副総長の訓示 そして暴露
アウアーが壇上の前に立った。
「三年生から十年生まで、全員に告げる」
声は低く、よく通った。感情がなかった…
事実だけを、淡々と告げる声だった。
「本学院の三年生以上は、本日より派閥制の下で動く。派閥は王国と連携し、学院の外でも活動を行う。諸君が学院内で積み上げる実績は、王国の実際の力に直結する。この意味を、常に忘れるな」
「派閥内での序列は、実力と貢献によって決まる。年齢は関係しない。三年生であっても、十年生を超える貢献をすれば序列は上がる。逆に、十年生であっても無為に過ごせば序列は下がる。今後は三年生から十年生までの8学年の合わさった序列となる。」
「派閥間の争いは、この学院の規則の範囲内で認められる。ただし、王国の秩序を乱す行為は許可しない。違反した者は、派閥ごと解散処分とする。」
アウアーが一度、間を置いた。
「諸君は今日から、学生であると同時に、王国の一部だ。その自覚を持って動け」
会場が、重い静寂に包まれた。
訓示の終わりが近づいていた。
アウアーが、手元の書類に目を落とした。
一枚の紙を取り出した。
「最後に、一件の開示事項がある…」
会場が、また静まった。
先ほどのミア様の件で、「開示事項」という言葉に全員が反応するようになっていた。
「本年度の新入三年生の中に、王命により御身分を伏せておられた方が、もう一名いらっしゃる。本日をもって、御身分を開示申し上げる。」
「ルーク・レギナルド様は、偽名でございます。」
静寂が来た。
ミア様の時とは違う静寂だった。
ルーク・レギナルドは、玄狼衆が金貨6600枚で落札した六位だ。
「シオン殿下が直接入札された学生である」
その学生の素性が偽名だったという事実が、全員の頭の中で処理され始めた。
アウアーが続けた。
「御本名、ルーク・フォン・エドヴァルト殿下」
「第5王子殿下にあらせられます…」
会場が、割れた。
どよめきとも、悲鳴とも、歓声とも違う叫び…
四年生以上のブロックから声が上がった。
「第5王子殿下が…」
「エドヴァルト家の…」
「もう何でもありだな…」
「なぜここに」
「王族サプライズが2人…」
声が重なった。収拾がつかなかった。
壇上の三年生は、大混乱だった。
ラウルが、振り向いた。
俺の顔を正面から見た。
口が動いていたが声にならなかった。
それから今度は、ミア様の方を見た…
また口が動いた。声にならなかった…
二人を交互に見比べて、足元がふらついた…
真っすぐ立っているのが、やっとの様だった。
クルトが、初めて笑顔を失った…
あの天然の笑顔が、完全に固まっていた。
口を開けたまま、俺を見ていた。
閉じ方を忘れたような顔だった。
他の同級生たちも、似たようなものだった。
誰かが壇上で膝に手をついていた。
誰かが隣の同級生の腕を掴んでいた。
声を出しているのに、何を言っているのか本人もわかっていない顔だった。
壇上全体が、嵐の中の船のように揺れていた。
ヴィクターが、目を細めた。
何か言いたげである。
しかし次の瞬間、ミア様の方を見た。
そしてわずかに、眉が動いた。
王子殿下については読めていた。
しかし、ミア様については、完全に読めていなかった。
そのわずかな眉の動きに出ていた。
エドが…
驚いていた。
少なくとも、そう見えた。
目が見開かれていた。
他の同級生と同じように、俺を見ていた。
しかし。
俺は前世含め56年生きている。
人の「驚いている顔」と「驚いているように見せている顔」の違いを、俺は知っていた。
エドの驚きには…どこかに、余白があった。
感情の隙間に、何かが収まっていた。
それが何なのか、今の俺には判断できなかった。
しかし、他の同級生とは、確かに違った。
俺が視線をミア様の方へ動かした、その瞬間だった。
ミア様が、こちらを見ていた。
笑顔だった。
いつもの天然の、満開の笑顔だった…
会場全体が混乱している中、壇上の端で一人だけ笑っていた。
違う意味で恐ろしさを感じる。
そして、小さく手を振った。
大きくフリフリと…
子供が親に手を振るような、無邪気な振り方で。
目が合った。
その目が言っていた。
とうとうお互いに、バレちゃったね〜と、言わんばかり…
俺は、思わず目を細めた。
この状況で、この女は笑顔で手を振っている。
先ほどあの恐ろしい目を見ていなければ、俺も騙されていたかもしれなかった。
150名以上の視線が、俺一点に集中していた。
俺は動かなかった。
表情を変えなかった。
壇上で、7歳の体を真っすぐに立てたまま、会場を見た。
シオン兄上の姿を会場の奥に探した。
見つからなかった。
シオン兄上は、もうここにいなかった…
全て終わったから、去ったのだ。
俺は、会場全体を一度だけ見渡した。
150名以上の目が、俺に向いていた。
驚きの目、計算する目、警戒する目、再評価する目…
俺は静かに仲間に言った。
「ルークで構わない。今日からまた宜しく。」
誰も、すぐには答えなかった。
沈黙の中に、何かが積み上がっていた。
今日一日で、この場の全員が知った…
序列最下位が、近衛最高位の司令長官の御令嬢だった。
序列六位が、第5王子殿下だった。
一位から九位まで全員が玄狼衆に落ちた。
そしてその全てを、第4王子シオン殿下は操り、多分盤上のコマの様に演出していたのであろう。
盤上に、今日、全ての駒が置かれた。
つまりこれが…
始まりだと。




