偽りの王子と、本物の夢
「兵者、詭道なり」
ーー孫子ーー
「法は見せ、術は見せず。法は明らかにして、術は胸中に蔵す」
ーー韓非子ーー
戦とは欺きの道だ。
法は公開し、術は胸の内に秘める。
最大の欺きは、時として最大の愛情から生まれる。
謁見の間ではなかった。
父王が俺を通したのは、王城の奥にある小さな私室だった。
そこには父王と、フリッツと、ハイルベルク侯爵だけがいた。
「座れ…」
父王が言った。俺は座った。
「三通の書状を持ってきたか…」
「はい…」
「黒から開けろ。」
俺は黒の封蝋を割った。中に、薄い紙が一枚入っていた。短い文章だった。
「偽りの第二王子を、捜索し、処断せよ」
……偽りの第二王子!
俺は顔を上げた。父王を見た。
「……偽物、とは…。」
「学院封鎖戦で旗印にされた第2王子オスカーは、偽物だ…」
室内が、静かだった。フリッツも侯爵も、何も言わなかった。
「本物の第2王子は…、オスカー兄上はどこに?!」
父王が、少しの間黙った。それから…
「我が、かくまっている…」
……父上が?!
俺はその言葉の意味を、素早く整理した。
反王族反乱は、第2王子の旗印のもとに起きた。
しかしその第2王子は偽物だった。
本物は、父王が隠していた。
「……なぜ隠していたのですか?」
父王が、俺を見た。
その目には珍しいものが浮かんでいた。
柔らかさ、とでも言うべきものが…
「オスカーが── 望んだからだ…」
父王が語った内容は、こうだった…
第2王子オスカーは、王族の暮らしに馴染めなかった。
政治も、後継争いも、王子としての務めも何もかもが合わなかった。
ただ1つ、絵を描くことだけが好きだった。
3年前、オスカーは父王に直接申し出た。
「王子を辞めたい。名前も変えて、画家として生きたい…」と。
父王は……快諾した。
表向きは「病」として処理した。
そして、影武者を立てた。
秘密を知るのは、父王と母上、ハイルベルク侯爵、そして王剣騎士団の残存組織のみ…
影武者自身は、自分が王子の代わりであることを知っていた。
しかし、影武者の周囲にいた者たちは、知らなかった。
……そこに、隙が生まれた。
「……反乱の旗印になった「オスカー」は、影武者だったのですか?」
父王が…静かに頷いた。
「影武者は、本物の王子だと信じている者たちに唆された。おのれも王子になる事を望んだ…。自分の立場を超えて動いてしまった。自分が影武者だと知らない者が、「王子として立ち上がれ」と煽った。そして、先の反乱が起きたのだ。」
……影武者は、自分の場を超える事の意味を知らなかった。
……あるいは、知っていても、止められなかった。
……唆した者たちは、真相を知らないまま、炎を点けた。
「……影武者は今、どこに?」
「居場所はわかっている。北の山間部に潜伏中だ。しかし、表向きは「王子」として動いた男だ。公の軍を動かせば、話が大きくなる。だから、秘匿任務として、お前に討伐を命じた。」
俺は少し考えた。
「……本物のオスカー兄上は、この件を知っていますか?」
父王が、少し表情を変えた。
「知っている。自分の影武者が引き起こした事だ。……複雑な顔をしていた。」
……複雑、か。
……自分が消えた事で生まれた隙が、反乱の火種になった。
……オスカー兄上は、それを知っている。
……知った上で、今も絵を描いている。
「……オスカー兄上に、会えますか?」
父王が、静かに笑った。
「会わせる。任務の前に、な…」




