表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/53

第九話4

 ガラス張りの高層ビル。夜になると壁面全体がスクリーンになり、探索者の活躍を伝えるニュース映像が流れる。六本木の交差点から見上げると、巨大な探索者の姿がビルの壁を歩いている。橘の剣士が魔物を斬る。澄の祈祷士が負傷者を癒す。皇の術式が夜空を照らす。全部、扇家が編集した映像だ。

 悠馬は十四階の編集室にいた。父に連れられて。入学式の一週間前。必要な装備の調整のついでに本社に寄った。「ついで」と父は言ったが、悠馬は知っている。これは教育だ。

 編集室には二十人ほどのスタッフが画面に向かっていた。映像を切り貼りしている。今期のSランク到達者の特集番組。到達者は二名。どちらも橘系列の探索者。

 ディレクターが父に挨拶した。父は扇電通の取締役。扇家の直系。メディア事業の統括者。編集室の全員が父の顔を知っている。

「おめでとうございます。取締役のご子息が養成学校に」

「よろしく。息子に見学させてくれ」

 父は悠馬を編集デスクの前に座らせた。画面にはSランク探索者の戦闘映像が流れている。ダンジョンの中。発光鉱石の光。魔物との戦闘。カメラが探索者の動きを追っている。

 悠馬は映像を見ながら、横の編集スタッフの手元を見ていた。

 六つのモニターが並んでいる。それぞれに異なるアングルの映像が流れている。ダンジョン内の固定カメラ。探索者のヘルメットカメラ。後方支援のドローンカメラ。同じ瞬間を六つの視点で見ている。

 スタッフがマウスを動かしている。タイムラインの上でクリップを切り貼りする。ヘルメットカメラの映像が三秒間使われて、固定カメラに切り替わる。切り替えのタイミングは探索者が剣を振り上げた瞬間だ。振り上げまでがヘルメット(一人称の没入感)、振り下ろしが固定カメラ(全体像が見える)。視聴者は探索者と一体化して剣を振り上げ、次の瞬間に引いた視点で斬撃の全貌を見る。

 カットの切り方一つで、視聴者の感情が操作されている。探索者が苦戦している場面は二秒以内に切る。長く映すと「この人、弱いのでは」と思われる。勝利の瞬間は五秒以上引っ張る。余韻を持たせる。魔物が探索者を追い詰める場面は「緊張感の演出」として残すが、探索者が恐怖で後退する場面は全てカットされている。

 英雄は後退しない。それが扇家の編集方針だ。実際には全ての探索者が後退する。ダンジョンの中で恐怖を感じない人間はいない。だがそれを見せない。見せたら英雄ではなくなる。英雄が英雄であり続けるためには、恐怖を編集室で切り取る必要がある。

「この場面、使うんですか」

 悠馬がスタッフに聞いた。画面には探索者が仲間の前に立って盾になるシーンが映っている。

「ああ。ここがクライマックスだ。仲間を守る瞬間は数字が取れる」

「仲間を守ったのは本当なんですか」

 スタッフの手が止まった。悠馬を見た。十五歳の少年が、映像の真偽を問いている。

「・・・本当だよ。この場面は本物だ」

「全部の場面が本物?」

 スタッフは答えなかった。横を向いて編集に戻った。

 悠馬は黙って画面を見続けた。全部が本物ではないことは、聞かなくても知っている。探索者の活躍映像の七割は実際の戦闘記録から編集される。残りの三割は別撮りや再現映像だ。嘘ではない。だが全部が真実でもない。真実と演出の境界を管理するのが扇家の仕事。

 父が隣に来て、悠馬の肩に手を置いた。

「見たか」

「見た」

「何を思った」

「・・・すごい技術だと思う。人の感情を動かす技術。これがあるから探索者は英雄でいられる。これがなかったら、探索者はただの危険な仕事をしてる人間でしかない」

 父が悠馬を見た。十五歳の息子の答えを測る目。

「それだけか」

「それだけじゃない。この技術は怖い。英雄を作れるなら、悪人も作れる。誰を英雄にして、誰を悪人にするか。それを決める力が、うちの家にある」

 父は黙った。しばらく。編集室のモニターの光が父の顔を青白く照らしている。

「お前は養成学校で何をする」

「友達を作る」

「本当の友達を作れ」

 悠馬は笑った。唇の端だけで。

「友達と情報源の区別がつかないのが、うちの家業でしょ」

 父は笑わなかった。悠馬の顔を見ていた。心配している顔だった。怒っているのではない。自分の息子が自分と同じ道を歩くことへの、言葉にならない不安。

「悠馬。お前にはお前の道がある。扇家の道だけが全てじゃない」

「そう思えたら楽なんだけどね」

 悠馬は編集室を出た。エレベーターで一階に降りる。ロビーのガラス壁の向こうに六本木の夜景が広がっている。ビルの壁面に探索者の映像が流れている。橘の剣士が魔物を斬る。英雄の物語。扇家が作った物語。

 悠馬はその映像を見上げて、ポケットに手を突っ込んだ。

 養成学校で三年間。特別クラスに入る。橘の、皇の、澄の、冑の子弟と同じ教室に座る。彼らの言葉を聞き、行動を見て、誰が何を考えているかを読む。それが悠馬にとっての学校だ。

 友達を作る。本当の友達を。

 それがどれだけ難しいことか、悠馬は十五歳にして知っている。


 帰宅した。扇家の邸宅は六本木ヒルズの近くにある。ガラスと鉄骨のモダンな建物。橘の和風とも澄の病院風とも違う。扇家は「見せる」家だ。外から見て美しいことに価値を置く。邸宅の外壁にはライトアップの設備があり、夜になると白い光で浮かび上がる。近所の人間は「あれが扇家」と知っている。知られることが扇家のスタイルだ。

 自室。悠馬の部屋は他の華族の子弟のそれとは異なる。壁に地図が貼ってある。日本の華族関係図。五大華族を中心にして、傘下企業、分家、婚姻関係、同盟関係が線で繋がれている。赤い線は協力関係。青い線は競合関係。黄色い線は婚姻。この地図は悠馬が中学一年の時から作り続けているもので、情報が更新されるたびに線が増えていく。

 地図の横に、もう一枚の紙が貼ってある。養成学校の入学者リスト。特別クラスの名前が並んでいる。名前の横に、悠馬が書き込んだメモ。

 橘蓮司—本家次男。剣。父は当主。接触は慎重に。

 澄沙耶—直系。回復。次期当主候補。穏やかだが芯がある。

 皇暁人—傍系。理論派。B判定だが知識は教官級。情報の宝庫。

 甲斐剛志—冑分家。重装。序列を疑わない。扱いやすい。

 清水恭介—澄分家。回復。沙耶の従弟。穏やか。

 鷲尾隼—企業推薦。橘系列。蓮司の側近になる可能性。

 金澤美月—特待。剣道三連覇。橘のスカウト対象。庶民だが実力で入った。

 カイル・真中—合衆国からの留学生。要注意。

 それぞれの人間関係が、三年間でどう動くか。誰と誰が近づき、誰と誰が離れるか。それを予測して、自分の立ち位置を決める。悠馬にとって学校生活とは、そういうゲームだ。

 だが従妹の紗良が言っていたことを思い出す。「悠馬くんは人間を駒として見すぎだよ」。紗良は笑いながら言った。冗談のように。だが目は笑っていなかった。紗良も扇家の人間だ。情報を扱う家の子として育っている。悠馬の考え方を理解した上で、警告していた。

 駒として見る。それが悠馬の防御機制だった。人間を情報として処理すれば、感情に巻き込まれない。傷つかない。裏切られない。

 だが父は「本物の友達を作れ」と言った。それは「駒ではない人間関係を作れ」という意味だ。扇家の人間が最も苦手なことを、父は息子に求めている。

 悠馬はリストを見つめた。この中に、本物の友達になれる人間がいるだろうか。

 わからない。わからないから、学校に行く。

 悠馬はリストをもう一度見た。二十名の名前。この中に、三年後の日本を動かす人間がいる。Sランク探索者になる者。華族の後継者になる者。国防の前線に立つ者。メディアの裏側で糸を引く者。

 そして—リストに載っていない人間が一般クラスにいる。悠馬の情報網はまだそこまで届いていない。特別クラスの人間は事前に情報が入るが、一般クラスの百人は名前以上の情報がない。その中に何が隠れているか。

 扇家は情報を扱う家だ。情報がない場所にこそ価値がある。

 リストを壁から外して引き出しにしまった。壁に地図だけが残った。五大華族の関係図。赤い線と青い線と黄色い線が交差している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ