陛下の御前 7歳の王子、褒賞の間に立つ
「将とは、智、信、仁、勇、厳なり」
ーー孫子ーー
将たる者の条件は、知恵、信義、仁慈、勇気、厳格さである。
褒賞の儀は、翌日の午前に行われた。
謁見の間は広かった。
天井が高く、両側に柱が並んでいた。
柱の間に近衛兵が立っていた。金色の甲冑が、室内の光を反射していた。
床には赤い絨毯が敷かれていた。
その絨毯の上を、俺は歩いた。
……長い。
謁見の間の奥に、玉座があった。
父王フリードリヒ三世が、そこに座っていた。
俺は前世の記憶も含めて、父親というものに複雑な感情を持たない。
前世の父は早くに亡くなっていた。
今世の父は、この3年間、会っていなかった。
王族の子として学院に送り出されて以来、文の往来はあったが、顔を見るのは久しぶりだった。
玉座に座る父王を見た…
50代前半。黒髪に白いものが混じり始めている。
体格は普通だが、座り方に無駄がなかった。
目が、静かだった。
シオン兄上の目に似ていた。温度のない静けさ。
しかし決定的に違うものがあった。
父王の目には、温かさが混じっていた。
静けさの奥に、人を見る目があった…
俺は所定の位置まで進んで、礼をした。
「第5王子ルーク・フォン・ヴァルトハウゼン、御前に参上致しました。」
父王が口を開いた。
「面を上げよ」
顔を上げた。
父王と目が合った。
ーーしばし、沈黙の中、見つめ合った。
父王が、わずかに目元を緩めた。
それだけだった。
しかし、その一瞬に何かが込められていた。
侍従が巻物を読み上げた。
学院封鎖戦での功績
先発隊300名の殲滅
反王族軍本隊への火計
学院防衛の成功…
それらが淡々と読み上げられた。
聞きながら、俺は少し奇妙な気持ちになっていた…
実際にやったことだ。
しかし、こうして正式に読み上げられると、どこか遠い話のように聞こえた。
あの夜の広場のことは、こういう言葉では伝わらない。
フリッツの部下が広場に降りていった後の、静寂のことは…
侍従が巻物を閉じた。
父王が立ち上がった。
玉座から降りて、絨毯の上を歩いてきた。
ーー近づいてくる。
俺の前に、父王が立った。
見下ろされた。7歳の俺が、50代の父王に…
父王が、右手を伸ばした。
俺の頭に、手が置かれた。
「よくやった…」
それだけだった。
巻物の読み上げにあった数々の言葉より、ずっと短い言葉だった。
しかし、 俺は、その手の重さを感じた。
56年間、俺は父親に頭を撫でられた記憶がない。
前世の父は早くに亡くなったから。
今世の父とは、ここ3年会っていなかったから。
なんだ、これは……
頭が、少し熱かった。
俺は平静を保った。
保ったつもりだった。
父王が手を離した。
玉座に戻りながら、俺に向かって言った。
「褒賞として、王城内の書庫への自由な立ち入りを許可する。王城の書庫には、表には出ない文書も多い。好きなだけ読め。」
…… 書庫。
金でも領地でも称号でもなく、書庫だ。
父王は、俺が何を欲しがるかを、正確に読んでいた。
「ありがとうございます。謹んで拝領いたします。」
父王が再び目元を緩めた。
今度は、少し長かった。
儀式が終わった。廊下に出た瞬間、トーマスが小声で言った。
「……殿下。頬が少し赤いですが…」
「……寒暖差です。」
「謁見の間は暖かかったですが…」
「……季節の変わり目です。意地悪ですね…」
「……承知しました。」
エドが壁際で腕を組んで、何も言わなかった。
何も言わないのが、一番雄弁だった。




