第八話1
あれから一週間たった。合格発表の日。
その日、陽一はダンジョンに行かなかった。孝三郎も照川商事の仕事を午前で切り上げて帰宅していた。茉莉は朝から落ち着かない様子で、台所と居間を行ったり来たりしていた。
午後二時。ウェブサイトの更新時刻。
居間のテーブルに、家族三人が座っていた。陽菜は自室にいるはずだが、二階の廊下に気配がある。
陽一がスマートフォンで養成学校のサイトを開いた。合格発表のページ。画面を下にスクロールする。一般枠の受験番号一覧。番号順に並んでいる。
孝三郎と茉莉は陽一の手元を見ていなかった。息子の顔を見ていた。
自分の番号を探す。
—あった。
五秒ほど、画面を見つめた。番号を二度確認したが見間違いではない。はぁ、と息をつく。さすがに安心した。
「あった」
一言。陽一はスマートフォンをテーブルの上に置いた。画面を二人に向けて。
茉莉が画面を覗き込み、受験番号を確認し—椅子の背もたれに体を預けた。張り詰めていたものが切れた座り方だった。
「・・・そう」
声が震えている。ダンジョンの変異を生き延びた女が。息子の合格の二文字で、膝から力が抜けている。
「そう・・・受かったの・・・」
エプロンの裾で目元を拭った。
孝三郎は画面を三秒見つめてから、顔を上げた。
「そうか」
それだけだった。だが孝三郎の目の奥に、一瞬だけ—ほんの一瞬だけ何かが光った。安堵とも、感慨ともつかない何か。息子を二年間ダンジョンに送り出し続けた日々の終着点を、今見ている。冒険者にとって探索者というのはエリートの証だ。その入口に自分の息子が足を踏み入れることを許されたのだ。
孝三郎はそれ以上何も言わなかった。立ち上がり、台所の棚から湯呑みを出した。自分で茶を注いでいる。茉莉がいつもやることを、今日は自分でやっている。手が微かに震えていた。茶を注ぐ手が。
陽一はそれを見ていた。
父が震えているのを見たのは、二度目だ。一度目は、中一の二月。裏庭で陽一の実力を確かめた後、「やるなら徹底的にやれ」と言った夜。書斎に戻る父の背中を見た時、握られた拳が震えていた。
茉莉が鼻すすった。エプロンで顔を拭うと立ち上がり、冷蔵庫を開けた。
「今日は—今日は、いいもの作るわ。何がいい?」
「・・・なんでも」
「なんでもじゃだめ。言いなさい」
「じゃあ、肉じゃが」
「肉じゃがね。わかった」
茉莉の声が明るすぎた。無理をしている。だがそれは嬉しさを隠しきれない無理で、陽一にはそれがわかった。
二階に上がると、陽菜の部屋のドアが薄く開いていた。隙間から妹の目がこちらを見ていた。
「・・・聞いてた?」
「別に。聞こえただけ」
「受かった」
「知ってる。お母さんの反応でわかる」
陽菜はドアの隙間から顔だけ出した。無表情を装っているが、目が少し赤い。泣いたのか—いや、違う。嬉しいのだ。嬉しいのを素直に見せたくないだけか。
「・・・おめでと」
小さな声。ドアが閉まった。
陽一は自室に入り、机に座った。
合格した。
二年間の泥の底から、養成学校の入り口にたどり着いた。
だがここはゴールではない。入り口だ。ゲームの記憶が正しければ、ここから本当の戦いが始まる。ゲームの主人公も同じ年に東京校に入学してくる。あの規格外の魔力を持つ少年が、同じ学校にいる。
見城大河。ゲーム『煌華のフローレス』の主人公。一般家庭の出身でありながら、歴代の華族すら凌駕する規格外の魔力を持つほど爆発的な成長を遂げる少年。ゲームでは東京校に一般枠で入学し、仲間を集め、ダンジョンを攻略し、華族の陰謀に立ち向かい、最終的には五大華族の体制そのものを揺るがす—王道の英雄譚の主人公。
大河がシナリオを回す。自分はその影でモブとして生き延びる。




