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第六話3

 十二月。冬休み前の最後の日曜日。

 陽一は一人で裏市にいた。

 一年前は加藤に頼むしかなかった場所。十三歳のガキが一人で入るには危険すぎると判断した場所。今は違う。泥の認識票が首にある。体つきも変わった。裏市をうろつく冒険者たちの中に混じっても、もう浮かない。

 工業地帯の奥。倉庫と倉庫の間の路地に、仮設のテントや露店が並んでいる。タバコの煙、獣臭い魔物素材の匂い、安酒の瓶。ギルド指定外の素材や、正規ルートでは手に入らない消耗品がここでは当たり前のように売買されている。

 通い慣れた顔ぶれが見える。素材の粗解体を請け負う中年の男。自作のポーションを小瓶に詰めて売る老婆。ダンジョンから持ち帰った未鑑定の小物を広げる若い冒険者。誰も陽一に声をかけない。陽一も声をかけない。裏市の人間関係はそういうものだ。顔は覚えるが干渉しない。それが暗黙のルール。

 陽菜のための買い物が、最近の裏市通いの理由の一つになっている。

 妹は両親の英才教育を受けている。母が斥候の技術と魔力操作の基礎を教え、父が体力訓練を見ている。だが陽菜の魔力も結局は照川の血。魔力の質は高くない。

 先月、陽菜の訓練を覗いた時のことを思い出す。母の指導で魔力操作の基礎をやっていた。空中に魔力を維持する練習。陽菜は案の定それに苦戦していた。だが途中で母が手本として使っていた木剣を借りて握った瞬間、木剣を通じて魔力を流す動作だけが不自然に滑らかだった。空中に魔力を留めるのは下手なのに、物を介すると安定する。

 あれは何かの適性だ。

 魔力を「放つ」のではなく「通す」才能。ゲームの記憶の中に、それに関連する技術体系があった。

 物に魔力を通す技術。その言葉で記憶を引っ張ると、確かに何かが引っかかる。特定の街のショップだったか、それともイベント報酬だったか。輪郭だけがぼんやりあって、掴めない。

 正規の店では扱わない領域。裏市に流れ着く古い技術書の中に、何か手がかりがあるかもしれない。

 露店を一つ一つ見て回る。古い装備、怪しい薬瓶、出所不明の魔道具。ゲームの記憶と照合しながら、目当ての品を探す。

 路地の奥に古物商のテントがある。前にも来たことがある場所。帽子を目深に被った老人が、折りたたみ椅子に座って退屈そうにしている。テーブルの上に積まれている書籍は、前回来た時より山が低い。

 一冊ずつ手に取る。冒険者の手記。古い地図帳。初歩的な術式解説—「基礎魔力操作入門」、中身は養成学校の一年生向けの教科書の劣化版。使い物にならない。「浅層探索の心得」、素人向けのマニュアル。「斥候技術概論」—これは少し引っかかった。中を開く。索敵の基礎、気配遮断の訓練法。茉莉が陽菜に教えている内容と重なる。だが探しているものとは違う。

 物に魔力を浸透させる技術。武器に魔力を載せる技術。防具に魔力を定着させる技術。

 そういう体系の教本が、どこかにあるはずなのだ。

 今日も見つからなかった。

 テーブルの山を元に戻し、テントを出る。路地を引き返す。

 諦めの感情はない。ここ数ヶ月で学んだ。裏市の品揃えは流動的だ。先週なかったものが今週はある。今日なかったものが来月には入る。ダンジョンの戦利品が流れ着く場所だから、入荷のタイミングは予測できない。毎週来る。来れば確認する。見つかるまで繰り返す。ダンジョンのレベリングと同じだ。量を積む。それしかない。

 代わりに奥の露店で目に留まったものがあった。

 魔力循環補助の腕輪。革紐に石がはまった安物のアクセサリー。ゲームの記憶に照合する。名前は一致しないが効果は覚えがある。微弱な魔力回路が石の内部に刻まれていて、装着者の魔力循環を補助する。魔力操作の精度をわずかに引き上げる補助具。効果は微々たるもの。だが「感じる」と「操作する」の間にある壁を越えるための、最初の一押しにはなり得る。

 手に取った。石に薄く魔力を流してみる。微かな振動。回路が生きている。粗悪品ではない。

「いくらだ」

 露店の男が顎をしゃくった。

「五千」

 安い。正規の魔道具店なら同等の品が数万はする。裏市価格。出所を問わない代わりに、保証もない。

 二つ買った。陽菜の分と、自分の分。自分の自己再生の精度向上にも使える。

 革袋に入れて腰にぶら下げ、裏市を後にした。

 帰り道。冬の空が鈍い灰色に広がっている。吐く息が白い。ポケットに手を突っ込んで、駅に向かって歩く。

 陽菜のことを考える。

 妹は後衛の魔法使いにはなれないだろう。魔力の質が足りない。一流の魔術師は無理だ。だが魔法が「使えない」わけではない。使える。ただ、それを主武器にはできない。

 ならば—遊撃だ。斥候の技術で動き、状況に応じて魔法を使う。母の斥候技術と、基礎的な魔力操作の併用。凡庸な魔力でも使い方次第で生き残れる。

 陽一自身がそうだ。凡庸な魔力で、使い方だけで戦い抜いてきた。

 だが陽菜には、自分にはないものがある。あの木剣を握った時の滑らかさ。物を介した時だけ魔力が安定する。自分は魔力の操作自体が下手で、身体強化と自己再生を力技で押し通しているだけ。陽菜は違う。雑だが、特定の条件下でだけ妙に精密になる。

 あれを伸ばしてやれば何かになるかもしれない。何になるかはまだわからない。だから探している。

 —来年の四月、陽菜は中学に入る。自分と同じ中学。それまでに、手がかりを見つけたい。


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