大会という名の罠 賢き者① 集まる頭脳
夜明け前から、会場の灯りが点いている。
ハルトが動いている。机の配置、採点官の座る位置、出入り口の管理、補給の確認…。
一つ一つを黙々と進めている。声を出さない。指示を出す時だけ短く言う。部下たちが動く。無駄がない。過不足がない。椅子の向きまで揃えている。採点官の机の上に置く紙の角度まで統一している。
ハルトが仕切る場所は、いつもこうだ…。
何も言わなくても整う。
何も言わなくても整然としている。
ハルトが設営を仕切りながら、静かに言う。
「レーン様、一つ伺ってもよろしいですか?」
「どうぞ…」とレーンが言う。
「フリッツ様が、殿下の任務に対してあのように動かれるのを…、今回、初めて拝見しました」
「そうですね…」とレーンが言う。
「フリッツ様が、誰かの為に自ら率先して動かれるのを、私はこれまで王以外に見たことがありませんでした。どちらかというと、フリッツ様は命令で動かれる方です。しかし、今回は…、違いました」
「見たことがないのは当然です」とレーンが言う。「これまでそういう方が、いらっしゃらなかっただけのことです…」
「殿下は…、どういうお方なのでしょうか?」
「我々が、判断する立場にはありません」とレーンが言う。
「ただ…、本日の試験を設計された方です。それだけで、十分ではないですか…」
ハルトが「はい…」と言う。
それ以上は、何も言わなかった…
2人とも、もうわかっている。言葉にする必要がない。フリッツが動く。それが全てだ。
外が白み始めた頃、人が集まり始める。
金貨100枚という報酬の話は、あっという間に広まっている。
来た者の顔ぶれが面白い。
白髪の学者、若い商人、浪人風の武人、農民の格好をした者、遠くから来たと思われる旅装の者。商人の格好をしているが手に剣ダコがある者もいる。学者の格好をしているが目が鋭すぎる者もいる。旅装の者が複数いるが、その動き方がそれぞれ違う。本当に旅をしてきた者の疲れ方と、装った者の立ち方は…、微妙に違う。
そして、 他国の匂いがする者も混じっている。
当然だ。金貨100枚という話が8国に広まれば、各国が人を送ってくる。報酬目当ての者もいれば、王国の内情を探りに来た者もいる。どちらでも構わない。来てくれた方がいい。
「レーン様、何人来ましたか?」とハルトが言う。
「217名です。そのうち他国と思われる者が11名」とレーンが言う。淡々と。数えていた様子もないが、正確だ。
「予想より多いですね…」
「金貨の力です…」とレーンが言う。「人は金貨の為なら、どこからでも来ます。そしてどこからか来た人間は、何かしら来た情報を持っています」
「一石二鳥ということですね…」とハルトが言う。
「それ以上ですね…」とレーンが言う。
「殿下はそこまで計算しておられます…」
ハルトが名簿を確認している。整然としている。217名分の名前と出身地が並んでいる。しかし、その半分以上が、多分、偽名だとレーンは思っている。
それでいい…。
本当のことを書く者の方が珍しい、偽名を書く人間の癖を見る方が、本名を知るより面白い情報が手に入ることもある。名前より、字の癖が正直だ。筆圧が正直だ。どこで止めて、どこで走らせるか…
そういうものが人を語る。
全員を前にして、レーンが立つ。
静かな声だ。
しかし、会場の隅まで届く声で、余分な力が入っていない。それでいて、全員が黙って聞いている。人を動かすのに怒鳴る必要はないと、体で知っている。
「予選の方式をご説明します。試験は盤上にて行います。制限時間は各問30分。採点は5名の採点官が各10点満点で行います。5問終了時点で200点に達しない場合、その時点で試験終了となります。200点を超えた方は、休憩なしで残り5問に進みます」
会場がざわめく。
「次に、王都での決勝問題を先にお伝えします」
ざわめきが止まる。
「王国を滅ぼす方法を示せ…、内政から」
静まり返る。
「王国を滅ぼす方法を示せ…、軍事から」
しばらく誰も何も言わない。
会場の空気が変わっている。最初に来た時の「金貨目当て」の緩んだ空気ではない。何かを測っている空気だ。
全員が、この問題の意味を考えている…。
この問題を出す側の意図を考えている…。
この問題に答える自分を考えている…。
「こんな問題を出すのか?」と誰かが呟く。
「逆に考えれば、俺たちが思う王国の弱点を全部教えてくれということだ…」と別の誰かが言う、少し笑いながら。
レーンがその声の方向を一瞬だけ見る、それだけだ。表情は変わらない。しかし頭の中では、その男の顔と声と位置と、笑い方の種類を刻んでいる。
あの笑いは…、余裕の笑いではない。何かを見抜いた者の笑いだ。
「続けます!」とレーンが言う。
「予選通過者には金貨100枚を進呈します。決勝に臨む者には更に100枚。但し。今この場で辞退する場合、金貨1枚を差し上げます。辞退後は、他の参加者と接触しない様、お願いします。接触が確認された場合、金貨はお返しいただきます」
会場が…、また静まる。全員が考えている。金貨100枚の魅力と、この問題の重さを天秤にかけている。王国を滅ぼす方法を示せという問いに答えることの意味を、それぞれの立場で考えている。
最初の一人が立ち上がったのは、しばらく沈黙が続いた後のことだ。
「私は、辞退します」
それを機に、次々と立ち上がる者が出る。
10人、20人、30人…。
静かに、しかし確実に人が減っていく…
金貨1枚を受け取って、出口へ向かう。
ほっとした顔、悔しそうな顔、何かを考えている顔、無表情の顔…
レーンは、全員の顔を見ている、見ながら、分類している。
本当に難しいと判断して辞退した者。
問題の内容が都合の悪い者。
何かを恐れている者。
そして、様子を見るために辞退する者。
辞退しながら、残った者の顔を確認している者もいる。
その目の動きまで、レーンは記録している。
最終的に、残ったのは94名だ。
ハルトが辞退者に金貨1枚ずつを渡しながら、静かに誘導する。手際がいい…。
一人一人に、短く声をかけながら、別の部屋へ案内する。誰も文句を言わない。ハルトの動きにはそういう力がある、有無を言わせない丁寧さだ。威圧しているわけではない。ただ、自然に従いたくなる動き方をしている…
レーンがその様子を見ながら、小声でハルトに言う。「辞退者の顔を全員覚えておいて下さい」
「すでに、記録しております」とハルトが言う。
「辞退した者には、理由が二種類あります。問題が難しいと判断した者。そして、問題が都合の悪い者…。決勝に行くつもりであっても、ここで引くしかない…」
「後者は、他国の関係者ということでしょうか…」とハルトが言う。
「あるいは、内通者…」とレーンが言う。
「どちらにせよ、辞退した者の動きは追う必要があります。特に、辞退後に他の参加者と接触しようとする者がいれば、すぐに教えて下さい。辞退者同士が接触する場合も、記録して拘束の準備を…」
「すでに部下に指示を出しております」とハルトが言う。
「辞退者の出口から先は、4名が追っております」
「さすがです」とレーンが言う。
辞退者が去った後、会場が静かになる。
残った94名の顔が、先程とまた違う。辞退者が去ったことで、残った者同士が互いを確認し始めている。どんな者が残っているのかを測っている。
それぞれが 自分以外の94名を見ている。
レーンがその様子を見渡す…
「ハルト…」とレーンが言う。
「はい」
「この試験を設計された方が誰かわかりますか?」
「殿下でございます」とハルトが言う。
「そうです。12歳の王子が、この状況を、これを設計された…」とレーンが言う。
「予選で参加者を絞る。決勝で王国の弱点を語らせる。辞退者で他国の動きを炙り出す。金貨で人を集め、問題で人を選ぶ。一つの試験で、同時にいくつもの目的を達成しておられる。しかも、この問題の設計自体が、参加者の思考の深さを測るようになっている…」
「どういうことでしょうか?」とハルトが言う。
「この問題を見て、ただの挑発だと思う者は辞退します。問題の裏を読んだ者だけが残ります。残った94名、全員、何かを持っている者です。その中から選りすぐりの4名を選ぶ。それが殿下の設計です…優秀なら大手を振って人数も増やすでしょうし、王都の決勝の前に引き抜くとお考えだ…」
ハルトが静かに言う。「フリッツ様が率先して従われたり、お側に置かれる理由が…、わかる気が致します…」
「我々では計り知れない何かをお持ちなのだと感じます。」とレーンが言う。「わかります。我々はフリッツ様の下で長年動いてまいりました。フリッツ様が何を見て、何に動かれるかは…、誰よりも知っているつもりです。そのフリッツ様が動かれる。それが答えです。我々がここにいる理由も、同じことです」
ハルトが「…はい」と言う。
静かに、しかし確かに頷く。
レーンが94名の前に立つ。
静かに、しかし迷いなく言う…
「では、これから戦争を始めます…」




