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転生したら第5王子で兵法(孫子)と法家(韓非子)で、無双王を目指す  作者: ひょっとこ、とことこ
九地の下に隠れる者が、火をつける日

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特殊斥候が持ち帰ったもの(後

「明主は群臣の言を聴くに、必ず其の形名を以て責む」

ーー韓非子ーー


賢明な君主は臣下の言葉を聞く時、必ずその言葉と事実が一致しているか確かめる。真実は、語られた言葉の裏にある。


フリッツが、不意に動いた。


音がしなかった。

気づいた時には、老人の体が扉の横の壁に張りついていた。

右手が壁の陰を掴んでいた。


次の瞬間、引きずり出すように男を引き抜いた。


床に人が倒れた。

集会室の壁の陰に潜んでいた男。

隠れていた男が、息をのんで床に叩きつけられていた。


俺とトーマスとミア姉様が、一瞬動けなかった。


フリッツは倒れた男を見下ろしていた。

その表情は、穏やかなままだった。

執事の顔のまま…

しかし目だけが、全く違った。


「……間者でございます。」

フリッツが静かに言った。

「いつからいたか、は存じません。ただ、ここ十分の会話は聞かれていた可能性がございます。」


男が身を起こそうとした。

フリッツの足が、音もなく男の背に乗った。

それだけで男は動けなくなった。


男の右手が動いた。

懐に向かう動きだった…


俺には、その意図がわかった。

「止めろ!!」


俺が声を上げたのと、フリッツが男の右手を掴んだのは、ほぼ同時だった。


男の手から、小さな刃が落ちた。

間者の自決用に使われる、短い刃だった。


フリッツが刃を踏んだ。男の手を固定した。

その動きの一連が、あまりにも静かで、あまりにも速かった。


男が床で力なくなった。

気を失ったのか、諦めたのか…


フリッツがゆっくりと立ち上がった。

着崩れ一つなかった。

執事服の襟を、静かに正した。


「申し訳ございません。室内の確認が不十分でございました。この者は、私が預からせていただきます。」


トーマスが、かすかに声を震わせながら言った。

「……その者を、どうされるおつもりですか?」


フリッツが、トーマスを見た。

その目が、一瞬だけ変わった。

「知らない方が、よろしい事もございます…」


穏やかな声だった。

執事の声だった。

しかしその言葉の奥に、何もない空白があった。

怒りでも、憎しみでも、脅しでもない。

ただの、事実として言われた言葉だった。


トーマスが、それ以上何も言えなかった。


俺も、何も言わなかった。


フリッツが間者の男を、まるで荷物を扱うように静かに抱えた。

それから深々と礼をした。

完璧な執事の礼だった。


「続報は改めて侯爵様よりお届けいたします。本日は以上にございます。失礼致します。」


扉が開いて、閉まった。

廊下に足音はなかった。


いなくなっていた…


集会室に、俺とトーマスとミア姉様の三人が残った。


しばらく、誰も何も言わなかった。


トーマスが、低く言った。

「……殿下。今のは、何者ですか…」


「執事だ。ミア姉様の父上の…」


「……執事。」


「そうだ…」


トーマスがしばらく黙った。

「……そうですか。」


それ以上、トーマスは聞かなかった。

聞かない方がいいと、判断したのだろう。


ミア姉様が静かに言った。

「……ルーク。」


「なんですか?」


「……フリッツ、怖かった?」


俺は少し考えた。

「怖い、とは少し違います。ただ……」


俺はノートを開いた。

「ミア姉様の父上の周りには、俺の知らないものが、まだたくさんありそうです。」


ミア姉様が、少し複雑な顔をした。

それから静かに言った。

「……父様は、ああいう人なの。私も全部は知らない。でも、ルークの味方であることは確かです。それは私が保証します。」


俺は頷いた。

「わかりました。信じます、ミア姉様。」


ミア姉様が、そっと目を伏せた。


「反王族軍の規模と、学院への動きは?」

俺はトーマスに言った。

「フリッツが来る前に届いていた報告書に、何か書いてあったか?」


「はい。封書の後半に記述がありました。王都郊外の廃村に拠点が確認されています。先発隊、およそ300人。これが最初に学院へ向かってくる部隊です。」


「しかしその後ろに、第一部隊と見られる本格的な軍勢が続いています。規模はおよそ1000。先発隊の三倍以上です。」


「更にその後方に本隊の存在が示唆されていますが、規模の確認が取れていません。但し第一部隊の数倍、という見立てが出ています…」


俺は黙って聞いた。

「到達の時間軸は?」


トーマスが続けた。

「先発隊が2日後の夜。第一部隊が4日後の夕刻。

本隊の到達はそれ以降と推定されますが、正確な時間はまだわかりません。」


「シオン兄上の遠征軍の帰還は?」


「最短で5日後。状況によっては6日後になる可能性があります。」


室内が、静まった。


─ 先発隊、2日後の夜。

─ 第一部隊、4日後の夕刻。

─ シオン兄上の帰還、5日から6日後。


つまり、シオン兄上が戻る前に、少なくとも先発隊と第一部隊の両方が来る。


俺は頭の中で計算した。

先発隊300は、奇襲か偵察の性格が強い。

第一部隊1000は、学院を本格的に封じにくる規模だ。

本隊はさらにその数倍。


相手は、本気だ…


ミア姉様がそっと言った。

「……つまり、今が一番危ないわけですね。」


「そうです。ミア姉様」


「シオン兄上への連絡を急いで下さい。」

「今すぐ送ります。」

トーマスが動いた。


俺はノートを開いた。

サレナ間者と確定 泳がせる。


反王族軍の編成

先発隊300、第一部隊1000、本隊は第一部隊の数倍と推定。


到達時間

先発隊、2日後夜。第一部隊、4日後夕刻。本隊はその後。


シオン兄上の帰還

5〜6日後。

つまり、2日以内に先発隊が来る。


黒幕

第2王子アルフレート。十九歳。


フリッツ

ハイルベルク侯爵の執事。

それ以上は、今は書かない…


ペンを置いた。


シオン兄上への連絡は、その夜のうちに送った。

返答は翌朝届いた。短い文だった。


「動くな。情報を集めろ。俺が戻るまで待て」


俺はその文を3度読んだ。


動くな。


それがシオン兄上の判断だ。

正しい。しかし、「学院を最初の標的にしている」という言葉は、まだ頭から離れなかった。


「トーマス。シオン兄上の指示に従います。但し、学院の警戒は上げてください。目立たない形で… 」

「北門と西門を重点的に見ておいてください。サレナの監視も継続です。気づかせないように…」


「承知しました。」


ミア姉様に向いた。

「続報の速度を上げてもらえますか?」


「父様に連絡します。毎日届けてもらえるように頼みます」


「頼みます。それから……」


「はい?」


「……ちゃんと寝てください。ミア姉様。」

ミア姉様が少し驚いた顔をした。

それから、静かに笑った。


「ルークこそ、ね。7歳が夜中まで起きていたらいけませんよ。」


「わかりました。」


「約束ですよ…」


「約束します。」


ミア姉様が部屋を出ていった。

なぜ、アルフレート兄上が…


その問いだけが、夜の中に残っていた。

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