悪名は無名に勝るって本当なの?
悪名は無名に勝る。
そう言われると、なんだか品のない話に聞こえます。
でも現実には、悪い意味で目立った人の方が名前を覚えられやすい、というのもたしかにあります。
では、それは本当に「勝ち」なのか。
知られることと、信じられることは同じなのか。
今回はマキャベリちゃんが少し冷たく、でもかなり現実的に切り込みます。
悪名は無名に勝る。
そういう言葉を、菜根タンは一度どこかで聞いたことがある。
たぶん意味としては、
知られないより、悪くても名前が知られている方がまし、ということなのだろう。
最初に聞いた時は、なんだか少し嫌だった。
悪くても有名ならいい、みたいな響きがある。
そんなの、あまりきれいな考え方には思えない。
でも、現実を見ていると、少しだけ分かる気もしてしまう時がある。
派手に炎上した人の名前は、たしかによく残る。
変なことをして目立った人ほど、なぜかみんな覚えている。
逆に、まじめで静かに頑張っている人は、実力があっても名前が埋もれることがある。
そう考えると、本当に悪名は無名に勝つのだろうか、と思ってしまう。
その日の昼休みも、菜根タンは似たようなことを感じていた。
クラスで話題になっていたのは、少し前に問題を起こした有名人の話だった。
みんな、その人の名前をすぐ口にした。
何をした人かも、すぐ分かった。
一方で、同じ話の流れで、別の誰かが
「でも、あの人より実力ある人いっぱいいるよね」
と言った時、誰の名前もなかなか出てこなかった。
すごい人はいる。
でも、悪い意味で目立った人の方が、ずっと記憶に残っている。
そのことが、菜根タンにはなんとも言えず引っかかった。
放課後、部室に入るなり、菜根タンはぽつりと言った。
「悪名は無名に勝るって、本当なのかな」
論子ちゃんが顔を上げる。
「どうしたの?」
菜根タンは、昼休みの会話を話した。
炎上した人の名前はすぐ出るのに、静かに実力のある人の名前はなかなか出てこないこと。
その違いが、少し嫌だったこと。
孟子ちゃんがすぐに顔をしかめた。
「わたし、それ嫌い」
「悪いことで目立った方が勝ち、みたいなの、全然よくないじゃん」
「うん、わたしもそう思う」
菜根タンは苦笑した。
「でも、名前が残るって意味では、ちょっと本当っぽく見える時もあるんだよね」
その時、上品な声が静かに入った。
「半分は本当ね」
マキャベリちゃんだった。
今日も微笑み方はやわらかいのに、答えは最初から容赦がない。
「でも、半分はうそよ」
菜根タンは少し身を乗り出した。
「どっちなの?」
「まず、悪名は無名より目立つわ」
マキャベリちゃんは落ち着いて言う。
「これは事実よ」
「人は強い刺激のあるものを覚えやすいし、変なものほど話題にしやすい」
「だから、“まず知られる”という段階では、悪名が無名に勝つことはあるわね」
その言い方は、かなり冷静だった。
たしかに、そこまではその通りだと思う。
知られていなければ、話題にもならない。
悪くても、名前が出るという点では前に出る。
「じゃあ、やっぱり本当なんだ」と菜根タン。
「いいえ、そこから先が違うの」
マキャベリちゃんは静かに首を振った。
「悪名は、知名度にはなる」
「でも、信用にはなりにくい」
「そこを混同すると、かなり危ないわね」
その一言で、話の輪郭が少しはっきりした。
知名度。
信用。
似ているようで、全然違う。
論子ちゃんが、やわらかく言葉を足す。
「名前を知ってることと、その人を信じられることって、同じじゃないもんね」
「そう」
マキャベリちゃんはうなずく。
「悪名って、“知られている”ではあるけれど、“警戒付きで知られている”ことが多いの」
「近づきたくない。任せたくない。深くは関わりたくない。
そういう形で名前が残るなら、長く見ればかなり重い足枷になるわ」
菜根タンは、その言葉に少しだけほっとした。
悪名が目立つことはある。
でも、それをそのまま勝ちとは呼ばなくていいのだ。
「じゃあ、悪名は入口にはなるけど、その先は弱いってこと?」と菜根タン。
「かなりいいわね」
マキャベリちゃんは少しだけ微笑んだ。
「注目を取る段階では、悪名が無名に勝つことはある」
「でも、信用を積む段階では、無名より悪名の方がずっと重い」
孟子ちゃんが腕を組んだまま言う。
「じゃあ、やっぱり悪名ってだめじゃん」
「長く見ればね」と管子ちゃん先輩が静かに入った。
話が少し“運営”の方へ寄る。
菜根タンは、その感じが少し好きだった。
「悪名で人が集まることはあるわ」
「でも、悪名では長く回らないの」
「場を任される、信用を預けられる、継続して人がついてくる。
そこまで行くには、ただ目立つだけでは足りないわ」
その言い方は、すごく現実的だった。
たしかに、ただ話題になることと、長く任されることは違う。
その差が、今の菜根タンにはかなり大きく見えた。
「でもさ」と菜根タン。
「世の中、悪名でも結構強そうに見える人っているよね」
「普通に売れてたり、目立ってたり」
「ええ、いるわね」とマキャベリちゃん。
「でも、そういう人をよく見ると、“悪名そのもの”で立っているんじゃないことも多いの」
「注目の入口は悪名でも、そのあとに別の価値を乗せているか、
あるいは短期で消耗しているか、そのどちらかよ」
その見方はかなり冷静だった。
悪名だけで永遠に立っているわけではない。
どこかで別の何かを乗せるか、どこかで信用を削り切るか。
たしかに、そういう整理の方が現実に近い気がした。
楊子ちゃんが、だるそうに言う。
「あと、悪名って本人が思ってるより高くつくのよ」
「その場では目立てても、あとで“ああいう人”って札がずっとついて回るから」
「札……」
菜根タンは小さく繰り返した。
「そうよ」
楊子ちゃんは肩をすくめる。
「一回で済むと思ってるのは本人だけ。
見てる側はけっこう覚えてるの」
その言い方は、かなりいやだった。
でも、本当でもありそうだった。
悪いことで目立つ。
その時は注目される。
でも、その注目は簡単には消えない。
しかも、自分に都合のいい形ではなく残ることも多い。
「じゃあ」と菜根タン。
「無名って、そんなに悪いことでもないのかな」
「もちろんよ」と論子ちゃん。
「無名って、まだ何も知られていないだけでもあるからね」
「そこからちゃんと信頼を積めるなら、悪名よりずっといい始まり方だと思う」
「ええ」と管子ちゃん先輩。
「無名は遅いだけのこともあるわ」
「でも悪名は、速い代わりに傷をつけてくるの」
「どちらが得かは、そのあと何で立ちたいのか次第ね」
マキャベリちゃんが、最後に少しだけ鋭く言った。
「上に立つ人間が欲しがるべきなのは、悪名じゃないわ」
「軽く見られない名よ」
その一言は、かなり強かった。
悪名じゃない。
軽く見られない名。
それはたぶん、名声の回で話していたものともつながる。
ただ知られているのではなく、“何者かが伝わっている名”だ。
菜根タンはノートを開いた。
白いページに、少し迷ってから書く。
悪名は、無名より目立つことがある。
その下に、さらに一行。
でも、目立つことと信用されることは別なのかもしれない。
文字を見つめながら、昼休みの会話を思い返す。
悪い意味で名前が出る人。
でも、静かに実力があるのに埋もれている人。
たしかに、最初の強さでは前者が勝つこともある。
でも、最後まで残るのはどちらだろう。
「……なんか」
菜根タンは少し笑った。
「悪名って、近道っぽく見えるけど、あとで高くつくんだね」
「そういうこと」と楊子ちゃん。
「近道って、たいていそういうものよ」と管子ちゃん先輩も言う。
論子ちゃんが、やわらかく締める。
「無名って、ただまだ何も始まってないだけかもしれないもんね」
「そこから何を積むかの方が大事なんだと思う」
菜根タンは、最後にノートへもう一行書き足した。
悪く知られるより、遅くても信じられる形で知られていく方が、たぶん長く残るのかもしれない。
窓の外は、夕方のやわらかい色に変わっていた。
悪名は無名に勝るのだろうか。
たぶん、そういう場面もある。
でもそれは、“まず知られる”という入口だけの話かもしれない。
その先で人が必要とするのは、たぶん別のものだ。
軽く見られないこと。
信用されること。
何者かがちゃんと伝わること。
そういうものまで含めて考えるなら、
悪名は無名に勝つ、とは簡単には言えないのかもしれなかった。
悪名は、たしかに無名より目立つことがあります。
でも、目立つことと信用されることはやっぱり別なのだと思います。
近道に見えるものほど、あとで高くつくこともある。
そんな少し苦い話になっていたらうれしいです。




