初陣 後編
「迂直の計…遠きを以て近きに勝つ」
ーー孫子ーー
遠回りに見える道が、実は最短だ。
正面から当たらず、予測を外し、敵の意表を突く。
…しかし、敵が先に動いた時、計画はその瞬間に死ぬ。
残るのは…判断だけだ。
合図より早く… 中から人が出てきた。
2名。松明を持っていた。
外の様子を確認しに来た、という動きだった。
俺は… 動かなかった。
… 気づいたか。気づいていないか。
… 判断するのが… 早すぎても、遅すぎても、死ぬ。
2名が… 止まった。
鼻をきかせるような仕草をした。
松明を持った右手を… 高く上げた。
光が、俺たちの方を照らした。
目が合った。
「いるぞ…!」
声が上がった。廃坑の中に反響した。
待つか、動くか…
北側の合図は、まだ来ていない。
しかし向こうで音が立った以上、中の全員が気づく。
態勢を整えられたら、出口を塞いでいる意味がない。
「南側… 突入。今すぐ!」
エドが動いた。
俺より速かった。
松明を持った男の腕を後ろから取り、一瞬で地面に伏せさせた。
男が声を上げる前に、終わっていた。
もう1名が後退しようとした。
ラーツが、入口を塞いだ。
行き場を失った男が剣を抜いた。
本物の刃だ。
演習場の木剣とは違う。
ラーツが、正面から受けた。
剣と剣がぶつかる音が響いた。
受けながら、体を入れた。
男の重心が崩れた。
ラーツが足を払った。男が…地面に伏せた。
「北、動け!」
俺は叫んだ。
北側の合図は来ていない。しかし待てない。
南で音が出た。中の者たちは全員、気づいている。
廃坑の中は暗かった。
松明の光が揺れていた。
怒声が聞こえ、武器を取る音がした。
走る音がした。
10数名が、出口に向かって動き始めていた。
俺は南口で待った。
エドが左、ラーツが右、クルトとニコラスが後ろで控えた。
ヴォルフガングが、俺の斜め後ろに立った。
最初の男が飛び出してきた。
エドが迎えた。
剣を打ち合う音が響いた。
一撃…
二撃……
エドが三撃目で相手の剣を真横に弾いた。
男がよろけ、膝をついた。
次の男。また次の男。
出口から溢れるように出てきた。
ラーツが、
2人を同時に相手にしていた。
片方の剣を流して、もう片方の懐に入った。
速い。
しかし、3人目が来た。
4人目も来た。
数が多い。
ラーツが、押される。
「クルト!右!!」
クルトが 動いた。
躊躇がなかった。
3人目の男を正面から受けた。
力で押した。相手が後退した。
「ラーツ、4人目!」
クルトが叫んだ。ラーツが瞬時に動いた。
北側からも音が聞こえてきた。
ヴィクターたちが動き出した音だ。
挟撃になる。
1人の男が俺を狙ってきた。
大柄だった。剣の構えが慣れていた。
俺は後ろに半歩引いた。
相手が踏み込んできた。
剣が俺の肩口を狙った。
俺は、すっと体を回して剣が、肩口を掠めた。
布が切れたが、皮膚には届かなかった。
相手の体が、俺の横に流れた。
そこにヴォルフガングが入った。
男の剣腕を押さえた。
しかし、男が左手で短刀を抜いた。
ヴォルフガングの右腕に刃が入った。
「ヴォルフ!」
ラーツが叫んだ。
ヴォルフガングは、怯まなかった。
右腕を押さえたまま、男を地面に引き倒した。
俺が男の短刀を踏んだ。
男が… 動かなくなった。
廃坑の内側から… 声が消えた。
北側からヴィクターの声が聞こえた。
「……制圧、完了しました」
俺は息を整えた。
廃坑の外に3名が座っていた。
ヴィクターとエリカが、北口で取り押さえた3名だった。
残りは、討伐した。
廃坑の中と外で合わせて18名。
全員、動かなかった。
盗賊団の頭と見られる大柄の男もヴォルフガングが引き倒した男も。
フリッツが一体ずつ確認して、静かに頷いた。
こちらの被害は、ヴォルフガングの右腕の浅い傷だけだった。
俺はヴォルフガングの傍に寄った。
「……動けますか?」
「……動けます。浅い。」
「無理はしなくていい…」
ヴォルフガングが、少し笑った。
「……俺が一番先に斬られると思っていませんでした。」
「俺も思っていませんでした。でも、助かりました。」
ヴォルフガングが… 少し目を瞬いた。
「あなたが入らなければ、俺が斬られていた。」
ラーツが近づいてきた。
「ヴォルフ、大丈夫か?」
「大丈夫だ!」
ラーツが… 安堵した顔をした。
それからラーツは俺の方を見た。
俺の肩口の、布の裂け目を見た。
「……殿下、肩は?」
「掠めただけです、心配ない。」
ラーツが仲間の傷を、一番先に確認する。
討伐の前とは、違う顔だ。
帰り道、フリッツが俺の隣を歩いた。
「……殿下。合図より前に突入を決めた理由は?」
「音が出ていたからです。少しでも早い方が有利でした。」
フリッツが少し間を置いた。
「正しい判断です。但し…」
「北側が準備できていなかったリスクがあった。わかっています?」
「ヴィクターは、準備できていましたか?」
俺は少し考えた。
「……できていたと思いました。南の音を聞いて、自分で判断して動いた。」
「はい。ヴィクターはそういう男です。」
俺が指示を出す前に、ヴィクターは動いていた。
「集」が、少しだけ育っている。
空が暗くなっていた。山道を、10人で歩いた。
ヴォルフガングの右腕をラーツが支えていた。
クルトが、馬鹿話をしながら歩いていた。
エリカが、無言でその隣を歩いていた。
ミア姉様が、後ろから全員の様子を見ていた。
誰も、欠けなかった。
それだけで… 今日は、十分だ。
「勝ちて後に戦いを求め、敗れてから後に勝ちを求めるに非ず」
ーー韓非子ーー
勝てる状況を作ってから戦え、負けてから勝ちを探すな。
最初の戦いで全員生きて帰った者だけが、次の戦いを語れる。




