第2王子オスカー──王に憧れた男の肖像(後)
「火は高きより出で、水は低きに就く。是れ自然の勢いなり」
ーー韓非子ーー
火は高いところへ向かい、水は低いところへ流れる。これが自然の勢いである。
しかし人は、その勢いに抗う。その時、全てが歪む。
オスカーが学院を標的にした理由は、3つあった。
1つ目は、学院が王国の次世代人材の供給源であること。
ここを押さえることは、王国の20年後を押さえることに等しい。
二つ目は、アルベルト兄上の本拠地であること。
第4王子シオン・フォン・ヴァルトハウゼン。
父王が密かに信頼を寄せる弟…
アルフレートには、それが見えていた。
シオンを早期に封じることが、父王への最大の打撃になる。
3つ目は…
第5王子の存在だった。
オスカーが最近になって知った情報。
学院に、第5王子がいるということ。
まだ7歳の子供が、派閥闘争で頭角を現しつつあること。
北の討伐で3000の武装集団を投降させたこと。蒼穹会を吸収したこと。
ーー 7歳で、それをやるのか…
アルフレートはその情報を聞いた時、少し笑った。
本当に、少しだけ。
しかしその笑いの後ろに、冷たいものがあった。
ーー放置すれば、危い…
7歳の才能は、20年後に何になるか。
だから学院を、今押さえなければならなかった。
オスカーの軍が動き始めた。
総数、6000超。先発隊300、第一部隊1200、後続本隊含む三部隊約4500。
正規軍ではない。傭兵と、各地の反王族組織から集めた人間たちだ。
装備は正規軍に劣る。しかし統率はとれている。
オスカー自身が、3年かけて鍛えてきた組織だった。
目標は学院の占拠。
遠征軍が続く間に事を起こし、既成事実を作る。
その後、交渉によって父王に条件を飲ませる。
オスカーは血を流すことを望んでいなかった。
あくまで政治的な駆け引きとして学院を使いたかった。
その点においては、理性的だった。
しかし……オスカーが見落としていたものがあった。
学院の中に、7歳の子供がいること。
その子供の周りに、既に組織があること。
その子供が、盤上を読む目を持っていること。
そして……その子供が今、学院の中にいること。
同じ頃、学院の集会室で。
俺はノートを開いていた。
6000を超える大軍が学院に向かっている。
遠征軍の帰還まで、推定4日。
学院内の戦力は俺たち残留組を合わせて、派閥は12名。
正面から当たっても勝てない。
俺は書いた文字を見た。
しかし、逃げるわけにもいかない。
そして、逃げる必要もない
ドアをノックする音。
「ルーク、起きていますか?」
ミア姉様の声だった。
最近は少し丁寧な言葉になっていた。
その変化に、俺はまだ慣れていなかった。
しかし、嫌ではなかった。
「入ってください。」
扉が開いた。
ミア姉様が入ってきた。今日は菓子を持っていなかった。
真剣な顔だった。
「父様から追加の情報が来ました。先発隊の進路が確定しています。2日後の夜、学院の北側に到達する予定だそうです。第一部隊は4日後の夕刻。本隊はその後続くと見られます。シオン兄上の遠征軍の帰還は、最短で5日後です。」
「わかりました。」
「ルーク。どうしますか?」
俺は少し考えた。
「守ります。正面から戦わない。4日で仕掛けを作ります。オスカー兄上が学院を政治的な道具として使おうとしているなら、こちらも盤上で返す。」
ミア姉様が頷いた。
「わかりました。私も一緒に守ります。情報と補給は任せて下さい。」
「頼みます。それから…」
「はい?」
俺は少し間を置いた。
「サレナに、動いてもらいます…。間者を逆手に取ります。相手に偽の情報を渡す、学院の守りは手薄だと…残留組は少数で、統制も乱れていると…」
ミア姉様が目を見開いた。
「……それ、オスカー殿下を引き込む罠ですか?」
「そうです。相手が学院を舐めて入ってくるなら、迎え撃てます。但し、戦力差を考えると相手には血を流してもらいます。学院の皆を守る事が最優先で、策を最大限に…」
ミア姉様がしばらく俺を見た。
それから、静かに笑った。
「……ルークって、本当に7歳なんですか?」
「七歳です。」
「……すごいですね。」
「ミア姉様も大概すごいですよ。」
ミア姉様がぱっと輝いた。
「褒めてくださった! ルークが褒めてくださった!!」
「一回だけです…」
「もう一回!、ミアねえたまも付けて!!」
「断ります…」
扉の外で、トーマスがため息をついた気がした。
俺はノートに最後の一行を書いた。
4日後、学院が、戦場になる。
ペンを置いた。
俺たちは、その前に盤を整える。
これは俺の戦争だ。
窓の外、11月の夜空に星はなかった。
雲が、厚く空を覆っていた。
盤上が、また動く。




