褒められると、どうして人は弱くなるの?
褒められるのは、うれしいことだと思います。
頑張ったことを見てもらえたら、やっぱり少し報われた気持ちになる。
でも時々、褒められるほど、その人が前より打たれ弱くなったり、耳の痛いことを嫌がるようになったりすることがあります。
それはどうしてなのか。
今回はマキャベリちゃんが少し冷たく、でもかなり本質に近いところを切ります。
褒められて、うれしくない人は、たぶんそんなにいない。
菜根タンだってそうだ。
頑張ってるね。
しっかりしてるね。
すごいね。
助かったよ。
そう言われたら、やっぱり少しうれしい。
自分のやってきたことが、ちゃんと見えていた気がするからだ。
だから本当は、褒められること自体が悪いわけじゃない。
でも時々、褒められるほど、その人が少しずつおかしくなっていくように見えることがある。
最初はもっと素直だったのに。
もっとよく聞いていたのに。
もっと慎重だったのに。
いつの間にか、自分を疑わなくなる。
耳の痛いことを嫌がる。
気分のいい言葉ばかり集めたがる。
そうなると、なんだか前より弱くなったように見える。
その日の昼休みも、菜根タンはそれを少し感じていた。
クラスで、ある子が発表をした。
最初はたしかに、かなり頑張っていた。
準備もしていたし、声も出ていたし、内容も悪くなかった。
だから、みんなが「すごいね」と言ったのは自然だったと思う。
でも、そのあとから少しずつ空気が変わった。
次に何か意見を言われた時、その子は前よりむっとしやすくなった。
直した方がいいと言われると、少し不機嫌そうな顔をした。
そして気づけば、褒めてくれる子のそばにばかりいるようになっていた。
それを見て、菜根タンは少し不思議だった。
褒められて、自信がつくなら分かる。
でもどうして、前より弱くなるようなことがあるんだろう。
放課後、部室でその話をすると、論子ちゃんが静かに言った。
「褒められること自体は、悪くないんだけどね」
「うん」
菜根タンはうなずく。
「むしろ、頑張ったなら褒めた方がいいと思う」
「でも、なんか……褒められたあとに、前より打たれ弱くなる感じってあるよね」
孟子ちゃんが首をかしげる。
「それ、自信がついたんじゃなくて?」
「自信ならいいんだけど」
菜根タンは少し迷いながら言う。
「なんか、“すごいって言われたい自分”を守るのに必死になってる感じがして」
「それよ」
上品な声が、すっと入った。
マキャベリちゃんだった。
「褒められると人が弱くなるんじゃないの」
「褒められた自分を守り始めると、弱くなるのよ」
その一言はかなり鋭かった。
褒められた自分。
たしかに、そこに何かありそうだった。
「どういうこと?」と菜根タン。
「最初は、ただうれしいだけでしょうね」
マキャベリちゃんは椅子に腰かける。
「でも人は、気持ちのいい評価をもらうと、それを失いたくなくなるの」
「そうすると、だんだん“成長すること”より“その評価を守ること”の方が大事になる」
部室が少し静かになる。
「そして評価を守ろうとすると、耳の痛いことが邪魔になる」
「自分を疑わせる言葉が邪魔になる」
「結果として、褒めてくれる人の方へ寄り、ちゃんと見てくれる人の方を遠ざける」
「それで弱くなるのよ」
菜根タンは、その流れがかなりしっくりきた。
褒められる。
うれしい。
またそう思われたい。
そのために、気持ちのいい言葉を守る。
そうやって、少しずつ現実より気分を優先し始める。
たしかに、それは強くなる流れではない。
「でも、褒めるのって大事じゃん」と孟子ちゃん。
「褒められたら伸びる人だっているし」
「ええ、褒めることは大事よ」
論子ちゃんがやわらかく言う。
「ただ、“褒められること”と“褒め言葉に依存すること”は違うんだと思う」
「依存……」
菜根タンは小さく繰り返した。
「うん」
論子ちゃんはうなずく。
「褒められないと不安になる。
注意されると、自分が全部否定された気がする。
そうなると、たしかに少し苦しいよね」
その時、管子ちゃん先輩が落ち着いた声で言った。
「褒め言葉で回る人間は、褒め言葉が切れた時に止まるわ」
その一言で、話が少し地面に下りる。
「本当に強い人は、褒められても止まらないし、褒められなくても止まらないの」
「でも、褒められることでしか動けなくなると、評価がない場で踏ん張れなくなる」
「それはもう、力じゃなくて依存よ」
かなり厳しい言い方だった。
でも、妙に本質だった。
「じゃあ、褒められるのって危ないのかな」と菜根タン。
「褒められること自体は危なくないわ」
マキャベリちゃんは即答した。
「危ないのは、“褒められている自分は正しい”と思い始めることよ」
「褒め言葉は事実の確認ではなく、ただの反応かもしれないのに、それを真実より上に置く」
「そこから、人は弱くなるの」
その言葉は、おべっか回の延長線にもあるように思えた。
耳に心地いい言葉。
気分のいい反応。
それを真実より上に置くことの危うさ。
「じゃあ、どうしたらいいの?」と菜根タン。
マキャベリちゃんは静かに答えた。
「褒められたら、うれしがればいいの」
「でも、その言葉で自分を確定しないことね」
「“すごいね”と言われても、“今の一部分がそう見えた”くらいで受け取るの」
「そうしないと、褒め言葉に自分の輪郭まで預けることになるわ」
その言い方は、少し難しかったけれど、かなり大事な感じがした。
褒められる。
でも、それで自分の全部を決めない。
気分は受け取る。
でも、事実確認までは預けない。
楊子ちゃんが、気だるそうに言う。
「要するに、褒め言葉で酔うなってことでしょ」
「ずいぶん雑だけど、半分は正しいわね」とマキャベリちゃん。
「半分?」と菜根タン。
「ええ」
マキャベリちゃんは少し微笑む。
「酔わないだけじゃ足りないの」
「褒められても、ちゃんと自分を点検できること」
「そこまでできて、ようやく強いのよ」
論子ちゃんもやわらかく続ける。
「褒められるのはうれしくていいんだと思う」
「でも、そのあとに“じゃあ次はどこを直そうかな”って思える人の方が、たぶんちゃんと伸びるよね」
「うん」と菜根タンは小さくうなずいた。
たしかにそうかもしれない。
褒められることが終着点になると、そこで止まる。
でも通過点なら、前に進める。
孫子ちゃんが短く言った。
「慢心は鈍る」
その一言も重かった。
管子ちゃん先輩が続ける。
「褒めるなら、“結果”だけじゃなく“工夫”や“積み重ね”を褒める方がいいわね」
「そうすれば、守ろうとするのが“すごい自分”じゃなくて、“続ける姿勢”になるから」
菜根タンは、その視点がかなり好きだった。
すごい人。
できる人。
そういうラベルを守るより、積み重ねを褒められた方が、たしかに前へ行けそうだ。
ノートを開く。
白いページに、少し迷ってから書く。
褒められること自体は悪くない。
その下に、もう一行。
でも、褒められた自分を守り始めると、
人は少しずつ弱くなるのかもしれない。
文字を見つめながら、昼休みのあの子の顔を思い出す。
褒められたことで強くなったのではなく、褒められた姿を壊したくなくなっていたのだ。
「……なんか、褒められるのってうれしいのに、難しいね」
「難しいわよ」とマキャベリちゃん。
「だから、うれしいと同時に少し冷静でいなきゃいけないの」
「気分のいい言葉ほど、扱いを間違えると鈍るもの」
「でも、褒められてうれしいのは、そのままでいいんだよね?」
孟子ちゃんが少し不安そうに言う。
「もちろんよ」と論子ちゃんが笑う。
「うれしいのは全然悪くないよ」
「ただ、そのうれしさに全部を預けないだけ」
菜根タンは、最後にノートへ一行だけ書き足した。
褒め言葉は受け取っていい。
でも、自分の強さまでそこに預けてはいけないのかもしれない。
窓の外は、夕方のやわらかい色になっていた。
褒められると、どうして人は弱くなるのだろう。
たぶん、褒め言葉そのものが人を壊すわけじゃない。
でも、その言葉を守ることが、自分を鍛えることより大きくなった時、
人は少しずつ、現実に打たれ弱くなるのかもしれない。
うれしいことと、強くなることは、同じではない。
その違いを忘れないことが、たぶん大事なのだろう。
褒められること自体は、たぶん悪いことではありません。
ただ、褒められた自分を守ることが、成長することより大きくなった時、人は少しずつ弱くなるのかもしれません。
うれしいことと、強くなることは同じではない。
そんな感触が少しでも残る回になっていたらうれしいです。




