執事は何処にでもいる
「善く守る者は、九地の下に隠れ」
ーー孫子ーー
守りの上手い者は、地の底深くに身を潜める。
見えなければ、存在しないも同じだ。
翌朝、俺は父王から許可された書庫に向かった。
王城の書庫は、東棟の地下にあった。
回廊を抜けて、石段を降りると、大きな鉄扉が現れた。
侍従に許可証を見せると、鉄扉が開いた。
……広い。
縦に長い空間に、棚が並んでいた。
棚の上に、巻物と冊子が整然と収められていた。
蝋燭の光が、棚の間に揺れていた。
俺はまず全体を歩いて、構造を把握した。
手前は公式の記録。条約、外交文書、税の記録。
奥に行くほど、年代が古くなる。
そして、最も奥に、鍵のかかった別の棚があった。
「……あそこは入れませんか?」
「そちらは別途の許可が必要になります。殿下の許可証では、こちらの棚まででございます…」
「わかりました。では、こちらから始めます。」
最初に探したのは、ハイルベルク侯爵家の記録だった。
表向きの記録には、近衛最高位の職歴と、歴代の功績が記されていた。
しかし、フリッツのような人間の記録は、公式文書には残らない。
次に、反王族運動の記録を探した。
過去百年間で、反王族を名乗る組織がいくつか存在していた。
そのほとんどは鎮圧されている。
鎮圧した記録はあるが、どのように鎮圧されたかは書かれていなかった。
……記録に残さない鎮圧。
俺はその事実を、ノートに書いた。
書庫に来て2時間ほど経った頃、俺は気づいた。
……気配がある。
棚の奥、俺がいる位置から3つほど離れた場所に、誰かがいる。
音はしない。しかし…いる!
俺はゆっくりと棚の間を移動した。
巻物を手に取る素振りをしながら、近づいた。
棚の角を曲がった。
フリッツがいた…。
執事服のまま、棚の前に立っていた。
巻物を一本、手に持っていた。
俺が来るまで、その存在に気づいた人間はおそらく誰もいなかった。
フリッツが俺を見た。驚いた様子はなかった。
「殿下、書庫にいらっしゃるとは存じませんでした…」
「……フリッツ。ここで何をしているのですか?」
フリッツが、持っていた巻物を棚に戻した。
「侯爵様のご用命で、少し調べ物を…」
「王城の書庫に、入る許可が?」
「古い縁がございます…」
俺はフリッツを見た。
この男は、学院に突然現れた時と同じで、何もかも当然のように存在している…
学院に出入りし、王城の書庫に出入りし、暗殺部隊を指揮し、執事服を着て礼をする。
「フリッツ。一つ聞いてもいいですか?」
「何なりと…」
「あなたは、いったい何者ですか?」
フリッツが、俺を見た。
穏やかな目だった。
しかし、その目の奥で、何かが動いた。
「執事でございます、殿下…」
「……それ以上は?」
「今は、それが以上でございます…」
……今は、だ。
「わかりました。では、また今度聞きます。」
「はい。その時は、もう少し詳しくお答えできるかもしれません…」
フリッツが深く礼をした。
そして棚の間を歩いて、奥へ消えた。足音がなかった。
俺はフリッツが持っていた巻物を確認した。
棚に戻された位置を記憶していた。手に取った。
百年前の、ある騎士団の記録だった。
「王剣騎士団」
王家直属の、今は存在しない騎士団の記録だった。
俺はその巻物を、最初から最後まで読んだ。
読み終えて、ノートに一行書いた。
フリッツと王剣騎士団 - 繋がりの可能性 要確認。




