オスカー兄上への報告
「始めを慎むこと末を慎むが如くすれば、敗るること無し」
ーー孫子ーー
「功は惜しまれてこそ、永く続く」
ーー韓非子ーー
最後まで最初のように慎重であれば、敗れない。
功は惜しまれてこそ、長く続く。
しかし、惜しまれることと、忘れられることは、違う。
オスカー兄上を訪ねたのは、学院に戻った数日後だった。
兄上は相変わらず、絵の具の匂いがした。
扉を開けると、キャンバスが、いくつも立てかけられていた。
兄上が振り返った。
「……ルーク。」
「はい。報告に来ました。」
兄上が、筆を置いた。
椅子を勧めた。
「……聞こうか?」
俺は、順を追って話した。
水計の事…
廃村への侵入の事…
レオン・ファルクという男の事…
「……レオン・ファルク、23歳、下級騎士の三男です。顔と体格が、兄上に似ていた。ただそれだけで、ヴォルフ卿に声をかけられた。王家の為にと言われて、自分の家の為、引き受けた男です。」
兄上が、黙っていた。
「……反王権派に担ぎ上げられてからも、兄上を恨んでいませんでした。「あの方も檻の中にいた。俺と同じだ」と言っていました。」
兄上の手が、動いた。
膝の上で少し、握られた。
「……そうか。」
「はい。」
「……最後は?」
俺は、少し間を置いた。
「刺客に重傷を負い、私は間に合いませんでした…。最後に話してくれました。この国の内側に潜む者たちのことを。最後まで声を振り絞って…」
兄上が、 窓の外を見た。
長い間、何も言わなかった。
外では風が、木の葉を揺らしていた。
「……恨んでいなかった、と…?」
「はい…」
「……俺の代わりに立って最後まで…」
「はい…」
兄上が、また黙った。
俺は、何も言わなかった。
言える言葉が、なかった。
しばらくして、 兄上が立ち上がった。
キャンバスの前に立った。
筆を手に取った。
「……絵を、描かなければならない。」
俺は、兄上の背中を見た。
「……何を描くのですか?」
兄上が、少し間を置いた…
それから静かに言った。
「……名前も知らなかった男の顔を…」
兄上は、レオンの顔を、見たことがない。
しかし描く、それが 兄上の、弔い方だ…
筆が、キャンバスに触れた。
俺は、そっと、扉を閉めた…
外に出ると空が、広かった。
秋の空だった…
雲が、ゆっくりと、流れていた。
レオン・ファルク。
お前の名前は、俺が覚えている。
お前が言いかけた二音も、俺が覚えている。
いつか、その名前に…たどり着く。
学院への道を歩き始めた…
修行が、待っている。
法の整備が、待っている。
この国の深さに届くための 全てが、待っている。
8歳の立法者が動き始めた。
8章まで、お読みいただきありがとうございました。
レオン・ファルクという男を書きながら、何度か手が止まりました。
顔が似ていた、ただそれだけで人生を変えられた男。
王家のために、と言われて誇りを持ちたかっただけの男。
最後まで、名前を言おうとした男。
彼の名前は、ルークが覚えています。
読者の皆さんにも、覚えていてもらえたら嬉しいです。
次章では修行編に入ります。
10人から始まって、1人に還る三年間です。
引き続き宜しくお願いします。
もし楽しんでいただけたなら、ブックマークや評価、感想をいただけると、次を書く力になります。
宜しくお願いします。
ひょっとこ、とことこ




