初陣 前編
「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」
ーー孫子ーー
敵を知り自分を知れば、百戦危うからず。
しかし、初めて実戦に立つ者が最初に知るのは、敵ではなく、自分自身の震えだ。
修行が始まって10日が経った頃、フリッツから告げられた。
「来週、討伐任務に出ます。」
演習場が、静かになった。
「対象は、王都東部の山中に潜伏している、盗賊団です。
規模は20名前後…
周辺の村落を荒らしており、王命による討伐が出ています。」
「……10人で、20名を?」
誰かが、思わず声に出した…。
フリッツが、その声の方を見た。
「2倍の敵を倒すのが修行です。同数では、修行になりません…」
……2倍。
……演習場の模擬戦とは、違う。
……向こうは、本物の刃を持っている。
出発の前夜、俺は1人で地図を広げた。
東部の山中。
盗賊の潜伏地点は、山の中腹にある廃坑だという。
出口は2箇所。
北側と南側。
2箇所の出口を、同時に塞げばいい。
問題は、塞ぐ前に気づかれないこと。
フリッツが、部屋に入ってきた。
「……地図を見ていましたか。」
「はい。」
「どう動くつもりですか?」
俺は答えた。
「北側に6名。南側に4名。北側が多いのは、北の出口の方が道が広く、逃げやすいからです。南側は狭い、4名で足りる。同時に入口を塞いで、中から出てきたところを制圧します。」
フリッツが、少し間を置いた。
「……火は使いますか?」
「使いません。村が近い。」
「……水は?」
「雨が降れば使います。降らなければ、使わない…」
フリッツが、静かに頷いた。
「……殿下の判断に従います。但し、 現場では状況が変わります。その時は、即断で変えて下さい。」
「わかりました。」
当日の朝、10人が集まった。
全員の顔を見た。
緊張している者がいた、マルティンとヴォルフガングだ。
表情を消している者がいた、ヴィクターとエリカだ。
ラーツは、静かだった。
ミア姉様は、いつもと変わらなかった。
エドは、俺を見ていた。
俺は、全員の前に立った。
「作戦を説明します!」
地図を広げた。北側と南側の配置を説明した。
誰が北に入り、誰が南に入るかを決めた。
合図の方法を確認した。
「質問はありますか?」
ラーツが手を上げた。
「……中から出てこない場合は?」
「待ちます。兵糧が尽きるまで…」
「どのくらいかかりますか?」
「情報では、3日分の食料しかない。3日で動きます。」
ニコラスが手を上げた。
「……怪我人が出た場合は?」
「後退してください。無理はしない。1人の怪我が、集全体の穴になります。」
全員が、頷いた。
言葉が、届いている。
10日前の朝とは違う。
まだ「集」ではないが、同じ方向を向いている。
山道に入った。
秋の山は、静かだった。
落ち葉が足音を吸った。
風が冷たかった。
廃坑の手前、百歩のところで、フリッツが手を上げた。
全員が止まった…
フリッツが。俺に目を向けた。
「……見張りが、1名います。予定より1名多い」
予定と違う…
即断で変える…
俺は北側の班を見た。
「ラーツ、見張りを先に処理してください。音を立てずに…」
「……承知しました。」
ラーツが、動いた。
速かった。
見張りが気づく前に、背後から制圧した。
気を失わせた。
縄をかけた。
それを見ていた者たちの表情が、少し変わった。
ラーツの腕を初めて見た。
10人の中に、こういう力がある。
知っていたが、体で見るのは、違う…
「北側班、移動。
南側班、5分後に動いて下さい。」
俺は、南側班と共に動いた。
廃坑の南口が見えた。
暗かった。
中から、声が聞こえた。
笑い声だった。
焚き火の匂いがした。
まだ、気づいていない。
北側の合図を待つ。
風が吹いた。
落ち葉が、音を立てた。
中の声が止まった。
……気づかれた。
合図より早く、中から人が出てきた…
「事に備えて先を慮る者は栄え、事に臨みて後を憂う者は亡ぶ」
ーー韓非子ーー
事が起こる前に備えて先を考える者は栄え、事が起きてから慌てる者は滅びる。
しかし、どれほど備えても、現場は備えを裏切る。
その時に何をするかが、修行の本当の問いだった。




