「殺」と「守」 三日間
「先ず勝てざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ」
ーー孫子ーー
「法は禁じるためにあらず。人を正しく動かすためにある」
ーー韓非子ーー
まず負けない状態を作り、敵が崩れる瞬間を待つ。
法は人を縛るためにあるのではない。
正しく動かすためにある。
翌朝から、フリッツとの1対1の稽古が始まった…
場所は、王城の地下にある小さな稽古場だった。
石造りの壁。明かりは燭台だけ。
外の音が、まったく聞こえなかった。
「今日から三日間、「殺」と「守」の第一段階を学んでもらいます。但し、今日は剣を持ちません。」
「……剣を持たないのですか?」
「はい。第一段階は考え方の問題です。体より先に頭に入れる必要があります。」
フリッツが、椅子を二脚向かい合わせに置いた。
俺たちは座った。
「殿下。1つ聞きます。殺すことと、守ることは、矛盾しますか?」
俺は少し考えた。
「……場合によっては、矛盾しません。誰かを守るために、別の誰かを殺す場面がある…」
「その時、殿下は…迷いますか?」
……学院封鎖戦。
……あの夜、俺は命令を出した。
……迷ったか。
「……迷いました。但し、迷ったまま、決めました。」
フリッツが静かに頷いた。
「それが、第一段階の答えです。」
「……迷ったまま、決めること、ですか?」
「迷わない者は、何かを切り捨てています。迷って動けない者は、誰かを見捨てています。迷いながら、それでも決める者だけが、「殺」と「守」を同時に持てる。」
……迷いながら、それでも決める。
「……「殺」の剣と「守」の剣は、別の技術ですか?」
「技術としては、違います。しかし、 根は同じです。「殺」は相手の動きを読んで最短で制する。「守」は守る者の動きを読んで最速で間に入る。どちらも相手を見ることから始まります。」
二日目は、木刀を持った。
フリッツの動きは、速かった。
しかし、それより静かだった。
無駄な動きが、一切なかった。
「「殺」の構えを見せます。よく見てください」
フリッツが構えた。
特別な構えではなかった。
ただ、重心が低く、どこへでも動ける位置にあった。
「「守」の構えを見せます」
フリッツが少し動いた。
構えは、ほとんど変わらなかった。
しかし、体の向きが、わずかに変わった。
守るべき「誰か」がいる方向へ、わずかに向いていた。
……構えそのものは、ほぼ同じだ。
……違うのは、意識の向きだ。
「……構えはほぼ同じですね。」
「そうです。「殺」は敵に向く。「守」は守る者に向く。体は同じ構え。しかし、何を中心に置くかが、違う」
三日目。
フリッツが言った。「今日は殿下が、私を「守」って下さい。」
「……フリッツを、ですか?」
「はい。私が敵役になります。殿下は、私の後ろにいる、見えない誰かを守って下さい。」
見えない誰かを守る。
……ミア姉様の顔が、頭に浮かんだ。
……エドの顔も。派閥の仲間たちの顔も。
フリッツが動いた。
速かった。
しかし、俺は動いた。
三日間で、体が少し変わっていた。
技術ではない、意識が変わっていた。
守るべき誰かを、頭の中に持って動く。
その違いが、体の反応を変えた。
稽古が終わった時、フリッツが静かに言った。
「……三日で、ここまで入りましたか…」
「……足りていますか?」
「第一段階としては、十分です。本格修行の時に、体にも染み込ませます。しかし、考え方の土台は、もう入っています。」
「フリッツ。1つ聞いていいですか?」
「何なりと…」
「あなたが守るために剣を振った回数は、何回ですか?」
フリッツが、少し止まった。
それから答えた。
「数えていません。数えるものではないと思っています。」
「なぜですか?」
「守った数より、守れなかった数の方が、重いからです…」
「……そうですか。」
フリッツが退出した。
核心、迷いながら、それでも決める者だけが2つを持てる。
構えは同じ。違うのは、意識の向き。
守るべき誰かを、頭の中に持って動く。
学院に戻る。
討伐の後、仲間たちと本格修行へ
三日間で、何かが変わった。
技術ではない。
俺の中に守るべき顔が、増えた。




