幸せって、見つけるものなの?
今回は、第五十話です。
ここまで菜根タンたちは、正しさや強さ、やさしさや評判について、いろいろな問いを考えてきました。
でも今回は、少し大きくて、少しやわらかな問いです。
幸せは、どこか遠くにあって、探して見つけるものなのか。それとも、気づいた時にはすでにそばにあるものなのか。
今回はみんなで、それぞれの幸せについて考えます。
幸せになりたい。
菜根タンは、その言葉を何度も聞いたことがある。
幸せになれる仕事。
幸せになれる結婚。
幸せになれる生き方。
幸せというものは、どこかに置かれていて、探して見つけるもののように語られる。
今はまだ持っていない。
でも、いつか見つけられたら、きっと安心できる。
そんなふうに思うこともある。
けれど、幸せとは、いったいどんなものなのだろう。
見つけた瞬間に分かるものなのか。
「これが幸せです」
と札がついているわけでもない。
人によって違うとも言われる。
大きな夢がかなうことを幸せだと思う人もいれば、静かな毎日を幸せだと思う人もいる。
もし人によって違うのなら、どうやって探せばいいのだろう。
その日の昼休み、菜根タンはクラスメートたちの会話を聞いていた。
「将来は絶対、幸せになりたい」
一人の子がそう言った。
「お金があって、好きな仕事をして、いい家に住んで」
「嫌なことをしなくてもよくなったら、幸せじゃない?」
別の子が言う。
「でも、それだけじゃ足りなくない?」
「好きな人とか、友達とかも必要でしょ」
「健康も大事だよ」
「自由な時間もほしい」
話を聞いていると、幸せになるために必要なものが、どんどん増えていった。
お金。
仕事。
家。
家族。
友達。
健康。
自由。
どれも大切そうだった。
でも、全部そろわなければ幸せではないのだろうか。
そう考えると、幸せはとても遠くにあるもののように思えた。
放課後、菜根タンは部室へ向かった。
扉を開けると、いつもの顔がそろっていた。
論子ちゃんは本を読んでいる。
孟子ちゃんはお菓子の袋を開けようとしている。
荀子ちゃんは机の上の紙を整えている。
韓非ちゃんはその様子を少し離れたところから見ていた。
墨子ちゃんは、人数分の湯呑みを並べている。
孫子ちゃんは窓際で外を眺めている。
楊子ちゃんは椅子に深く座り込んでいる。
老子ちゃんはお茶を飲み、荘子ちゃんは長椅子に寝転んでいた。
少し遅れて、管子ちゃん先輩とマキャベリちゃんも入ってきた。
菜根タンは、その光景を見てから言った。
「幸せって、見つけるものなのかな」
みんなの視線が、少しずつ菜根タンに集まった。
「急に大きな話だね」
論子ちゃんが笑う。
「今日、クラスで話してたんだ」
菜根タンは鞄を置きながら言った。
「将来、何があったら幸せかって」
「それで?」
「話してるうちに、必要なものがどんどん増えていって」
「お金も、仕事も、友達も、健康も、自由も」
「全部あった方がよさそうだけど」
「全部そろうまで幸せじゃないなら、幸せってすごく遠いものなのかなって」
孟子ちゃんがすぐに言った。
「でも、幸せになりたいって思うのは普通じゃない?」
「うん」
菜根タンはうなずく。
「普通だと思う」
「ただ、探して見つけるものなのか分からなくなって」
老子ちゃんが、湯呑みを机に置いた。
「見つける時もあるんじゃない?」
「時も?」
「うん」
「最初からそこにあったのに、あとから気づく時もあるよ」
「最初からあったのに?」
老子ちゃんは、菜根タンの前に置かれた湯呑みを指した。
「お茶、あるよ」
「うん」
「まだ飲んでないね」
「今、幸せって話してるから」
「飲んだら?」
菜根タンは少し困りながら、湯呑みを手に取った。
温かい。
一口飲むと、少しだけ肩の力が抜けた。
「おいしい」
「今、幸せ?」
老子ちゃんに聞かれて、菜根タンは答えに迷った。
「……そこまで大きなものではない気がする」
「小さいと、幸せじゃないの?」
菜根タンはまた黙った。
温かいお茶がおいしい。
たしかに、それは悪い時間ではない。
むしろ、少しほっとしている。
「幸せって言ってもいいのかな」
「言わなくてもいいよ」
老子ちゃんは笑った。
「でも、なかったことにもしなくていい」
前に話した「足るを知る」という言葉を、菜根タンは思い出した。
今あるものを、ないことにしない。
幸せも、それに少し似ているのかもしれない。
孟子ちゃんが、お菓子の袋を開けながら言った。
「わたしは、幸せって自分で作るものだと思う」
「作るもの?」
「うん」
「誰かが困ってたら助けるとか」
「頑張って、できなかったことができるようになるとか」
「そういうのって、待ってても来ないじゃん」
孟子ちゃんらしい答えだった。
「じゃあ、何もしないでいたら幸せにはなれない?」
「そういう意味じゃないよ」
孟子ちゃんは少し慌てる。
「ただ、自分から動いた方が見つかる幸せもあるってこと」
論子ちゃんが、やわらかく補う。
「人とのあいだで生まれる幸せもあるよね」
「誰かに大切にされたとか」
「誰かを大切にできたとか」
「一人では分からなかったものが、関わることで見えてくることもあると思う」
墨子ちゃんもうなずいた。
「一人だけが幸せでも、周りがずっと苦しんでいたら、安心はしにくいと思う」
「自分の幸せと、誰かの幸せは、完全には分けられないんじゃないかな」
韓非ちゃんが静かに口を開いた。
「ただし、幸せを他人に預けすぎるのは危険だ」
少し空気が締まる。
「誰かが自分を認めれば幸せ」
「誰かがそばにいれば幸せ」
「誰かが自分を選べば幸せ」
「そう決めると、その相手に見捨てられた瞬間、自分の幸せまで失うことになる」
菜根タンは、少し胸を突かれた。
人との関わりは大切だ。
でも、誰か一人に自分の幸せを全部預けるのは、たしかに怖い。
「じゃあ、一人で幸せになれってこと?」と孟子ちゃん。
「そうは言っていない」
韓非ちゃんは答える。
「ただ、鍵を一人にだけ渡すなということだ」
論子ちゃんが静かにうなずいた。
「人といる幸せも、一人でいる幸せも、両方あった方がいいのかもね」
荘子ちゃんが、長椅子に寝転んだまま言った。
「幸せって、見つけようとしすぎると逃げることもあるよ」
「逃げる?」
「うん」
「今、幸せかな」
「これで本当に幸せかな」
「もっと幸せなものがあるんじゃないかな」
「そうやってずっと確かめてると、何をしてても足りなくなるから」
菜根タンは、昼休みの会話を思い出した。
お金。
仕事。
家。
友達。
健康。
自由。
全部そろっても、さらに別のものが必要になるかもしれない。
もっと安心したい。
もっと満たされたい。
もっと間違いのない幸せがほしい。
「幸せかどうかを、ずっと調べなくてもいいの?」
「楽しい時に、楽しいでいいんじゃない?」
荘子ちゃんは答えた。
「幸せかどうかは、あとで考えてもいいよ」
「あとで?」
「過ぎてから気づくこと、あるでしょ」
「あの頃、けっこうよかったなって」
菜根タンにも、思い当たることがあった。
その時は普通だと思っていた時間。
友達と一緒に帰った日。
家でのんびりごはんを食べた夜。
何気なく笑った会話。
特別なことは何もなかった。
でも、あとから思い出すと、少し温かい。
「その時は、幸せって分からないんだね」
「分からなくても、幸せだったのかもね」
荘子ちゃんの言葉は、相変わらず輪郭を少しぼかしている。
でも、そのぼんやりしたところが、菜根タンにはやさしく感じられた。
荀子ちゃんが、整えた紙を机に置いた。
「とはいえ、幸せは偶然だけに任せるものでもないと思うわ」
「どういうこと?」
「人は、何もしなければ自然に穏やかに暮らせるとは限らない」
「生活を整えること」
「習慣を作ること」
「誰かと関係を築くこと」
「苦手なものから距離を取ること」
「そういう積み重ねが、幸せを感じられる土台になるのよ」
菜根タンはうなずいた。
十分に眠る。
食事をする。
安心できる場所を作る。
自分を傷つける人から離れる。
そうしたものがなければ、幸せに気づく余裕さえ持てないこともある。
「つまり、幸せを作る準備はできるってこと?」
「そうね」
荀子ちゃんは答える。
「幸せそのものを命令することはできない」
「でも、幸せを感じにくくするものを減らすことはできるわ」
管子ちゃん先輩が、落ち着いた声で続けた。
「生活の基盤は大事よ」
いつものように、話が地面へ下りる。
「食べるものがない」
「安全に眠れない」
「明日の暮らしが分からない」
「そういう状態で、“小さな幸せに気づきなさい”と言うのは酷でしょう」
菜根タンは深くうなずいた。
「幸せは心の持ちよう、だけじゃだめなんですね」
「ええ」
管子ちゃん先輩は言う。
「心の持ちようで軽くなる苦しさもある」
「でも、制度や環境を変えなければ減らない苦しさもあるわ」
「足るを知る」と同じだった。
本当に足りない人に、満足しろと押しつけてはいけない。
幸せも同じだ。
苦しんでいる人へ、
「考え方次第だよ」
「小さな幸せを探して」
と言うだけでは、助けにならないこともある。
マキャベリちゃんが、静かに微笑んだ。
「それに、“幸せそうに見えること”と“幸せであること”も別ね」
菜根タンは顔を上げる。
「幸せそうに見せる人もいるってこと?」
「もちろん」
マキャベリちゃんは答える。
「人は、自分がうまくいっていると周りに思わせたがるもの」
「立派な生活」
「仲のいい人間関係」
「充実した毎日」
「見せることに夢中になると、幸せを感じるより、“幸せな人に見えるか”を気にするようになるわ」
以前話した「評判」のことを、菜根タンは思い出した。
幸せまで、人にどう見えるかで測り始めたら、苦しくなる。
「幸せって、見せるものじゃないんだね」
「見せてもいいわよ」
マキャベリちゃんは笑う。
「ただ、見せるために生き始めると、だいぶ遠ざかるでしょうね」
孫子ちゃんが、窓の外を見ながら短く言った。
「比べれば、足りなくなる」
菜根タンは、前回の話を思い出した。
自分の幸せと、誰かの幸せを比べる。
自分にはこれしかない。
あの人にはもっとある。
そう思えば、さっきまで温かかったものまで小さく見える。
「じゃあ、人の幸せを見ない方がいいの?」
「敵情を知らない方がよいとは言っていない」
孫子ちゃんは答える。
「ただ、違う戦を同じ勝敗表に載せるな」
菜根タンは少し考えてから笑った。
「幸せの話でも戦なんだね」
「比較の話だからな」
楊子ちゃんが、気だるそうに言った。
「幸せにならなきゃって思うのも、面倒じゃない?」
「それを言ったら終わりじゃない?」と菜根タン。
「でも」
楊子ちゃんは机に頬杖をついた。
「幸せにならなきゃ」
「毎日を大切にしなきゃ」
「感謝しなきゃ」
「そんなことばっかり考えてたら、休めないでしょ」
菜根タンは、思わず黙った。
幸せでいなければならない。
せっかく生きているのだから、充実させなければならない。
そういう言葉も、時には人を追い詰めるのかもしれない。
「幸せじゃない日があってもいいってこと?」
「あるでしょ、普通に」
楊子ちゃんはあっさり答えた。
「嫌な日も、つまらない日も」
「ずっと幸せでいる方が無理よ」
老子ちゃんが、静かにうなずいた。
「幸せじゃない時に、無理に幸せを探さなくてもいいよ」
「でも、つらくない?」
「つらい時もあるね」
「でも、“今は幸せじゃない”って言えるだけでも、少し楽になることがあるよ」
「幸せじゃない自分を、失敗みたいに思わなくていいんだね」
「うん」
老子ちゃんは言った。
「天気みたいに、変わるものもあるから」
雨の日がある。
曇る日もある。
晴れた日だけが正しいわけではない。
幸せも、ずっと続く状態ではなく、来たり去ったりするものなのかもしれない。
「墨子ちゃんは、幸せって何だと思う?」
菜根タンが聞くと、墨子ちゃんは少し考えた。
「一人で苦しまなくていいことかな」
「楽しいことじゃなくて?」
「楽しいことも幸せだと思う」
「でも、苦しい時に誰かがそばにいてくれることも、幸せなんじゃないかな」
その答えは、菜根タンの胸に残った。
幸せは、笑っている時だけにあるのではない。
泣いている時に、そばにいてくれる人がいること。
苦しいと言った時に、信じてもらえること。
それも、確かに大切なものだ。
「論子ちゃんは?」
「私は」
論子ちゃんは、みんなを見回した。
「こうして話せることかな」
「話せること?」
「うん」
「分からないって言ってもいい」
「違う考えを言ってもいい」
「それでも、ここにいていい」
「そういう場所があるのは、幸せなことだと思うよ」
部室が少し静かになった。
菜根タンは、あらためて周りを見る。
みんな、考え方が違う。
強く言う子もいる。
のんびり話す子もいる。
厳しいことを言う子もいる。
それでも、同じ部屋で一つの問いを考えている。
菜根タンは、これまでのことを少し思い出した。
勇気のこと。
やさしさのこと。
正しさのこと。
名声や評判のこと。
褒め言葉や、自分に都合のいい言葉のこと。
答えが一つに決まらないことも多かった。
でも、そのたびにみんなと話してきた。
もしかすると、こうして問いを持ち寄れること自体、かなり幸せなことなのかもしれない。
「菜根タンは?」
孟子ちゃんが聞いた。
「わたし?」
「菜根タンは、何が幸せ?」
突然聞かれて、菜根タンは困った。
すぐには答えられない。
大きな夢もある。
こうなれたらいいと思う未来もある。
でも、それを全部説明しようとすると、少し違う気がした。
菜根タンは、手元の湯呑みを見た。
お茶は少し冷めていた。
机の上には、みんなで開けたお菓子がある。
窓の外は、夕方の光に染まっている。
「今は」
菜根タンは、ゆっくり言った。
「ここにいられることかな」
孟子ちゃんが笑った。
「それ、すごくいいじゃん」
菜根タンも少し笑う。
「でも、明日は違うかもしれない」
「違ってもいいんじゃない?」と荘子ちゃん。
「幸せって、一つに決めなくてもいいのかな」
「決めたら、守るのが大変そうだね」と老子ちゃん。
幸せはこれだ。
そう決めてしまえば、それを失うのが怖くなる。
でも、いろいろな形があるなら、何か一つを失っても、すべてが消えるわけではない。
人といる幸せ。
一人でいる幸せ。
頑張る幸せ。
休む幸せ。
手に入れる幸せ。
もう持っているものに気づく幸せ。
どれか一つだけが正解ではない。
菜根タンはノートを開いた。
白いページに、少し時間をかけて書く。
幸せは、どこか遠くに置かれていて、見つけたら終わるものではないのかもしれない。
その下に、もう一行。
気づくもの。作るもの。誰かと分けるもの。
そして、あとから幸せだったと思うものもある。
菜根タンは、文字を眺めた。
「結局、答えいっぱいあるね」
「幸せなんだから、いっぱいあっていいでしょ」
孟子ちゃんが言う。
「一つしかなかったら、奪い合いになるわね」
管子ちゃん先輩も静かに言った。
「一つの型に押し込めれば、従わせやすいけれどね」
マキャベリちゃんが笑う。
「怖いこと言わないでよ」
部室に小さな笑いが広がった。
菜根タンは、ノートへもう一行書き足した。
幸せにならなければと急がなくても、
今ここにある小さなものを、幸せだったと受け取っていいのかもしれない。
それから少し迷い、最後にもう一つ書いた。
幸せではない日があっても、人生まで失敗したことにはならない。
その言葉を見た時、菜根タンは少し安心した。
幸せになりたい。
その願いは、悪くない。
でも、いつも幸せでいなければならないわけではない。
見つけられない日があってもいい。
何が幸せか分からない時があってもいい。
つらい時には、無理に小さな幸せを数えなくてもいい。
そして、少し心が落ち着いた時に、手元を見る。
温かいお茶。
何気ない会話。
帰る場所。
問いかけられる相手。
ずっと続くわけではない。
すぐに消えてしまうものもある。
でも、短いから偽物というわけではない。
菜根タンは、窓の外を見た。
夕方の光は、少しずつ薄くなっている。
この時間も、もうすぐ終わる。
だからこそ、今ここにあることを、少しだけ覚えておきたいと思った。
幸せって、見つけるものなのだろうか。
たぶん、見つけることもある。
探して、選んで、努力して、ようやく手に入れる幸せもある。
でも、探していなかった時に、ふと気づく幸せもある。
何気ない毎日の中にあって、
失ってから初めて見える幸せもある。
だから、幸せを一つの大きな答えにしなくてもいい。
今日の幸せが、明日も同じ形でなくてもいい。
見つからない時は、立ち止まってもいい。
ただ、そばにあった時に、
それをなかったことにしない。
それくらいで、いいのかもしれなかった。
将来、何があれば幸せなのか。
クラスメートたちの話を聞くうちに、お金、仕事、家、友達、健康、自由と、幸せになるために必要なものが次々に増えていく。
全部そろわなければ、幸せにはなれないのだろうか。
菜根タンが部室で問いかけると、老子ちゃんは「最初からそばにあったものへ、あとから気づくこともある」と語る。
孟子ちゃんは自分で作る幸せを、論子ちゃんは人とのあいだに生まれる幸せを、荘子ちゃんは探しすぎない幸せを語る。
幸せは一つの答えではない。
見つけるもの、作るもの、分けるもの、あとから気づくもの。
第五十話の節目に、幸せのいろいろな形を考える一話。




