どうして人は、自分に都合のいい言葉ばかり信じたくなるの?
人は、正しい言葉を信じたい。
たぶん、そう思いたいものです。
でも実際には、正しい言葉よりも、傷つかずに済む言葉や、今の自分を変えなくて済む言葉の方を信じたくなることがあります。
それは単なる弱さなのか。
それとも、自分を守るための自然な働きなのか。
今回は楊子ちゃんが少し容赦なく、マキャベリちゃんが言葉の使われ方から切り込みます。
人は、正しい言葉を信じたいのだと思っていた。
菜根タンは、なんとなくそう思っていた。
事実に合っていること。
筋が通っていること。
間違いが少ないこと。
そういう言葉の方が、信じる価値がある。
少なくとも、落ち着いて考えれば、たぶん誰でもそう思うはずだ。
でも現実には、正しい言葉より、聞いていて気持ちのいい言葉の方が、簡単に信じられることがある。
大丈夫。
あなたは悪くない。
気にしなくていい。
そのままでいい。
そう言われると、少し安心する。
逆に、
あなたにも責任がある。
その考え方は少し甘い。
このままだと同じことを繰り返す。
そういう言葉は、聞いた瞬間に胸が重くなる。
正しいかもしれない。
でも、信じたくない。
その違いは、どこから来るのだろう。
その日の昼休み、菜根タンは教室の後ろで、クラスメート二人の会話を聞いていた。
一人の子が、テストの点がかなり悪かったらしい。
「今回は問題が悪かったよね」
「先生の出し方も意地悪だったし」
「みんなも難しいって言ってたよ」
友達がそう言うと、その子は少し安心したようにうなずいた。
「だよね」
「今回だけだよね」
「わたし、そんなに悪くないよね」
たしかに、問題は難しかったのかもしれない。
先生の出題にも分かりにくいところがあったのかもしれない。
でも菜根タンは、その子がほとんど勉強していなかったことも知っていた。
別の子が以前、
「次は少し早めに勉強した方がいいかもね」
とやんわり言った時、その子は露骨に嫌そうな顔をしていた。
でも今日は、
「問題が悪かった」
「先生が意地悪だった」
「今回は仕方ない」
という言葉には、素直にうなずいていた。
どちらの言葉が本当に役に立つのだろう。
たぶん答えは分かっている。
でも、人は役に立つ言葉より、傷つかない言葉を選びたくなることがある。
放課後、部室でその話をすると、論子ちゃんは少し考え込んだ。
「その子、責められたくなかったんだろうね」
「うん」
菜根タンはうなずく。
「でも、“次は勉強した方がいい”って言ってくれた子の方が、たぶん本当にその子のためを思ってた気がするんだ」
「なのに、そっちは嫌がって、安心させてくれる言葉だけ信じるんだよね」
孟子ちゃんが眉を寄せた。
「でも、落ち込んでる時に厳しいこと言われたら、嫌なのも分かるよ」
「そうなんだよね」
菜根タンはため息をつく。
「だから、どっちが悪いって簡単には言えなくて」
「簡単よ」
気だるい声が入った。
楊子ちゃんだった。
「人は自分が傷つかない方を信じたいの」
「真実かどうかより、今の自分を守ってくれるかどうか」
「それだけでしょ」
菜根タンは少しだけ顔をしかめた。
「それだけって言うと、なんか冷たくない?」
「冷たいけど、だいたいそうよ」
楊子ちゃんは椅子に深くもたれる。
「自分が悪かったって認めたら、次は変わらなきゃいけないじゃない」
「でも、先生が悪い、問題が悪い、運が悪いってことにすれば、何もしなくて済むもの」
その言葉は、かなり痛かった。
間違いを認める。
それだけなら、まだ一瞬で終わる。
でも本当に認めたら、その先には行動を変える必要がある。
勉強する。
謝る。
やり方を見直す。
自分の癖を疑う。
都合のいい言葉は、その面倒な先を全部消してくれる。
「だから信じたいんだ……」
菜根タンは小さく言った。
「そうね」
今度は、やわらかく整った声が重なった。
マキャベリちゃんだった。
「都合のいい言葉には、役目があるの」
「事実を知らせるためではなく、聞く人の気分を守るための役目がね」
「役目?」
「ええ」
マキャベリちゃんは静かに椅子へ腰かける。
「人は、言葉を真実だけで選ばないわ」
「安心できるか」
「自尊心を守れるか」
「今まで通りでいられるか」
「そういうものでも選ぶの」
菜根タンは、昼休みの子の表情を思い出した。
点数が悪かった。
不安だった。
自分はだめなのかもしれないと思った。
そこへ、
あなたは悪くない。
今回は仕方なかった。
そういう言葉が来れば、たしかにすがりたくなる。
「じゃあ、安心させる言葉は悪いの?」と孟子ちゃん。
「悪くないわ」
論子ちゃんがやわらかく答えた。
「すごく傷ついてる時に、いきなり正論だけぶつけても届かないことはあるし」
「まず落ち着いてもらうことが必要な時もあるよ」
「ええ、その通りよ」とマキャベリちゃん。
「だから問題は、慰めることではないの」
「慰めを“結論”にしてしまうことよ」
部室が少し静かになった。
「落ち着くために、“今は大丈夫”と言う」
「それはいいわ」
「でも、“だから何も変えなくていい”まで行ったら、もう違う」
「都合のいい言葉が危険なのは、考える必要まで消してくれるからよ」
菜根タンは、その言い方に納得した。
慰めること。
考えなくていいこと。
似ているようで、違う。
少し休ませる言葉は必要だ。
でも、ずっと眠らせる言葉は危ない。
「……なんか」
菜根タンは少し考えながら言った。
「都合のいい言葉って、痛み止めみたいなのかな」
「かなり近いね」と論子ちゃん。
「痛みを軽くすることはできる」
「でも、原因まで治ったわけじゃない」
「そういう感じかも」
楊子ちゃんが、少しだけ口元を上げた。
「で、痛くなくなったら治った気になるのよ」
「人って便利ね」
「言い方は悪いけど」
菜根タンは苦笑する。
「ちょっと分かる」
マキャベリちゃんは、静かに続けた。
「それに、都合のいい言葉は、言う側にも便利なの」
「相手に嫌われにくい」
「機嫌を損ねない」
「自分をやさしい人に見せられる」
「だから、真実よりよく流通するのよ」
その言葉は、前のおべっかの話にもつながっていた。
言われる側は、安心したい。
言う側は、嫌われたくない。
その二つが合わさると、都合のいい言葉はどんどん増えていく。
「じゃあ、本当のことを言う人って損だね」と菜根タン。
「損をすることはあるわね」
マキャベリちゃんはあっさり認めた。
「真実は、相手の今の気分に合うとは限らないもの」
「だから、賢い人は“正しいことを言えば伝わる”なんて思わない」
「どう言えば相手が受け取れるかまで考えるの」
論子ちゃんが静かにうなずいた。
「そこは大事だと思う」
「正しいことでも、相手を追い詰める言い方をしたら、守りに入っちゃうから」
「本当のことを言うなら、届く形にする必要があるよね」
菜根タンは少し考えた。
都合のいい言葉だけ信じる人が悪い。
そう切ってしまうのは簡単だ。
でも、真実を言う側にも、届かせる責任がある。
ただ責める。
ただ現実を突きつける。
それでは、相手はますます安心できる嘘へ逃げるかもしれない。
「じゃあ、どうしたらいいのかな」
菜根タンは聞いた。
「都合のいい言葉に逃げないためには」
「まず、自分が何を守ろうとしているのか気づくことね」
マキャベリちゃんが答えた。
「自尊心なのか」
「今までのやり方なのか」
「失敗していない自分という物語なのか」
「そこが見えれば、少しは距離を取れるわ」
「難しそう……」
「難しいわよ」
楊子ちゃんがすぐに言った。
「自分に都合のいい嘘って、一番見抜きにくいもの」
「だって、自分が協力して信じてるんだから」
その言葉は、かなり鋭かった。
だまされているだけなら、いつか気づけるかもしれない。
でも、自分でも信じたいと思っているなら、簡単には離れられない。
管子ちゃん先輩が、落ち着いた声で言った。
「だから、言葉ではなく結果を見るのよ」
話が少し地面に下りる。
「その説明を信じたあと、何かが良くなったのか」
「同じ失敗を繰り返していないか」
「自分だけが気分よくなって、現実は悪くなっていないか」
「そこを見れば、その言葉が役に立ったのかは分かるわ」
菜根タンは深くうなずいた。
先生が悪かった。
運が悪かった。
今回は仕方なかった。
それを信じたあと、次のテストでも同じことになったなら、たぶんその説明は助けになっていない。
「気持ちよくなる言葉より、次を少し良くする言葉」
菜根タンはぽつりと言った。
「そっちを選べたらいいのかな」
「そうね」と管子ちゃん先輩。
「すぐに気持ちよくならなくても、あとで自分を助ける言葉の方が価値はあるわ」
孟子ちゃんも少し考えてから言う。
「でも、最初に“つらかったね”って言うのも大事だよ」
「そのあとで、“じゃあ次どうしよう”って言えたらいいんじゃない?」
「うん」
論子ちゃんが笑う。
「慰めることと、現実から逃がすことを分けるんだね」
菜根タンはノートを開いた。
白いページに、少し迷ってから書く。
人が自分に都合のいい言葉を信じたくなるのは、
それが正しいからではなく、自分を傷つけずに済むからなのかもしれない。
その下に、さらに一行。
でも、傷つかない言葉が、いつも自分を助けるとは限らない。
文字を見つめながら、胸の中が少しざらついた。
菜根タン自身にも、思い当たることがないわけではない。
自分は悪くない。
仕方なかった。
今はまだ時期じゃない。
そう思って安心したことが、たぶん何度かある。
その言葉が本当だった時もあるだろう。
でも、ただ変わるのを先延ばしにしただけの時も、きっとあった。
「……自分に都合のいい言葉って」
菜根タンは小さく言った。
「信じてる時は、都合がいいって気づきにくいね」
「そうよ」とマキャベリちゃん。
「だから、自分に気持ちのいい説明ほど、一度疑ってみるの」
「それで全部否定する必要はない」
「ただ、“これは真実だから信じたいのか、安心できるから信じたいのか”を分けてみるのよ」
その問いは、少し怖かった。
でも、覚えておいた方がいい気がした。
菜根タンは、ノートの最後にもう一行だけ書き足した。
信じたい言葉ほど、
なぜ信じたいのかを考えた方がいいのかもしれない。
窓の外は、夕方のやわらかい色になっていた。
どうして人は、自分に都合のいい言葉ばかり信じたくなるのだろう。
たぶん、人は自分を守りたいからだ。
間違っていた自分や、変わらなければならない現実を見るのは、少し痛いから。
でも、痛くない言葉だけを選んでいると、
その場では安心できても、同じ場所から動けなくなることがある。
だから必要なのは、厳しい言葉だけを選ぶことではない。
やさしい言葉を疑うことでもない。
慰めてもらったあとで、
もう一度だけ現実を見ること。
それが、自分に都合のいい物語の中で眠り続けないために、
たぶん必要なことなのかもしれなかった。
自分に都合のいい言葉を信じたくなるのは、たぶんそれが正しいからではなく、少し安心できるからなのだと思います。
慰めは必要です。
でも、慰めによって考える必要まで消してしまうと、同じ場所から動けなくなることもあります。
信じたい言葉ほど、なぜ信じたいのかを考える。
そんな少し苦い感触が残る回になっていたらうれしいです。




