序列十位から十九位 残骸の競り
しばらくの沈黙の後、アウアーが告げた。
「続ける」
誰も反応しなかった。
しかしアウアーは構わず、次の名前を読んだ。
「序列十位、ゾフィー・ランゲ」
蒼穹会が「500枚」を出した。
紅炎団「700枚」
蒼穹会「900枚」
紅炎団「1000枚」。
蒼穹会が引いた。
紅炎団が落とした。
競りと呼べる代物ではなかった。
声が小さかった。
値が低かった。
顔に覇気がなかった。
玄狼衆が去った後のホールは、抜け殻のようだった…
「序列十一位、ハンス・ミュラー」
「800枚」落札、白鷺閥。
「序列十二位、リーザ・フォーゲル」
「500枚」他は動かず落札、紅炎団。
「序列十三位、ダニエル・ノイマン」
「1000枚」落札、白鷺閥。
「序列十四位、アンナ・シュミット」
紅炎団「300枚」、他は動かなかった。
「序列十五位、オットー・ライン」
蒼穹会「300枚」
「序列十六位、マリア・クレーン」
「200枚」、競りにならなかった。落札、白鷺閥。
「序列十七位、ペーター・ホフマン」
「200枚」落札、紅炎団。
「序列十八位、ルーカス・ヴァイス」
「120枚」他の動きなく蒼穹会。
残骸だった…
玄狼衆が総力で刈り取った後に残された、残骸の競りだった。
値段が低い。
声が小さい。
動きが鈍い。
三派閥の代表たちの目が、どこか虚ろだった。
頭の中はまだ…
29900枚の残響で満ちていた。
「序列十九位、クラウス・ローゼ」
紅炎団が「150枚」を出した。
蒼穹会が「200枚」を出した。
その瞬間だった。
ホールの後方扉が、音もなく開いた。
誰も、気づかなかった。
扉の音がなかった。
足音もなかった。
気づいたときには…
後方に、人が立っていた。
シオン兄上だった。
側近二名を従えて、扉の前に立っていた。
いつ入ってきたのか、誰にもわからなかった。
十九位の競りの最中に、音もなく戻ってきていた。
まるで、この瞬間を外で測っていたかのように。
会場が、凍った…
蒼穹会の代表が口を引き結んだ。
紅炎団の代表がシオン兄上の方を見た。
白鷺閥の代表が、音もなく姿勢を正した。
シオン兄上は会場を見なかった。
前だけを向いて、ゆっくりと中央前列の席へ歩いた。
書類を取り出した。開いた。それだけだった。
説明なし。
言葉なし。
視線すらなし。
会場の空気が、一瞬で変質した。
先ほどまでの虚ろな消化試合の空気が、煙のように消えた。
シオン兄上がただ座っているだけで、この場の重力が変わった。
白鷺閥の代表が、隣に押し殺した声で言った。
「……何の為に、戻ってきたのか」
隣は何も答えなかった。
アウアーが短く咳払いをした。
「十九位の入札を続ける。現在、蒼穹会の二百が最高額」
誰も、追わなかった。
三派閥の代表全員の視線が、十九位ではなくシオン兄上に向いていた。
「異議なし。落札、蒼穹会、200枚」
19人が決まった。
落札された者たちが、各派閥のブロックへ移動した。
しかし誰もが、シオン兄上を横目で気にしながら動いていた。
足が、重かった…
中央に残ったのは最後の一人だった。
序列二十位。最下位。
名前は、まだ読まれていない。
一人の女子生徒が、ホールの中央に立っていた。
名前はミア・フォン・ローレンツ。
入学時は序列十九位。俺の一つ上だった。
しかしこの2年間のうちは、ほぼ最下位へと沈んでいった。
成績は低かった。実技も常に下位だった。
しかし、この学院で彼女だけが持っていたものがあった。
愛想だった。
廊下で誰とすれ違っても、笑顔で挨拶した。
上級生にも、教官にも、掃除をしている使用人にも、関係なかった。
「おはようございます!」
「お疲れ様でした!」
「今日もいい天気ですね!」
その声は、どこにいても届いた。
試験で最下位を取っても、翌日には笑顔で訓練場に現れた。
剣術の稽古で転んでも、起き上がりながら師範に「ありがとうございました!」と言った。
馬に振り落とされて泥だらけになっても、笑いながら馬の鼻先を撫でた。
それは天然なのか、持ち前のものなのか…
演じている様子が一切なかった。
ただ、そういう人間として生きていた。
加えて、美しかった。
それは客観的な事実だった。
序列最下位で、全方位に笑顔を振り撒く美しい女子生徒。
学院の中で、最も不思議な存在だった。
しかしそれが、彼女の立場をより奇妙にした。
愛想がいいのに、誰も彼女を評価しなかった。
笑顔を返す者はいた。しかし真剣に向き合う者はいなかった。
「天然の最下位」という括りが、いつの間にか定着していた。
十位が決まった頃から、中央の残り人数は減っていた。
数が減るたびに、ミアはより孤立していった。
周囲の同級生が次々と派閥のブロックへ移動するたびに、ミアだけが中央に立ち続けた。
どの派閥も、資料を見た代表たちは、序列と成績を見て判断を下した…
対象外…
会場のあちこちから、小声が漏れていた。
「二年間ずっと最下位だったな」
「入札があるわけないか」
失笑が混じっていた。
蔑む目線があった。
陰口を耳に感じながら、ミアはそれでも笑っていた。
中央に一人で立ちながら、会場の視線を受けながら、小さく笑っていた。
緊張しているのかもしれなかった。
怖いのかもしれなかった。
しかしその顔は、ずっと笑顔だった。
誰かと目が合うたびに、小さく会釈した。
蔑む目線に対しても、同じように。
それが残りかすのオークションだった。
価値を認められなかった者の末席。
最後に名前が読まれる、という位置。
しかし本人だけが、場の空気を知らないように笑っていた。
あるいは知っていて、それでも笑っていたのかもしれなかった。
俺は、ずっとミアを見ていた。
その名前を、俺は知っていた。
しかし、彼女は俺と同様の、秘匿中の秘匿だった。
それを、今まで誰にも言わなかった…
シオン兄上が、ここに戻ってきた理由が…
今、はっきりとわかった。




