王の剣の伝承、再び
「将は国の輔なり。輔、周なれば則ち国必ず強く、輔、隙あれば則ち国必ず弱し」
ーー孫子ーー
「賢者は師を選び、愚者は師を拒む。師なき者は、自らの限界を限界と知らない」
ーー韓非子ーー
将は国の要だ。優れた将を得れば国は強く、隙のある将では国は弱まる。
賢者は師を選ぶ。師なき者は、己の天井を知らない。
翌朝、再び父王の私室に呼ばれた。
「銀の封書を開けろ。」
俺は銀の封蝋を割った。
「偽第2王子の討伐任務を達成次第、王剣騎士団に入り、剣技、諜報、兵法、王道を学べ。休学を命ずる。」
……王剣騎士団。
フリッツから聞いた組織だ…
100年前に設立され、60年前に公式には解散した。
しかし、実際には今も存在している。
「……王剣騎士団で、学べと。」
「そうだ。ただし…」
父王が少し間を置いた。
「この修行は、秘匿とする。他の兄たちにも言うな。」
「……はい。理由を聞かせてもらえますか?」
「修行の内容が外に漏れれば、学ばせる意味が半減する。そして、他の王子対策だ。お前が特別な修行を受けることを知れば、また何かが動く。」
シオン兄上達のことは、父上も把握していた。
シオン兄上に至っては、やはり箝口令だけでは完全には封じられていなかったということだ…
「わかりました。もう一つ、お願いがあります。」
父王が少し目を細めた。
「なんだ言え。」
「修行に俺の派閥の者を連れて行かせてください。」
室内がわずかに静まった。フリッツと侯爵の視線が動いた。
「……何名だ」
「俺を含めた統合前の旧派閥の新四年生10名です。少なくともミア姉様とエドは必ず。」
父王がしばらく俺を見た。
「……理由は?」
「1人で学ぶより、仲間と共に学んだ方が、実戦に近い。学院を出た後、俺が動く時は必ず誰かと動きます。俺だけが強くなっても、意味がない。個の力では集の力に負けます。」
学院封鎖戦で、それを知った。
俺1人では、あの夜は乗り越えられなかった。
父王が、静かに笑った。
「……わかった。その10名のみ許可する。但し、秘匿は全員に徹底させろ。」
「はい。」
問題は、ミアだった。
フリッツが少し困惑した顔をした。
「……殿下。ミア・フォン・ハイルベルク嬢を、修行に連れて行くのですか?」
「はい。」
「……あの方は、令嬢です。王剣騎士団の修行は、かなり厳しい内容になります。」
俺は少し考えた。
「……ミア姉様は、参加すると思います。」
「根拠は…?」
「参加しないとは、言わないからです。あの方は、俺が声をかければ必ずついてきます。」
それが、ミア姉様だ。
むしろ、来るなと言った方が難しい…
侯爵が、額に手を当てた…
「……娘のことですから、私が困惑するのは当然として…」
フリッツが静かに言った。
「侯爵閣下。ミア様がルーク殿下の参謀として動いていることは、既に実績があります。修行に加わることで、殿下との連携が深まるのであれば、理にかなっています」
父王が頷いた。
「ハイルベルク。お前の娘はもう、俺の息子の参謀だ。参謀が修行に加わるのは、まぁ当然のことだろうな。」
侯爵が深くため息をついた…
「……承知しました。ただ…」
侯爵が少し苦い顔をした。
「……妻への言い訳は、誰が考えてくれますか?」
室内が少しの間、静かになった…
父王が肩を揺らした。
フリッツが珍しく、口元をかすかに緩めた。
「……まぁ我々で、考えよう。」
父王と侯爵が── 低く笑い合った。
王城でこういう空気になることが、あるとは思わなかった。
それぞれに父親に、本当に嬉しい困り事なのだろう…
その日の午後、フリッツと二人で話した。
「修行の全体像を教えてください。」
フリッツが静かに答えた。
「王剣騎士団の修行には、5つの段階があります」
フリッツが1度、室内を見渡した。
それから声を少し落とした…
「「生」、「殺」、「守」、「暗」、「王」、この五段階が、王剣騎士団の修行の全てです。」
……五段階。
「……それぞれの意味を聞かせてもらえますか?」
フリッツが少し間を置いた。
「生」は、基礎です。
剣を持つ者としての土台。体の動かし方、呼吸、重心。これなくして先はありません。
「殺」は、敵を制する技術。
最短で相手の動きを止める、命を殺める技術です。
「守」は、王家の者を守る技術。
自分が傷ついても守り抜く技術です。
「暗」は、気配を消し、影として動く技術。
暗殺を意味する技術です。
「王」は…
フリッツが少し止まった。
「「王」は、五段階の最後です。剣の技術ではなく、剣を持つ者としての在り方です。これは、教えて身につくものではない、前の四段階を通じて、自分の中に生まれるものです。」
生、殺、守、暗、王。
技術から始まり、在り方に至る。
「全て身につけるのに、どれくらいかかりますか?」
「人によります。ただし、殿下たちには…」
フリッツが俺を見た。
「本格的な修行は、討伐任務の後になります。ただ1つだけ、明日から始めてもらいます。」
「何ですか?」
「「殺」と「守」の、第一段階だけです。五段階のうち、第一段階は、考え方の土台です。技術ではなく、認識です。これだけは、学院に帰る前に入れておきたい。」
「どれくらいかかりますか?」
フリッツが、少し考えた…
「……殿下であれば、3日ほどで理解できると思います」
……3日。
「わかりました。明日から、お願いします。」
「はい。ただし、これはお1人でです。仲間たちと共に学ぶ本格的な修行は、討伐の後になります。」
「なぜ1人で、ですか?」
フリッツが静かに答えた。
「「殺」と「守」の第一段階は、 自分の中で矛盾するものです。殺す技術と、守る技術は、同じ体の中に共存できないと思う者もいます。しかし実際には、守るために殺す場面がある。その矛盾を、1人で受け入れる時間が必要です。仲間がいるとその矛盾から目を背けやすくなる。」
守るために殺す。
学院封鎖戦で、俺はそれをした。
それが、「技術」として体系化されているとは、思っていなかった。
「……わかりました。」
フリッツが礼をした。
「フリッツ。一つ聞いていいですか?」
「何なりと…」
「あなたは、五段階、全て身につけていますか?」
フリッツが、少し止まった。それから答えた。
「「王」だけは、まだ、わかりません。残りの4つは、体に入っています。」
「「王」は、いつわかるのですか?」
「……それが、わかった時です…」
俺はその言葉を、ノートに書いた。
フリッツ語録
「王」は、わかった時にわかる
フリッツが見ていた。
「……殿下は、全てノートに書かれるのですか?」
「大事なことは…」
フリッツが、無言で、俺のそばに来た。
ノートを、取り上げた。
「……フリッツ?」
フリッツが机の上の燭台を手に取った。
ノートの端を火に近づけた。
ノートが静かに燃えた…
俺は、止めなかった。
止める言葉が、出なかった…
フリッツが振り返った。
その目はいつも通りの、静かな目だった。
「殿下。今後は、何においても漏れることが、最大の悪とお思い下さい。」
俺はしばらく、灰になったノートを見た。
そうだ。
王剣騎士団の五段階…
生・殺・守・暗・王。
修行のメンバー…
秘匿の内容…
全部、書いた。
俺は今、この場で、最大の失態をするところだった…
「……わかりました」
フリッツが一礼し、退出した。
部屋に、灰の匂いが残っていた。
王の剣の伝承が、再び動き始めた。
今度は、俺だけでなく、仲間たちも一緒に受け取る。




