評判って、どこまで気にするべきなの?
今回は、少し身近で少し厄介な話です。
評判なんて気にしすぎない方がいい。
そういう言葉はたしかに正しい気もします。
でも実際には、人の中で生きている以上、評判をまったく無視することもできません。
悪く思われれば人は離れるし、信用されなければ任せてもらえない。
じゃあ、どこまで気にするべきなのか。
今回はマキャベリちゃんが、その少しややこしい境目に切り込みます。
評判なんて、気にしすぎない方がいい。
そういう言葉を、菜根タンは何度か聞いたことがある。
人の目ばかり気にするな。
自分らしくいろ。
どう思われるかより、どうあるかだ。
たしかに、そうだと思う。
人の顔色ばかり見ていたら、息が詰まる。
自分のやりたいことも、言いたいことも、だんだん分からなくなる。
でもその一方で、評判なんてどうでもいい、と言い切るのも少し違う気がしていた。
感じが悪いと思われれば、人は離れる。
信用できないと思われれば、任せてもらえない。
何を考えているか分からないと思われれば、不安にさせる。
そう考えると、評判って、やっぱり全然どうでもいいものではない。
じゃあ、どこまで気にするべきなんだろう。
その日の昼休み、菜根タンはそれを考えるきっかけになる場面を見た。
クラスで、ある子が発言しようとしていた。
たぶん内容はそんなに変ではなかった。
でも、その子は直前まで周りの顔色をうかがって、何度も言葉を飲み込み、やっと口を開いた時には、もう半分くらい勢いが消えていた。
「いや……変だったらいいんだけど」
「ちょっと思っただけで……」
その前置きが長すぎて、周りも少し待ち疲れてしまう。
結局、別のもっと声の大きい子が話を持っていき、その子の意見は曖昧なまま埋もれた。
その光景を見て、菜根タンは少し胸が痛んだ。
たぶんあの子は、間違いたくなかった。
変に思われたくなかった。
嫌な顔をされたくなかった。
だから慎重になった。
でも、その慎重さのせいで、自分の言葉の輪郭まで薄くなっていた。
放課後、部室に入るなり、菜根タンはぽつりと言った。
「評判って、どこまで気にするべきなんだろう」
論子ちゃんが顔を上げる。
「何かあったの?」
菜根タンは、昼休みのことを話した。
発言する前から空気を気にしすぎて、結局うまく言えなくなっていた子のこと。
その一方で、評判なんてどうでもいいと言い切れる人にも、どこか雑さを感じること。
「気にしすぎると、自分の言葉が弱くなる」
「でも、まったく気にしないのも、それはそれで変な気がするんだよね」
孟子ちゃんがすぐに言った。
「正しいなら言えばいいのに!」
いつも通りまっすぐだ。
でも菜根タンは少し苦笑した。
「それが簡単にできたら、あんな顔しないと思う」
「うーん……でも」
孟子ちゃんは腕を組む。
「周りにどう思われるかばっかり気にしてたら、何もできなくなっちゃうじゃん」
「それはそうだね」と論子ちゃん。
「ただ、人の中で生きてる以上、評判って完全には切れないと思うんだ」
「自分だけで完結する話じゃないし」
その時、上品な声が静かに入った。
「評判は無視しない方がいいわ」
マキャベリちゃんだった。
今日もやわらかく微笑んでいるのに、言葉だけは最初から芯を射抜いてくる。
「でも、評判に飼われるのは愚かね」
菜根タンは、その言葉に少し背筋が伸びた。
「飼われる……」
「ええ」
マキャベリちゃんは椅子に腰かける。
「評判は社会で生きる以上、無視できないわ」
「どう見られているかは、信用や影響力に関わるもの」
「でも、それを気にするあまり、自分の判断まで周りに預け始めたら終わりなの」
その言い方は、かなり冷たかった。
でも、昼休みのあの子には確かに当てはまる気がした。
間違いたくない。
変に思われたくない。
嫌われたくない。
そう思ううちに、何を言いたかったのかより、どう見られるかの方が大きくなってしまっていた。
「じゃあ、評判って気にしなくていいってこと?」と孟子ちゃん。
「そう単純じゃないわ」
マキャベリちゃんは首を振る。
「評判をまったく気にしない人間は、たいてい他人に与える影響を軽く見ている」
「でも、評判を気にしすぎる人間は、他人の目の中でしか立てなくなる」
「どちらも弱いのよ」
論子ちゃんが、やわらかく補う。
「たぶん、評判って“人にどう伝わってるか”を見る目安ではあるんだよね」
「でも、それに合わせて自分を全部作り替えちゃったら、たしかに苦しい」
「そうね」とマキャベリちゃん。
「評判は参考にはなるわ」
「でも主人にしてはいけないの」
その言葉は、かなりきれいだった。
参考。
主人ではない。
菜根タンは、その違いを頭の中でゆっくり確かめた。
評判が悪いなら、なぜそう見えているかは考えた方がいい。
でも、ただ嫌われたくないから何でも曲げるのは違う。
「……でも、難しいね」
菜根タンは正直に言う。
「人って、悪く思われるとやっぱりへこむし」
「へこむわよ」とマキャベリちゃん。
「だからこそ厄介なの」
「評判って、事実だけじゃなく、感情にも刺さるもの」
「だから、気にしないふりはできても、本当に無視するのは難しい」
その時、管子ちゃん先輩が静かに口を開いた。
「評判をどこまで気にするかは、それで何を失うかで考えるといいわね」
話が少し“運営”の方へ寄る。
菜根タンは、その感じが少し好きだった。
「評判を気にしないせいで、信用を失うなら困る」
「でも、評判を守るために必要な判断まで避けるなら、それも困る」
「結局、“よく見られること”のために場を壊していないか、そこで見た方がいいのよ」
「よく見られるために場を壊す……」
「あるでしょう?」
管子ちゃん先輩は落ち着いて言う。
「嫌われたくないから注意しない」
「優しいと思われたいから線を引かない」
「感じがいい人でいたくて、曖昧に笑って流す」
「それで困るのは、だいたい真面目な人か、弱い人よ」
その言葉は、かなり重かった。
たしかに、評判を守るためのやさしさは、一見きれいに見える。
でも、それで誰かにしわ寄せが行くなら、たぶんもう少し違う。
「つまり」
菜根タンはゆっくり言う。
「評判って、無視できないけど」
「それを守るために中身まで曲げたらだめってことかな」
「かなりいいわね」とマキャベリちゃん。
「評判は、人の目よ」
「でも、自分の足まで人の目に預けたら、まっすぐ歩けなくなるの」
その言葉は、妙に胸に残った。
人の目。
自分の足。
たしかにその二つを一緒くたにしてしまうと、苦しくなるのだろう。
孟子ちゃんが、少し不服そうに言う。
「でも、正しいことしてるなら、評判なんて放っとけばよくない?」
「そう言い切れたら楽でしょうね」
マキャベリちゃんは微笑む。
「でも、上に立つ人間や、人と関わりながら何かを進める人間は、そうもいかない」
「誤解されっぱなしで平気、伝わらなくて平気、では、結局守れるものも減るの」
「だから評判は、無視するものじゃなくて整えるものなのかも」
論子ちゃんが静かに言う。
「ただし、迎合するんじゃなくて、“ちゃんと伝わるようにする”って意味で」
「そう、それよ」
マキャベリちゃんがうなずく。
「評判を気にするって、媚びることじゃないの」
「自分が何者で、何を大事にしていて、どういう時にどう動く人間なのか」
「それがちゃんと伝わるようにすることよ」
菜根タンは、その言葉に少しだけほっとした。
評判を気にする。
それは、みんなに好かれるために自分を曲げることじゃない。
むしろ、自分の中身が誤解なく届くようにする努力なのかもしれない。
ノートを開く。
白いページに、まず一行書く。
評判は、無視できない。
その下に、もう一行。
でも、評判のために自分まで曲げ始めたら、
それはもう周りの目に生きているのかもしれない。
文字を見つめながら、昼休みのあの子の顔を思い出す。
あの子に足りなかったのは、評判への配慮そのものではなかった。
たぶん、評判を気にしながらも、自分の言葉を支える芯だったのだ。
「……難しいね」
菜根タンは少し笑う。
「気にしすぎてもだめ、気にしなさすぎてもだめって」
「難しいわよ」
管子ちゃん先輩はうなずいた。
「でも、そういうものほど、雑に二択にしない方がいいの」
「評判を守るより、中身を守る」
孟子ちゃんが言う。
「でも中身を伝える努力はする、って感じかな」
「悪くない整理ね」とマキャベリちゃん。
「そういうことよ」
論子ちゃんが最後にやわらかく言う。
「評判って、たぶん人とのあいだにある鏡なんだと思う」
「でも、鏡ばかり見て歩いたら転ぶよね」
「前も見ないと」
菜根タンは、その言葉がすごく好きだった。
鏡ばかり見て歩いたら転ぶ。
たしかにその通りだ。
人にどう見えるかは気になる。
でも、気にしてばかりでは進めない。
だから必要なのは、鏡を見ることではなく、鏡に飲まれないことなのだろう。
菜根タンは、ノートの最後にもう一行だけ書き足した。
評判は少し気にした方がいい。
でも、自分の足まで人の目に預けてはいけないのかもしれない。
窓の外は、夕方のやわらかい色に変わっていた。
評判って、どこまで気にするべきなのだろう。
たぶん、まったく気にしないわけにはいかない。
でも、気にしすぎて自分まで曲げたら、たぶんもう苦しい。
だから大事なのは、
評判を無視することでも、
評判に従うことでもなく、
評判を見ながらも、自分の足で立ち続けることなのかもしれなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
評判は、たぶん少しは気にした方がいいのだと思います。
でも、気にしすぎて自分の判断まで人の目に預けてしまったら、それはもう苦しくなる。
評判を無視することでも、評判に従うことでもなく、
評判を見ながらも自分の足で立つこと。
そんな感触が少しでも残る回になっていたらうれしいです。




