静かな夜の刃
「備えざるを攻め、意わざるに出ず」
ーー孫子ーー
「禍は小さきを忽せにするより生ず」
ーー韓非子ーー
敵の備えなき所を攻め、意表を突いて出よ。
禍は小さな油断から生まれる。
そして、最も深い穴は、最も信頼した場所に開いている。
軟禁場所に移送してから、三日が経った。
その間、俺は学院に戻っていた。
表向きは何事もなかった。
授業に出た。ヴィクターと話した。派閥の仲間たちと顔を合わせた。
何も、知らせていない。
知る者は、最小限だ。
これで、安全なはずだった。
三日目の深夜。
フリッツから急使が来た。
「殿下。直ちに来てください!」
それだけだった。
俺は外套を羽織った。
走った!!
馬で走った…
夜道だった。雨はすでに上がっていた。
しかし道はまだ、所々ぬかるんでいた。
馬の足が泥を蹴った。
何が起きた?
フリッツが「直ちに来い」と言う時は…
農家が見えた時、外に人が立っていた。
フリッツだった…
俺は馬から飛び降りた!
フリッツの顔を見た…
フリッツの顔が、いつもと違った…
感情を持たない仮面のような顔が、わずかに、緊張していた…
「……何が?」
「刺客が入りました。30分ほど前です。申し訳ありません。不覚でした…」
……刺客。
「レオンは?」
「生きています。ただし、重傷です…」
俺は農家に入った。
廊下に男が二人、倒れていた。
刺客だった。…
どちらも動かなかった。
フリッツが制圧したのだとわかった…
奥の部屋に入った。
レオンが、横たわっていた。
警護の1人が傷の手当てをしていた。
腹と肩、布が赤かった。
一歩、遅かった…
レオンが、目を開けた…
俺を見た。
「……来たか……。」
「……はい。」
「遅い!」
「……すみません。」
レオンが、小さく笑った。
笑うたびに、顔が歪んだ…
「……予想はしていた。」
「……どういうことですか?」
「連中は……、俺が捕まったことを……知っている……。俺が話せば……自分たちが危ない……。だから……口を封じに来た……。当然の話だ……。」
……予想していた。
……それでも、逃げなかった。
「……どこから漏れたのですか?」
フリッツが俺の後ろで静かに言った。
「……それが、 わかりません。知っている者は、最小限のはずでした… しかし、刺客が迷いなく場所を知っていた…。内部から漏れた可能性が高いです…。申し訳ありません。」
内部から…
最小限に絞ったはずの、内部から…
レオンが、少し笑った。
かなり苦しそうに…
「……教えてやろうか?、なぜ漏れたか…」
俺はレオンの隣に膝をついた。
「……聞かせてください!」
「王城に……穴がある……。ヴォルフ卿の周りに……反…王権派の人間……が、入り込んでいる……。ヴォルフ卿本人は…知らない……。あの方は……忠臣だ。本物の……。た…だ……周りを…、見ていなかった……。」
ヴォルフ卿の周辺…
俺が動いた情報は、ヴォルフ卿を経由して漏れた…
ヴォルフ卿本人ではなく、その周りにいる、誰かが…
「……その人間の名前は?」
レオンが、少し息を整えた…
痛みをこらえているのがわかった…
「はぁ……まだある……。話しておかな…ければ……ならないことが……。王権内部…の…、貴族の…名前。商人の…名前…だ……。そして……真の…黒幕…の…存在…。」
真の黒幕…
「……話せますか?」
「話す……、だから……、もう少し……時間をくれ…」
レオンが目を閉じた。
呼吸が、 浅かった…
警護の者が俺を見た。
目が、何かを言っていた…。
もう長くはない…、という目だった。
わかっている…
だから、聞かなければならない。
フリッツが静かに部屋の入り口に立った。
外の警戒に戻った…
俺は、レオンの傍に、座った…
雨上がりの夜に、虫の音だけが聞こえた…
水が引いた後の、静かな夜だった…。




