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転生したら第5王子で兵法(孫子)と法家(韓非子)で、無双王を目指す  作者: ひょっとこ、とことこ
3年生 学内派閥闘争編

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序列二十位 ─ 第四王子の帰還

「序列二十位、ミア・フォン・ローレンツ」


アウアーが告げた。


沈黙があった。


三派閥の代表が、手元の資料を見た。

ミア・フォン・ローレンツ。序列最下位。

二年間、常に下位。

どの派閥も、動かなかった。


入札がなかった。


10秒…

20秒…

30秒…


ミアは中央に立ったまま、動かなかった。

俯いていた。

顔が見えなかった。

しかし、その肩が、かすかに揺れていた。


アウアーが間を置いてから、口を開いた。

「序列二十位への入札を、改めて求む」


また、沈黙が来た。


三派閥は動かなかった。

会場のあちこちで視線が交わった。

誰も入札しない。最下位は、誰にも必要とされない。

その空気が、固まりかけた。


その瞬間、シオン兄上が立ち上がった。


書類を置いた。

ゆっくりと、ホールの中央へ歩いた。

ミアの横に立った。二歩の距離だった。


アウアーを見た。

アウアーが一歩、無言で引いた…

副総長が、学生の前で一歩引いた。


「入札する」


ホール全体を貫いた。


「……いくらで」

蒼穹会の代表が、思わず声を出した。


シオン兄上が答えた。


「10,000」


会場が、割れた。


「10,000?」「10,000だと?」「最下位に…?」

声が重なった。収拾がつかなかった。


どの派閥も、手を挙げなかった。

挙げられるはずがなかった。


ミア・フォン・ローレンツは、玄狼衆に落ちた。


アウアーが告げた。「落札確定。ミア・フォン・ローレンツ、玄狼衆へ」


その瞬間、シオン兄上が、跪いた。


会場が静まった。完全な静寂だった。


シオン兄上は、ミアを見なかった。


「ミア・フォン・ローレンツ、本名、ミア・フォン・ハイルベルク様、我が派閥にようこそ…」


王妃陛下の姉君、ハイルベルク侯爵夫人のご息女だ。母方より、王家に連なる血筋を持つ。


会場がまた揺れた。しかしシオン兄上は続けた。


「父君はリヒャルト・フォン・ハイルベルク侯爵。先の西方大戦における最高司令長官。現在、王宮近衛隊の最高位を務められる。このご息女は、近衛最高位の後継候補として王宮に認定されておられる」


静寂が来た。

今度は、誰も声を出さなかった。


近衛隊の最高位。先の大戦の最高司令長官。その娘。

王妃の姉の子。王家の血筋。


ミアが、ゆっくりと顔を上げた。


会場の誰もが、それを見ていた。

最下位の天然美少女が、素性を暴かれた瞬間に、どんな顔をするか…


誰もが、様々な予想していた。


全員が、外れた。


顔が上がった瞬間、目が、変わっていた。


廊下で誰にでも「おはようございます!」と笑いかけた目ではなかった。

馬に振り落とされても笑顔で馬の鼻先を撫でた目ではなかった。

二年間、最下位で明るく愛嬌を振り撒いてきた、あの目ではなかった。


そこにあったのは…

冷たく、静かで、深く、底のない目だった。


感情がなかった。

感情を捨てたのではない、感情という概念を、そもそも必要としていない目だった。


ミアは、ゆっくりと会場を見渡した。


その目が、150名以上の上を、一度だけ動いた。


哀れみだった。


哀れみ以外の何もなかった。

この場の全員を、遥か高みから見下ろす目だった。

塵を見る目…

価値を測るまでもない、矮小な何かを確認する目。

二年間、笑顔を向け続けた相手たちを今初めて、正しい距離と高さから見ている目だった。


口角が、かすかに動いた。

笑顔ではなかった。

笑みでもなかった。

それは、あらゆる感情の外にある表情だった。


その目が、先ほど失笑を漏らしていた上級生の上で、一瞬だけ止まった。


上級生が、息を飲んだ。


理由がわからなかった。

ただ、目が合った瞬間に、何かが逆転した感覚があった。

足元が消えた感覚。地面の高低が、一瞬にして入れ替わった感覚。

見下されていたはずの者が、今、雲の上から自分を見ている。


その目が、蔑む目線を送っていた者たちの上を順番に通過した。

声を出せなくなる者。視線を逸らす者。椅子の上で微かに身を縮める者。

一人として、その目と正面から向き合える者がいなかった。


二年間、最下位に留まり続けた。

二年間、全員に愛想を振り撒いた。

二年間、誰にも真剣に相手にされなかった。


全て…

演技だった…


天然だと思っていた。

底抜けに明るい性格だと思っていた。

何も気にしない人間だと思っていた。


しかしそれは全て、完璧に計算された仮面だった。

2年間、一度も綻びなかった仮面だった。

この場の誰一人として、それを見抜けなかった。


悍ましい…


俺は心の中で、その一言だけを思った。

前世を含めた56年の経験で、俺はこの種の目を知っていた。

感情を完全に仮面の内側に封じ込める者だけが持つ、あの目だ。

シオン兄上の目に近かった…

しかしシオン兄上の目が「何もない空洞」であるのに対し、

ミアの目には、確かに何かが満ちていた。

怒りでも悲しみでもない。

しいて言うなら、格だった。

自分より下の者を認識したとき、人間の目に宿る、あの格だった。


その視線が、会場全体を一周した。


そして、止まった。


次の瞬間。


ミアが、ぱっと表情を変えた。


「え、あの、片膝……!? そんな、やだ、びっくりした……!!」


いつもの声だった。

いつもの顔だった。

目が真ん丸になっていた。頬が赤かった。

両手を口に当てて、玄狼衆のブロックを見ていた。


玄狼衆の全員が、片膝をついていた。

ラウル、クルト、ヴィクター、エド──全員が、ミアに向かって片膝をついていた。

それは学院の中で使われる最高の礼式だった。

王族か、それに準じる血筋に対してのみ、使われる姿勢だった。


ミアは、その光景を見て、また目を丸くした。

「え、え、えっと……あの……どうしよう……」

右を見て、左を見て、また玄狼衆を見た。

数秒、完全に固まっていた。


それからようやく、ふわっと、笑顔になった。


「……皆さんを、騙していました。申し訳ありませんでし…」


声は柔らかかった。

いつもの、天然の、明るい声だった。


しかし、言葉の最後の一音が消えた、その瞬間だけ。

さっきの目が、一瞬だけ戻った。

刃の切っ先ほどの細さで、ほんの一瞬だけ、あの目が顔を出した。

謝罪の言葉と、謝罪していない目が、一秒にも満たない時間、共存した。


次の瞬間には、また天然の笑顔に戻っていた。

「よろしくお願いします!」と、周囲に向かって頭を下げていた。


会場が、完全に沈黙していた。

百五十名以上が、ミアを見ていた。

どんな顔をしていいか、誰もわからなかった。


俺は、その横顔をじっと見ていた。


…恐ろしい人間だ。


前世含め56年で、俺はいくつかの化け物を見てきた。

しかしこれほど完璧に人間の仮面を被り続けられる者は、見たことがなかった。

シオン兄上が、10,000という値をつけた理由が、今はっきりとわかった。

あの目を、2年間のうちに見抜いていたのだ。

この場の誰一人が気づけなかった中で、ただ一人だけ。


この学院に、また一人、底の見えない人間が現れた。

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