大会という名の罠 強き者④ 罠
予選最終日の朝。
俺はエリカとヴィクターを呼ぶ。ラウルはまだ朝飯を食っている。
「今日、観客に紛れている斥候を炙り出します」と俺が言う。
「どうやって?」とエリカが言う。
「ラウルに動いてもらいます」
2人が顔を見合わせる。
「…、ラウルにですか?」とヴィクターが言う。
「そうです。あの人の天然は、どんな訓練された斥候にも通用します。昨日証明されました」
「確かに…」とエリカが言う。
「あの大声での指摘、本当に効きましたね」
「ただし…」と俺が言う。
「ラウルには本当のことを教えないでください。知っていると顔に出ます。天然でないと意味がないですから…」
「なるほど。ラウルは知らない方が強い、ということですね…」
「そういうことです…」
「なんかラウルが可哀想になってきました…」
「大事な仕事をしてもらっています」と俺が言う。
ラウルを呼ぶ。
「ラウル、今日もお願いがあります…」
「なに!? また囮!?」とラウルが言う。なぜか乗り気だ。朝飯を食いながら目が輝いている。
「そうです。今日は観客席を歩き回ってください。気になる人がいたら話しかけてみてください。昨日みたいに…」
「わかった!! 任せて!!」
「一つだけ約束してください。相手が変な反応をしたら、俺に教えてください。それだけでいいです…」
「それだけ!? 簡単じゃん!! 俺に向いてる仕事だわこれ!!」
ラウルが意気揚々と観客席へ向かっていく。
エリカが「本当にこれでいいんですか?」と言う。
「大丈夫です。ラウルは嘘がつけません。だからこそ相手も警戒しない。笑顔で近づいてくる無害な男にしか見えない…」
「ラウルが変な反応をした人間を教えてきたら、そっちはあなたたちが動いてください。観客は王国の領内にいる一般人です。参加者は大会の規則で保護されていますが、観客にその規則は適用されません。消えても誰も文句は言えない。ただし拘束する前に情報を確認してください。何を調べに来たか、誰の指示か、奥にどんな陰謀があるか。全部吐かせてから動いてください」
ヴィクターとエリカが静かに頷く。
ラウルが観客席を歩き回り始める。高台から見ていると、本当に自然に動いている。
最初に話しかけたのは、壁際に立って会場全体を眺めていた男だ。
「よ!! どこから来たの!? 楽しい?」
男が一瞬だけ固まる。笑顔を作るのがわずかに遅れる。
「…、西の方から」と言う。
「西!? どの辺?」
「…、少し山を越えたあたりで」
「山越え!? 大変だったね!! 何の種目見たくて来たの?」
「強き者を…」
「俺も見てるよ!! どの選手が気になってる?」
男の目が素早く会場全体をスキャンする。試合ではなく、兵の配置を見ている目だ。
「まだわからない…」
「そっか!! 一緒に見ようよ!!」
ラウルが隣に座る。男が愛想笑いをしている。
俺は高台から見ている。あの男は斥候だ。しかしラウルが隣にいる間は動けない。
エリカが俺の横に来る。「確保しますか?」と小声で言う。
「もう少し待ってください。ラウルが次に動くまで…」
しばらくして、ラウルが別の場所へ移動する。今度は受付近くに立っていた男に話しかける。
「よ!! どこから来たの? 名前は!?」
「カルロだ。東から来た」と男が言う。
「東!? 何日かかったの?」
「えっ? 3日ほど…」
「誰が出てるの?見たい選手いる?」
「いや、特には…」
「え、じゃあなんで来たの!?」
「…気になったから」と男が言う。
「そっか!! 俺もそんな感じ!!」とラウルが言う。屈託なく笑っている。
男の目が会場の兵の数を数えている。
エリカが「2人目ですね」と小声で言う。
「そうです」と俺が言う。「ラウルが話しかけた人が…、全員引っかかっています」
「才能ですか、これ」とエリカが言う。
「天然です」と俺が言う。
ラウルが3人目に話しかけた頃、エリカが静かに動き始める。
1人目の男の後ろに、自然な足取りで近づく。
「少しよろしいですか?」と笑顔で言う。
「王国の者です…」
男が「何でしょう?」と言う。笑顔を保っているが目が笑っていない。
「こちらへどうぞ…」とエリカが言う。穏やかに、逃げ場のない方向へ自然に誘導しながら。
「少し急いでいまして…」と男が言う。
「すぐ終わりますので…」とエリカが言う。笑顔のまま。「さぁ、こちらへ…」
その瞬間、男の退路にヴィクターが立っている。いつの間に回り込んだのか。
男の顔が変わる。
「お、王国の…」
「大丈夫です」とエリカが言う。「多分、痛いことはしません。話を聞かせてもらうだけです…、多分…」
静かに、しかし確実に、男が消える。
2人目も同じだ。観客席の人混みの中で、誰にも気づかれずに消えていく。
その間もラウルは次々と話しかけ続けている。
「よ!! どこから来たの!? 強そうだけど出場しないの!?」
4人目の男が「…、出場資格がなかった」と言う。
「えー!! もったいない!! 絶対強いのに!!」
男が少し表情を崩す。しかし目だけが笑っていない。会場の出入り口を確認している目だ。
エリカが戻ってくる。「殿下、ラウルが話しかけた人、今日で4人全員怪しいんですが…」と小声で言う。
「そうですね…」と俺が言う。
「これは才能では?」
「天然ですね…」と俺が言う。
「しかし結果的に最高の斥候探しになっていますね…」
「ラウルに教えたら喜びますか?」
「教えないでください…」と俺が言う。「知った瞬間に天然じゃなくなりますので…」
夜、ヴィクターが報告に来る。
「4名を確保しました。うち2名はイーレン公国、1名はユニティ連合、1名はラングリア連合国と思われます。イーレン公国の2名からは、王国の兵数と会場の規模、参加者の国籍を調べていたことが確認されました。ユニティ連合の1名は…、イーレン公国の動きを監視していた可能性があります。ラングリア連合国の1名は…、今も話を聞いています…」
「面白い…」と俺が言う。
「同盟を結んでいるのに、互いに監視し合っている。その情報は貴重です。奥の陰謀まで吐かせてください。急がなくていいですからね…」
「わかりました」
その会話を、ラウルが聞いている。
「…、確保って何?」と言う。
「さっきの人たち、拘束しました」と俺が言う。
「え…、あの俺が話しかけた人たち?」
「そうです」
「こ、拘束された人たちはどうなるの?」とラウルが言う。
俺が少し考える。
「そうですね。我らが師匠にお任せします。私たちの知るところではありませんね…」
ラウルの顔が変わる。
「…、師匠って…、フリッツさん?」
「さぁ、誰でしょう」と俺が言う。
ラウルが黙る。顔がどんどん青くなっていく。
「俺さ…」とラウルが言う。声が低い。「フリッツさんの修行、覚えてる。あの地獄。笑顔のまま限界の3倍やらされて、倒れたら水かけられて、また笑顔で「続けましょう」って言われるやつ。今でも夢に見るんだけど…」
「詳しいですね…」と俺が言う。
「詳しくなりたくなかった情報!! あの人に渡すの!? 笑顔で人を壊せる人じゃん!! 修行であれだけやられたんだから、本気でやったらどうなるか…、考えたくない!!」
「ラウル…、仕事をしたんです。立派な仕事でしたよ…」と俺が言う。
「立派って言葉が全然慰めにならない!! 俺、人を地獄に送ったじゃん!!」
エリカが「ラウル、あなたがしたことは正しいことです。彼らは敵国の斥候です。このまま放置すれば王国の情報が漏れていました」と言う。
「…、そうか。それはわかった」とラウルが言う。少し落ち着く。「でもさ…、フリッツさんの修行の地獄を知ってる俺としては…、あの人たちが少し気の毒で…」
「それでいいと思います。気にしないでください…」と俺が言う。
「え?」
「楽しかった気持ちも、複雑な気持ちも…、両方本物です。戦いとはそういうものです」
ラウルが「…、殿下、たまにいいこと言うよね」と言う。
「たまに、とは失礼な」
「でも普段は怖いこと言ってるから」
「褒めてますか?」
「褒めてない!!」
俺は少し笑う。大会という名の罠が…
確かに機能している…




