何もしない時間って、無駄なの?
今回は、少し立ち止まる話です。
勉強している時間。
働いている時間。
何かを作っている時間。
そういう時間は、意味があるように見えます。
でも、ぼんやりしている時間や、何もせずに終わった時間は、あとから無駄だったように感じることがあります。
休むことと怠けることは、どう違うのか。
そもそも、何もしない時間には意味が必要なのか。
今回は荘子ちゃんが、少し力の抜けたところから菜根タンに答えます。
何もしない時間は、無駄なのだろうか。
菜根タンは、時々そう思う。
勉強している時間。
本を読んでいる時間。
誰かの手伝いをしている時間。
そういう時間には、ちゃんと意味があるように見える。
何かが進んでいる。
何かが身についている。
あとから振り返っても、「これをしていた」と言える。
でも、ぼんやりしている時間はどうだろう。
窓の外を見ているだけ。
何をするでもなく座っているだけ。
気づけば、十分、二十分と時間が過ぎている。
その時間に、何かが増えたわけでもない。
宿題が終わったわけでもない。
目に見える成果もない。
だから、あとになって少しだけ後悔する。
今の時間、無駄だったかもしれない。
もっと何かできたのに。
その日も、菜根タンは放課後の図書室でノートを開いていた。
宿題を終わらせるつもりだった。
最初の十分は、ちゃんと進んだ。
でも、だんだん文字が頭に入らなくなってきた。
同じ行を何度も読む。
問題文を見ているのに、意味が残らない。
考えようとすると、頭の奥が重くなる。
少し休もう。
そう思って、菜根タンは椅子の背にもたれた。
窓の外では、木の枝が風に揺れていた。
鳥が一羽、校庭の端へ降りた。
雲がゆっくり流れていく。
何を考えるでもなく、それを眺めていた。
気づけば、十五分ほど経っていた。
「……また何もしてなかった」
菜根タンは、小さくため息をついた。
休憩するつもりだった。
でも、休みすぎた気がする。
急いでノートへ向き直る。
さっきまでより少し頭は軽くなっていたけれど、菜根タンはそのことより、失った十五分の方が気になった。
放課後、部室へ行くと、荘子ちゃんが長椅子に寝転がっていた。
天井を見ている。
眠っているのかと思ったけれど、目は開いていた。
「荘子ちゃん」
「うん」
「何してるの?」
「何もしてないよ」
荘子ちゃんは、あっさり答えた。
「本当に?」
「うん。本当に何もしてない」
あまりにも平然としているので、菜根タンは少し困った。
「それって、もったいなくない?」
「何が?」
「時間が」
荘子ちゃんは、ゆっくり起き上がった。
「菜根タンは、何もしない時間って嫌いなの?」
「嫌いっていうか……」
菜根タンは少し考える。
「あとで無駄だった気がする」
「無駄だったの?」
「何も進んでないから」
「何か進まないと、時間って無駄になるの?」
聞き返されて、菜根タンは少し黙った。
たしかに、そう決めていたのは自分だった。
「でも、勉強とか片づけとか、やることはあるし」
「何もしないでいたら、その分遅れるでしょ」
「遅れたら困る?」
「困る時もあるよ」
「じゃあ、やった方がいいね」
荘子ちゃんは素直にうなずいた。
菜根タンは少し拍子抜けした。
「そこは否定しないんだ」
「しないよ」
「やらなきゃ困ることは、やった方がいい」
荘子ちゃんは長椅子の上で膝を抱えた。
「でもね」
「ずっと何かしてないと不安になるのは、ちょっと苦しそうだね」
その言葉に、菜根タンは少しだけ胸を突かれた。
ずっと何かしていないと不安になる。
たしかに最近、そんなところがあった。
勉強していないと不安。
考えていないと不安。
役に立っていないと不安。
休んでいる時まで、「もっと何かしなきゃ」と思っている。
「何もしない時間って、怠けてることじゃないの?」
「同じ時もあるし、違う時もあるよ」
「どう違うの?」
荘子ちゃんは、少し考えた。
「休んだあとに、少し戻れるなら休み」
「逃げ続けて、困ることまで全部置いていくなら、怠けてるのかもね」
菜根タンは、その言葉を頭の中で繰り返した。
少し戻れるなら、休み。
困ることまで置いていくなら、怠け。
「じゃあ、何もしない時間にも意味があるの?」
「意味がないとだめ?」
また聞き返された。
「だって、意味がなかったら本当に無駄じゃない?」
「菜根タンは、ごはんを食べる時、全部の一口に意味を考える?」
「考えない」
「眠る時は?」
「寝ないと困るから、意味はあるよ」
「じゃあ、空を見るのは?」
「……別に、意味はないかも」
「でも、見てもいいでしょ」
荘子ちゃんは、窓の外へ顔を向けた。
「何もしない時間って、意味があるから許されるんじゃなくて」
「人がずっと何かをしていなくてもいいから、あっていいんじゃないかな」
その言い方は、菜根タンには少し不思議だった。
意味があるから休んでいい。
効率が上がるから休んでいい。
また頑張れるから休んでいい。
そういう説明なら、分かりやすい。
でも荘子ちゃんは、もっと手前のことを言っているようだった。
人は、ずっと役に立っていなくてもいい。
何かを生み出していなくてもいい。
ただそこにいる時間があってもいい。
「でも、何もしないでいると、周りから怠けてるって思われない?」
「思う人はいるね」
「じゃあ、やっぱりだめなんじゃない?」
「思われることと、だめなことは同じじゃないよ」
荘子ちゃんは、ゆっくり言った。
「よく走る人から見たら、歩いてる人は遅く見える」
「歩いてる人から見たら、止まってる人は怠けて見える」
「でも、止まってる人は、道を確かめてるのかもしれないし、疲れてるのかもしれない」
「本当にさぼってるだけかもしれないよ」
「そういう時もあるね」
「そこも否定しないんだ」
「だって、さぼる時もあるでしょ」
荘子ちゃんは、少し笑った。
「人って、いつも立派じゃないよ」
その軽さに、菜根タンも少しだけ笑った。
たしかにそうだ。
全部の休みを「大切な回復の時間」と立派に言い換えなくてもいい。
ただ怠けたい日だってある。
その時、論子ちゃんが部室へ入ってきた。
「何の話をしてるの?」
「何もしない時間って、無駄なのかって話」
「難しい話だね」
論子ちゃんは、菜根タンの隣へ座った。
「菜根タンは、何もしないと不安になるの?」
「うん。やることが残ってると特に」
「休んでる間に、できたはずのことを考えちゃう」
「それは分かるな」
論子ちゃんは静かにうなずいた。
「でも、疲れたまま続けると、やってるように見えて、あまり進んでないこともあるよね」
菜根タンは、図書室で同じ行を何度も読んでいたことを思い出した。
「今日、それだったかも」
「じゃあ、窓の外を見てた時間は、何もしてなかったようで、少し休めてたんじゃない?」
「でも十五分も」
「十五分って長い?」
荘子ちゃんが聞いた。
「短くはないよ」
「木は十五分で何をするんだろうね」
「え?」
「雲は?」
「猫は?」
「風は?」
菜根タンは答えられなかった。
荘子ちゃんは続ける。
「人だけが、十五分ごとに成果を出さなきゃいけないのかな」
その言葉は、妙にやさしかった。
人だけが、時間を細かく区切って、何かを積まなければならない。
そう思っていたわけではない。
でも、いつの間にかそういう気分になっていた。
「でも、ずっと休んでたら何も終わらないよね」
「うん」と荘子ちゃん。
「だから、休むことと捨てることは違うんだと思う」
「捨てる?」
「やることを少し置いて、また戻るのが休み」
「もう戻らないことにして、困ることまで放っておくのが逃げること」
論子ちゃんがやわらかく補う。
「休む時に、“あとで戻る場所”が自分で分かってるといいのかもね」
「何分休むとか、ここまで休んだら再開するとか」
「そうすれば、休んでいる間も不安が少なくなるかもしれない」
「休むのにも決まりがいるの?」
「決まりじゃなくて、自分を安心させる目印かな」
菜根タンは、少し納得した。
休む。
でも、やることが消えたわけではない。
休んだあとに戻る場所が分かっていれば、罪悪感も少し軽くなるかもしれない。
そこへ孟子ちゃんが入ってきた。
「休む話?」
「何もしない時間が無駄かどうかって話」
「疲れてるなら休んだ方がいいよ」
孟子ちゃんはすぐに言った。
「無理して倒れたら、もっと何もできなくなるじゃん」
「でも、疲れてなくても何もしない時あるでしょ」と菜根タン。
「あるよ」
「その時は?」
「休みたいなら、休めばいいんじゃない?」
孟子ちゃんの答えは、驚くほど単純だった。
「そんなのでいいの?」
「だって、毎回限界まで頑張ってからじゃないと休んじゃだめなの?」
菜根タンは、また少し黙った。
休むには、理由が必要だと思っていた。
疲れているから。
体調が悪いから。
その方が効率がいいから。
でも、休みたいから休む、では足りない気がしていた。
荘子ちゃんが、菜根タンの方を見る。
「休むのに、病気になるまで待たなくていいよ」
その一言は、とても静かだった。
菜根タンは、自分が思っていたより、その言葉を必要としていたらしい。
胸の奥が、少しだけほどけた。
「なんか」
菜根タンは、ゆっくり言った。
「休むって、“もう動けないから止まる”ことだと思ってた」
「それだと、休む頃にはもう壊れかけてるね」と論子ちゃん。
「うん」
菜根タンは苦笑した。
「もっと早く休んでもいいのかな」
「いいんじゃない?」と荘子ちゃん。
「鳥だって、飛び続けてないよ」
「荘子ちゃんらしいね」
「そう?」
その時、管子ちゃん先輩が部室へ入ってきた。
「休むことにも、管理は必要よ」
菜根タンは少し身構えた。
「やっぱり、休みすぎはだめですか?」
「そういう意味ではないわ」
管子ちゃん先輩は落ち着いて言う。
「休めない仕組みは、長く続かないということよ」
話が少し地面に下りた。
「人は、疲れたら判断を誤る」
「集中も落ちる」
「周りへの当たりも強くなる」
「それでも動き続けるのを美徳にすると、本人だけでなく、場全体が壊れるわ」
「じゃあ、休むのも必要な仕事なんですか?」
「そう言ってもいいけれど」
管子ちゃん先輩は少し考える。
「何でも仕事にしてしまうと、休みまで成果を求めるようになるわね」
「休んだから効率が上がった」
「休んだから元気になった」
「休んだから次に進めた」
「そういう結果がなくても、休んでいい時はあるわ」
荘子ちゃんが、小さくうなずいた。
「休みを役に立たせすぎない方がいいね」
「役に立たせすぎる?」
「うん」
「休みまで、“次に働くための道具”にすると」
「何もしない時間が、ずっと誰かのためになっちゃうから」
菜根タンは、その言葉を考えた。
休むのは、また頑張るため。
眠るのは、明日働くため。
遊ぶのは、気分転換して効率を上げるため。
そう考えれば、休むことにも立派な意味がつく。
でも、それでは休みまで何かの手段になる。
ただ気持ちがいいから。
ただぼんやりしたいから。
ただ静かにしていたいから。
それでもいいのかもしれない。
「何もしない時間って」
菜根タンは、ゆっくり言った。
「何かを取り戻す時間でもあるけど」
「別に、何も取り戻さなくてもいいのかな」
「うん」
荘子ちゃんは笑った。
「何も起きないまま終わってもいい時間もあるよ」
それは、菜根タンには少し贅沢な言葉に聞こえた。
何も起きない。
何も増えない。
何も残らない。
でも、それでいい。
菜根タンはノートを開いた。
白いページに、ゆっくり書く。
何もしない時間は、何も生み出さないから無駄なのではない。
その下に、少し考えてから、もう一行書いた。
ずっと何かを生み出し続けなくてもいい時間なのかもしれない。
文字を見つめる。
「でも、怠けるのと休むのって、やっぱり見分けにくいね」
「そうだね」と論子ちゃん。
「休んだあと、戻りたいところへ戻れるかどうかで考えてみたら?」
「戻れなかったら?」
「もう少し休みが必要なのかもしれないし」
「本当はやりたくないことなのかもしれない」
「そこは、また考えればいいよ」
荘子ちゃんも言う。
「休むことを責めすぎると、本当に何が嫌なのか分からなくなるよ」
「疲れてるのか」
「怖いのか」
「ただやりたくないのか」
「全部、“怠けてる”で片づけちゃうから」
菜根タンは、なるほどと思った。
怠けないようにしようとするあまり、自分の状態を見なくなる。
それでは、ただ無理に押しているだけだ。
「じゃあ、何もしない時間って、自分の声を聞く時間でもあるのかな」
「聞こえたら、聞けばいいよ」
荘子ちゃんは答えた。
「聞こえなくてもいいけどね」
菜根タンは笑った。
「荘子ちゃんって、最後に必ず意味を消すよね」
「意味がありすぎると、疲れるから」
その言葉に、部室のみんなも少し笑った。
窓の外には、夕方の光が差している。
菜根タンは、図書室で窓の外を眺めていた十五分を思い出した。
木が揺れていた。
雲が流れていた。
鳥が校庭へ降りた。
その時間に、宿題は進まなかった。
でも、戻ったあと、頭は少し軽くなっていた。
そして今、その十五分のことを覚えている。
無駄だったとは、もうあまり思わなかった。
ノートの最後に、もう一行書き足す。
休むというのは、動けなくなってから止まることではなく、
自分を置き去りにしないために立ち止まることなのかもしれない。
何もしない時間って、無駄なのだろうか。
たぶん、何も進まない時間はある。
成果の残らない時間もある。
ただぼんやりして終わる時間もある。
でも、人はいつも何かをしていなければならないわけではない。
役に立たない時間。
意味を説明できない時間。
何も起きない時間。
そういう時間の中で、心や体がそっと戻ってくることもある。
そして、何も戻ってこなかったとしても。
その時間まで、無駄と呼ばなくていいのかもしれなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
休むことにも、つい理由や成果を求めてしまうことがあります。
また頑張るため。
効率を上げるため。
心や体を回復させるため。
もちろん、そういう休みも大切です。
でも時には、何も取り戻さず、何も生み出さず、ただ過ぎていく時間があってもいいのかもしれません。
人は、ずっと役に立ち続けなくてもいい。
そんな少しやわらかな感触が残る回になっていたらうれしいです。




