王城への道 学院では見えなかったもの
「知彼知己、百戦殆うからず。知らざれば、毎戦必ず殆うし」
ーー孫子ーー
敵を知り己を知れば百戦危うからず。知らなければ、戦うたびに危うい。
王城への道は、3日かかった。
馬車の中で俺は窓の外を見ていた。
学院のある街から離れるにつれて、風景が変わっていった。
最初は農地が続いていた。次に小さな町が現れた。
そして道が石畳になり、両脇の木が整然と並び始め、
遠くに城壁が見えてきた。
ーー王都だ。
俺は前世の記憶を持っている。
五十六年間、普通の人間として生きた。
しかしこの国の王都を、俺は前世では知らない。
王城を見るのは、この目では初めてだった。
「……大きいですね。」
ミア姉様が窓の外を見ながら言った。
「はい。」
「ルークは王城に来るのは初めてですか?」
「記憶にある限りでは。ミア姉様は?」
「父様の仕事で何度か。でも、こういう形で来るのは初めてです。」
馬車の中には俺とミア姉様、それからトーマスと護衛のエドがいた。
シオン兄上は別の馬車で先行していた。
城壁の門が近づいてきた。
近衛兵が両脇に立っていた。金色の甲冑が、午後の光を反射していた。
馬車が速度を落とした。
門番が旗を確認して、頷いた。
馬車が城壁をくぐった。
ーー王城に、入った。
城内の道は、外とは別の世界だった。
石畳が綺麗に磨かれていた。
建物が整然と並んでいた。
人が動いていた。貴族、侍従、兵士、使用人。
全員が、それぞれの場所で、それぞれの役割を果たしていた。
しかしそれだけではなかった…
俺は窓の外を見ながら、いくつかのことに気づいた。
まず、視線だ。
俺たちの馬車が通ると、すれ違う人間の視線が向いてくる。
学院でも視線は向いてきた。しかし種類が違う。
学院の視線は「7歳の謀略家」への好奇心や警戒だった。
ここの視線は……品定めだ。
誰がこの馬車に乗っているか?
どの勢力の者か?
何のために来たか?
利用できるか?
そういう計算が、視線の中に透けて見えた…
次に、建物の位置関係だ。
王城の中枢に近い建物ほど、石の色が白く、装飾が細かい。
外縁に行くほど、石が古く、装飾が少ない。
これは権力の地図だった。
誰がどの建物を使っているかで、その人間の王城内での立ち位置がわかる。
そして、 人の動き方だ。
ある一角を通る時、人の流れが微妙に変わった。
特定の建物を避けるように、わずかに遠回りをしている。
意識的ではないかもしれない。
しかし、確かにそこに何かがある。
俺はノートを取り出した。
王城観察
初日
視線の種類
品定め型。学院と異なる
建物の配置
中枢ほど白く細かい、権力の地図として読める
人の流れ
東側の一角に回避傾向あり、要確認
全体印象
学院は子供の盤だった、ここが本番の盤だ
ミア姉様が覗き込んだ。
「もうノートを取っているのですか?」
「習慣です…」
「……ルーク、少し休んでもいいのではないですか…。学院封鎖戦から日が経っていませんよ…」
「疲れていません。」
「……顔色は悪くないですが?」
「本当に大丈夫ですよ。」
ミア姉様が静かにため息をついた。
「……ルークは心配させるのが得意ですね…」
「そんなつもりはないのですが…」
トーマスが口を開いた。
「殿下。1点ご確認ですが、王城では学院とは異なる礼儀作法が求められる場合があります。特に褒賞の儀は、正式な宮廷作法に則って進みます。事前に確認なさいますか?」
「お願いします。トーマス、詳しく教えてください。」
馬車が大きな建物の前で止まった。
俺はノートを閉じて、窓の外を見た。
ーー王城の中枢だ。
石が白かった。
装飾が細かかった。
そして、静かだった。
外の喧騒が、ここには届いていなかった。
静かな場所ほど、その中で何が動いているかが見えにくい。
俺は馬車を降りた。
足が石畳に触れた。冷たかった。
さて、ここから始まる…




