遠征軍帰還 そして、盤上の終わり(前)
「百戦百勝は善の善なる者にあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」
ーー孫子ーー
百戦百勝は最善ではない。戦わずして敵を屈服させることこそが、最善の最善だ。
翌日の夕方、南の街道に土煙が上がった。
物見が叫んだ。
「シオン様の旗! 遠征軍が帰還します!」
学院の正門に、俺たちが立った。
トーマス、ミア姉様、エド、ラウル、クルト、ヴィクター、エリカ…
それから先発隊の降伏した者たちを監視している旧蒼穹会のメンバーたち。
全員が揃っていた。
遠征軍が正門に近づいてきた。
先頭にシオン兄上が馬に乗っていた。
いつも通りの、温度のない表情だった。
しかしシオン兄上は、正門の前で馬を止めた。
正門の上に、反王族軍の旗がまだ掲げられていた。
昨日の夜、物見用に立てておいたものを、まだ外していなかった。
シオン兄上が旗を見た。
それから、正門の前に並ぶ俺たちを見た。
それから、広場の方向を見た。
迷走していた先発隊170名が、武装を解除されて座っていた。
シオン兄上の視線が、俺に向いた。
俺は前に出た。
「報告します。先発隊残存兵力170名を広場に誘導し、武装解除しました。こちらの損害はゼロです。また本隊は昨夜、山麓の野営地で火計にて壊滅的な打撃を受けました。推定で全軍の8割の損失。残存部隊は北西方向へ敗走中です。またアルフレート兄上は敗走した模様です。尚、学院の安全は、確保されています。」
遠征軍の中から、ざわめきが広がった…
誰かが言った。
「……七歳の殿下が、1人でやったのか?」
誰かが言った。
「170名を降伏させて、本隊を火計で……?」
シオン兄上は、しばらく俺を見ていた。
何も言わなかった。
表情も動かなかった。
それから馬を正門の中に進めた。
俺の横を通り過ぎる時、一瞬だけ視線が向いた。
それだけだった。
ラウルが俺の横に来た。
「……お前、本当にやったのか?」
「やった…」
「損害ゼロで残存兵力170名を降伏させて、火計で本隊をほぼ全壊させて……」
「概ね、その通りだ。」
ラウルが少し黙った。
「……お前さ、7歳だよな?
」
「7歳だが?」
「そうだよな。うん。そうだよな…」
クルトが走ってきた。
「ルーク!! 遠征軍が戻ってきたよ! みんな無事!!」
「わかった!」
「すごかったらしいね! 俺、目隠しで弓使ったの初めてだったけど、意外と当たったよ!!」
「頑張ったな!」
「ちょっと、もっと労いこめて褒めてよ… ちょっとルーク?ルークさん?、ねぇ…?」
「………」
オスカー兄上の敗走は、その後の調査で詳細が明らかになった。
野営地が火に包まれた夜、オスカー兄上は天幕の外に出ていた。
兵の巡回を行っていた、という証言がある。
そのため火の直撃を免れた。
残存する部下の一部とともに北西へ逃れ、隣国との境に勢力を持つ反王族の別組織へと身を投じた、という報告が後に届いた。付き従うものは100名にも満たなかったと…
だが、オスカー兄上は、まだ終わっていない。
しかしこの場では、敗走した。
俺はそれをノートに書いた。
オスカー・フォン・ヴァルトハウゼン
第二王子 19歳。
この盤上から、一時退場
しかし、消えたわけではない
── 覚えておく。




