侯爵の条件なき贈り物
「兵は詭道なり、しかし、真意を持つ者の言葉は、詭道ではない」
ーー孫子ーー
最も難しいのは、相手の言葉が本心かどうかを見極めることだ。
三日目の夕方、ハイルベルク侯爵から使いが来た。
「侯爵様が、殿下にお目にかかりたいと申しております。」
俺は少し考えてから頷いた。
「伺います。」
侯爵の客間は、王城の西棟にあった。
質素だったが、無駄のない室だった。
装飾は最小限…
しかし全ての調度品が、見る者が見れば価値のわかるものだった。
侯爵が立って待っていた。
「遠路おいでいただき、ありがとうございます、殿下…」
「こちらこそ。ミア姉様には大変お世話になっています。それからフリッツにも…今回の件は、侯爵のお力がなければ成り立ちませんでした。」
侯爵が椅子を勧めた。
俺は座った。
「単刀直入に申し上げます…」
侯爵が言った。
「殿下にお渡ししたいものがあります…」
侯爵が机の引き出しから、封書を一通取り出した。
俺の前に置いた。
「これは?」
「ご覧ください…」
俺は封書を手に取った。封蝋には、ハイルベルク家の紋章ではなく、見たことのない紋章が押されていた。
剣が二本交差しており、その上に王冠。
「……この紋章は?」
「王剣騎士団の紋章です…」
俺は顔を上げた。
侯爵の目が、静かに俺を見ていた。
「昨日、書庫でフリッツと会いました。」
「聞いております…」
「フリッツが調べていた巻物も、これと同じ王剣騎士団の記録でした。」
「存じています…」
俺はしばらく侯爵を見た。
「侯爵。これは…条件付きですか?」
侯爵が、少し目元を緩めた。
「条件はございません。ただ、殿下がこれを受け取るかどうかは、殿下が決めることです。受け取ったならば、中身をご覧ください。受け取らないならば、私が引き取ります。
どちらでも、私はそれを問いません…」
……条件なし。
俺はその言葉を疑った。条件がない取引は、存在しない…
しかし、侯爵の目を見た。
計算があった。
しかし、嘘はなかった。
「……受け取ります」
侯爵が頷いた。
「中身は、お部屋でご覧ください。今夜中にお読みになれば十分です。明日の朝、フリッツがご質問をお受けします…」
その夜、部屋で封書を開けた。
中には、薄い紙が数枚入っていた。
一枚目
王剣騎士団の設立から解散までの概略
100年前に王家直属の組織として設立され、60年前に公式には解散。
しかし、「公式には」という言葉が引っかかった。
二枚目
解散後の「残存組織」についての記述
公式記録には残らない形で、一部のメンバーが活動を続けていた。
その目的、「王家の正統な血脈を守護すること」
三枚目
現在の残存メンバーのリスト
名前は仮名だった。
しかし職業の欄に「執事」とあった。
……フリッツ。
四枚目
「現在の王城内における各勢力の動向」
第1の勢力
第1王子アルベルト派、正統な継承を求める保守勢力
第2の勢力
不明、水面下で動いている
第3の勢力
盤上を動かす者を、静かに待っている
盤上を動かす者?
俺はノートを閉じた。蝋燭の炎が、静かに揺れていた。
「……侯爵は、俺を試しているのか。それとも、誘っているのか?」
誰にも聞こえない声で、俺は言った…
答えは、明日フリッツに聞く。




