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第七話5

 面接会場の前を通り過ぎ、階段を降りる。一階の渡り廊下。外に出るための通路。

 後ろから足音がした。

 速い。だが足音は一人分。

 —殺気。

 考えるより先に体が反応して半身になる。

 振り返った瞬間、目の前に拳があった。

 正確には、拳の形をした殺意。顔面に向かって一直線に飛んでくる。速い。ダンジョンの甲鎧鼠より速い。

 体が動いた。

 首を右に傾ける。拳が左頬の横を通過する。風圧で髪が揺れた。同時に、右手が反射的に相手の手首を掴みに行く—

 止めた。

 意志の力で、反撃の初動をピタリと止めた。

 掴みかけた右手を開き、体から力を抜く。

 目の前に、あの教官の顔があった。

 拳を引いた教官が、至近距離で陽一の目を見ていた。

 三秒。長い三秒。

 教官の口元が歪んだ。笑っている。

「・・・当たると思ったか?」

「いいえ」

「嘘つけ。避けた上に反撃しかけただろう」

 教官は一歩下がった。殺気が消える。廊下の空気が元に戻った。

「E判定の魔力ってのは本当だな。魔力は凡人だ。感じる圧がまるでない」

「・・・はい」

「だが体の反応は嘘をつかねえ。今の、普通の受験生なら固まって終わりだ。避けるどころか、反撃の初動まで出た。それも反射。考えてやってない。体に染みついてる。—何回、修羅場を潜った?」

 陽一は答えなかった。

 教官は背を向けた。歩き出す。三歩ほど進んで、振り返らずに言った。

「俺の裁量でお前は通す」

 足音が遠ざかっていく。角を曲がって消えた。

 陽一は廊下に立ったまま、しばらく動けなかった。

 心臓が殴るように脈打っている。面接の時には一度も上がらなかった心拍数が、今になって跳ね上がっていた。手が震えている。アドレナリンの残滓。

 —殴られると思った。

 本気で。あの一瞬、教官の拳は本物の殺意を帯びていた。手加減した「テスト」ではない。「殺す気の一撃を、実戦経験者がどう捌くか」を見るための、本物の攻撃。

 避けられたのは、二年間のダンジョン経験があったからだ。甲鎧鼠の突進を何十回も受けた体が、拳一つに怯えていられない。

 だが、あの教官は甲鎧鼠より速かった。

 陽一は深呼吸した。手の震えが収まるのを待ってから、校舎を出た。


 正門を出ると、駐車場に白いワンボックスカーが停まっていた。

 孝三郎が運転席でスマートフォンを見ていた。陽一の姿を認めると、椅子の位置を戻した。

「終わったか」

「まぁ」

「どうだった」

 陽一は助手席に乗り込んだ。シートベルトを締める。

「・・・たぶん、受かった」

 孝三郎が陽一を見た。

「たぶん?」

「面接官の一人が—廊下で殴りかかってきた」

 孝三郎の手がハンドルの上で止まった。

「殴りかかってきた・・・?」

「避けて、反撃しかけて止めた。そしたら、通すと言われた」

 沈黙。

 孝三郎はゆっくりとエンジンをかけた。車を発進させた。

 しばらく走ってから、低い声で言った。

「・・・お前、その教官に反撃しかけたのか」

「まぁ、反射で」

「止められたなら、いいだろう」

 それから二人とも黙った。車窓の風景が流れる。冬の空が灰色に広がっている。

 陽一は窓の外を見ながら、口の中で呟いた。

 —受かったのか。本当に。

 まだ実感がない。通知書が届くまで、信じていいのかわからない。

 だが教官の最後の言葉。「お前は通す」あれは嘘を言う人間の声ではなかった。

 帰りの車中で、陽一は目を閉じた。

 すぐに眠りに落ちた。ダンジョン帰りと同じだ。緊張が解けた瞬間、体が勝手に休息を選ぶ。

 孝三郎は前を向いたまま運転し続けた。

 助手席で眠る息子の寝息を聞きながら。


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