめるのは難しいと思うよ」
「老子ちゃんでも比べるの?」
「比べるよ」
「何を?」
「今日のお茶と、昨日のお茶」
「それは人じゃないじゃん」
「人とも比べるよ」
「話し方とか、歩く速さとか」
「自分と違うなって思うことはある」
「じゃあ、どうして老子ちゃんは平気そうなの?」
老子ちゃんは少し考えた。
「違うものを見ても」
「すぐに上と下にしなくてもいいからかな」
菜根タンは、その言葉をゆっくり受け取った。
「違うものを、上と下にしない……」
「うん」
「足が速い人がいる」
「ゆっくり歩く人がいる」
「どっちが上かは、歩く場所によるでしょ」
「競走なら速い方が上じゃない?」
「競走ならね」
「じゃあ、やっぱり上と下はあるんじゃない?」
「その競走の中では、あるね」
「でも、その人の全部まで上になるわけじゃないよ」
老子ちゃんの答えは、静かだった。
足の速さ。
点数。
話の上手さ。
人気。
何か一つを比べれば、差はある。
でも、その差がそのまま人間全部の順位になるわけではない。
「菜根タンは、満点を取った子より点が低かった」
「うん」
「だから、菜根タンの全部がその子より下になったの?」
「……なってない」
「でも、そんな気がしたんだね」
「うん」
菜根タンは、小さく答えた。
論子ちゃんが部室へ入ってきた。
「何の話?」
「人と比べないって、本当にできるのかって話」
「難しいね」
論子ちゃんは菜根タンの隣へ座った。
「たぶん、完全には無理なんじゃないかな」
「論子ちゃんまで」
「人って、周りを見て自分の位置を確かめるからね」
「自分がどれくらいできているか知るには、誰かと比べることもある」
「じゃあ、比べるのは仕方ないの?」
「仕方ないというより、使い方の問題だと思う」
論子ちゃんは少し考えてから続けた。
「誰かを見て、“ああなりたい”と思うこともあるでしょ」
「それは、比べたから見つかる目標かもしれない」
「でも、“あの人みたいになれない自分はだめ”ってなると苦しい」
「同じ比較でも、向いてる方向が違うんだと思う」
菜根タンはうなずいた。
あの人みたいになりたい。
それは、前を見るための比較。
あの人よりできない自分はだめ。
それは、自分を下げるための比較。
「比べることが悪いんじゃなくて」
「比べた結果を、どう使うかなんだね」
「そうかもしれないね」と論子ちゃん。
荘子ちゃんが、のんびり言った。
「誰かを物差しにしてもいいけど」
「ずっと借りた物差しで自分を測らなくてもいいよ」
「借りた物差し?」
「うん」
「点数が大事な人の物差し」
「速さが大事な人の物差し」
「人気が大事な人の物差し」
「全部借りてたら、自分がどこにいるのか分からなくなりそう」
「そうだね」
菜根タンには、そのたとえがよく分かった。
誰かの基準で自分を見る。
点数。
友達の数。
持っている物。
できること。
その物差しを借りるたびに、自分の足りないところが見える。
でも、その物差しが、自分にとって本当に大事なものを測っているとは限らない。
そこへ孟子ちゃんが入ってきた。
「何の話してるの?」
「比べる話」
「比べない方がいいよ」
孟子ちゃんは、すぐに言った。
菜根タンは苦笑する。
「それができるかって話してるの」
「できないの?」
「孟子ちゃんは誰とも比べないの?」
「比べるよ」
「比べるんじゃん」
「でも、負けてたら頑張ろうって思う」
孟子ちゃんらしい答えだった。
「落ち込まないの?」
「落ち込む時もあるよ」
「でも、悔しいなら次やればいいじゃん」
老子ちゃんが、やわらかく笑った。
「孟子ちゃんは、比べたあと前に進むんだね」
「うん」
「負けたままは嫌だから」
「でも」
菜根タンは少し迷ってから言った。
「頑張っても追いつけない時もあるよね」
「あるよ」
「その時は?」
孟子ちゃんは、少し考え込んだ。
「……悔しい」
「それだけ?」
「うん」
「悔しいけど、できないものはできない時もあるし」
菜根タンは少し意外だった。
孟子ちゃんなら、努力すれば何でもできると言うかと思っていた。
「無理な時も認めるんだね」
「だって、わたしが頑張っても鳥より速く飛べないし」
「比べる相手が急に鳥なんだ」
菜根タンは笑った。
孟子ちゃんも笑う。
「でも、飛べないから人間がだめってことにはならないでしょ」
その言葉は、思ったより深かった。
誰かにできて、自分にはできない。
それは悔しい。
でも、それだけで自分がだめになるわけではない。
楊子ちゃんが、いつの間にか机に頬杖をついていた。
「人と比べて勝っても、次はもっと上が出てくるじゃない」
「楊子ちゃん、いたの?」
「最初からいたわよ」
楊子ちゃんは面倒そうに続ける。
「一人に勝って安心しても、その上がいる」
「その人に勝っても、また上がいる」
「終わりがないのよ」
「じゃあ、比べない方がいい?」
「勝つまで安心できない比べ方をするならね」
「でも、勝ったら安心できるんじゃない?」
「少しだけよ」
「今度は負けるのが怖くなるから」
菜根タンは、少し胸がざらついた。
比べて負ければ、苦しい。
比べて勝っても、今度はその位置を失うのが怖くなる。
比較だけで自分を支えようとすると、どちらにしても落ち着かない。
管子ちゃん先輩が、静かに口を開いた。
「比べるなら、目的を決めた方がいいわね」
「目的?」
「自分の状態を知るためなのか」
「目標を見つけるためなのか」
「改善点を探すためなのか」
「それなら比較は役に立つわ」
「でも、安心するためだけに人の上下を探し始めると、役には立たない」
「自分より下を見つけて安心しても、自分が成長したわけではないもの」
菜根タンは深くうなずいた。
人より上だから安心する。
でも、それは自分が良くなったのではなく、誰かを下に置いただけだ。
「じゃあ、自分と比べるのが一番いいのかな」
菜根タンは言った。
「昨日の自分とか、前の自分とか」
「それも役には立つわ」と管子ちゃん先輩。
「ただし、いつも昨日より良くなっていなければならないと思うと、それも苦しくなるわね」
「自分と比べてもだめなの?」
「だめではないわ」
「でも、人は疲れる日もあるし、戻る日もある」
「毎日上がり続けるものではないでしょう」
老子ちゃんがうなずいた。
「昨日よりできない日があってもいいよ」
「じゃあ、何と比べればいいの?」
菜根タンが困って聞くと、荘子ちゃんが答えた。
「比べたい時に、比べればいいんじゃない?」
「それだけ?」
「うん」
「でも、比べた結果で、自分をいじめなくていい」
その言葉に、部室が少し静かになった。
比べた結果で、自分をいじめる。
菜根タンは、小テストを伏せた時のことを思い出した。
満点ではなかった。
それだけなのに、
たいしたことがない。
頑張っても意味がない。
自分はだめだ。
と、自分に言っていた。
誰かに言われたわけではない。
自分で、自分を責めていた。
「比べるのをやめるんじゃなくて」
菜根タンはゆっくり言った。
「比べたあとに、自分を傷つけないようにするのかな」
「うん」と老子ちゃん。
「違いを見ても、自分までなくさなくていいよ」
菜根タンは、鞄から小テストを取り出した。
さっきまで伏せていた答案。
もう一度見る。
満点ではない。
でも、前回より点数は上がっている。
間違えた問題も、見直せば分かりそうだった。
「満点の子はすごい」
菜根タンは言った。
「うん」と論子ちゃん。
「でも、わたしも前よりできた」
「うん」
「両方、本当なんだね」
老子ちゃんが笑った。
「どっちかを消さなくてもいいよ」
菜根タンはノートを開いた。
白いページに、ゆっくり書く。
人と比べないことは、たぶん難しい。
その下に、もう一行。
でも、比べた結果に、自分の価値を全部決めさせなくてもいい。
少し考えてから、さらに書き足す。
誰かがすごいことと、自分がだめなことは、同じではない。
その文字を見て、菜根タンの胸が少し軽くなった。
誰かが満点を取った。
それは、その子が頑張った結果だ。
菜根タンの点数が上がった。
それも、菜根タンが頑張った結果だ。
誰かの喜びが、自分の喜びを消すわけではない。
「でも、また比べて落ち込むと思う」
菜根タンが言うと、荘子ちゃんはあっさりうなずいた。
「落ち込めばいいんじゃない?」
「いいの?」
「うん」
「落ち込んだあとで、“今、自分を何で測ってるんだろう”って見ればいいよ」
「すぐ元気にならなくても?」
「ならなくてもいいよ」
老子ちゃんも言う。
「比べたくなる自分まで、嫌わなくていいんじゃないかな」
菜根タンは小さく笑った。
「老子ちゃんと荘子ちゃんは、何でも嫌わなくていいって言うね」
「嫌うと、ずっと見張らなきゃいけなくなるからね」と老子ちゃん。
「疲れるでしょ」と荘子ちゃん。
たしかに、その通りだった。
人と比べないようにしなければ。
落ち込んではいけない。
嫉妬してはいけない。
そうやって自分を見張り続けることも、かなり苦しい。
比べてしまう。
悔しくなる。
少し落ち込む。
でも、それで自分の全部を決めない。
それくらいなら、できるかもしれない。
菜根タンは、ノートの最後にもう一行だけ書き足した。
人と比べないことよりも、
比べたあとに自分を見失わないことの方が、大切なのかもしれない。
窓の外では、二本の木が並んで揺れていた。
一方は高く、もう一方は少し低い。
枝の広がり方も違う。
葉の色も少し違う。
高い方が立派なのだろうか。
低い方が劣っているのだろうか。
たぶん、そういう見方もできる。
でも、二本は同じ場所で、それぞれ違う形に育っている。
人と比べないって、本当にできるのだろうか。
たぶん、完全にはできない。
人は周りを見て、自分を知る。
誰かに憧れたり、悔しくなったり、安心したりする。
でも、誰かより下だったからといって、
自分の持っているものまで全部なくなるわけではない。
違いは、違いのままでいい。
順位にする必要のない違いまで、
無理に上と下へ並べなくてもいい。
人と比べてしまった時は、
その比較が何を教えてくれるのかだけ受け取って、
自分の価値まで渡さない。
それが、人と比べながらも、自分を見失わずにいる方法なのかもしれなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
人と比べることは、たぶん完全にはやめられないのだと思います。
周りを見ることで、自分の位置や目標が分かることもあります。
ただ、誰かがすごいことと、自分がだめなことは同じではありません。
比べた結果に、自分の価値を全部預けないこと。
落ち込んでも、悔しくても、そのまま自分を見失わないこと。
そんな少しやさしい感触が残る回になっていたらうれしいです。




