大会という名の罠 強き者②
名無しの男の試合は、朝一番に組まれている。
会場が静かだ。昨日のあの空気を、周囲も覚えている。その男が広場に入ってくる、ただそれだけで、周りがまた間隔を空ける。
「また避けてる…」とラウルが言う。
「昨日より間隔が広くなっていますね」とエリカが言う。
「なんで?」
「一晩で噂が広まったんでしょう…」とルークが言う。「あの目を見た者が…、他の出場者に話をしたんです…」
「どんな噂?」
「口を揃えて皆、怖いと…変な伝わり方で伝染したんです」
ラウルが「俺が話しかけたりした話も広まってたりしない?」と言う。
「違う意味で、広まってると思います…」とエリカが言う。
「え!?」
「バカ勇者扱いされてるみたいよ…」
「勇者!! 悪くない!!」
「だから、頭にバカがついてるんですよって…、聞いてませんね…」
試合が始まる。
相手は昨日一撃で対戦相手たちを吹き飛ばした大柄な男だ。自信満々の顔で広場に入ってきている…
名無しの男は動かない。ただ立っている。
大柄な男が「かかってこいよ!!」と叫ぶ。
しかし、名無しの男は動かない。
「…あれ? 動かないの?」とラウルが言う。
「待っているんです。」とルークが言う。
「何を?」
「相手が先に、じれて動くのを…」
大柄な男が「くそ、このっ!!」と突っ込んだ。
名無しの男が…、一歩だけ横に動く。大柄な男の突進が空を切る。その瞬間、名無しの男の手が相手の首元を掴む。そのまま地面に叩きつける…
ドサッ。
終わりだ。相手は叫ぶことすら出来なかった様だ…
広場が…、一瞬、静まり返る。それから一気に沸く。
「……え?」とラウルが言う。「今何が起きた?」
「相手の重心を読んで、流して、制しました…」とルークが言う。「全く自信の力を使っていません、あくまで反動…」
「え?使ってないの!?」
「はい、ほとんど…」
「……怖っ、あんなめり込んでるのに…」
エリカが「勇者ラウル、昨日あの人に話しかけたんですよね?」と言う。
「うん、まぁ…」
「よく何もされずに…、今、生きてましたね…」
「え!? 死ぬようなこと!?」
「冗談です…、多分…」とエリカが言う。
「冗談に聞こえない言い方した!!」
試合が続く。名無しの男は……、勝ち続ける。毎回同じだ、待って、一歩動いて、制する。その繰り返し、ほとんど力を使わない。ただ、相手の動きを完全に読んでいる。
「あの人、本気出してる?」とラウルが聞く。
「出していませんね…」とルークが言う。
「本気出したらどうなるの?」
「わかりません」とルークが言う。「しかし…、見てみたいですね!」
「見てみたい、って言える殿下が怖いわ!」とラウルが言う。
昼過ぎ、各会場から報告が上がってくる。
「北東会場…、ラングリア連合国側から来た蛮族の血を持つ強者が、予選を次々突破しています。3名が本大会候補です」
「東会場…、イーレン公国の斥候と思われる者が1名、予選を突破しました。本大会に向かわせますか?」
「はい、向かわせてください…」とルークが言う。
「斥候を本大会に?」とヴィクターが言う。
「えぇ。王国の中央に来てもらいます…」
「……、何を考えているんですか?」
「向こうに王国を存分に見せます」とルークが言う。「見れば見るほど…、こちらが有利になります」
「どういうことですか?」とヴィクターが言う。
「王国の力を見て怖くなる者は…、動けなくなります。王国の力を見て欲しくなる者は…、こちらに来ます。どちらに転んでも、王国の利です」
ラウルが「……本当に怖いわこの人」と言う。
「褒めてますか?」
「褒めてないっす!!」
夕方。名無しの男が予選を全て突破する。
ルークが男のところへ歩いていく。エリカが「殿下、気をつけてください」と言う。
「大丈夫ですよ」
男の前に立つ、男がルークを見る。昨日と同じ目で、生きていない目だ…。しかし…、何かを見ている目ではあった。
「強かったですね…」とルークが言う。
男が何も言わない。
「予選突破おめでとうございます。是非、本大会に来てくださいね…」
「……なぜ」と男が言う。
初めて言葉を発したが、声は低い…、言葉に感情がない。
「あなたに…、頼みたいことがあります」
「何を…?」
「そうですね…、うちの兵を鍛えてほしいのです、死なない為に…」
男が黙ってルークを見ている。長い沈黙だ…
「…お前は、強い兵が作りたいのか…」
「生き残る兵が作りたいのです…」
「あなたは強いだけではない。生き残る方法を知っている。気持ちと持っている術は違う様ですが、それが欲しいのです…」
男が……また黙る。
遠くでラウルが、「なんか話せてるよ!!」と叫んでいる…。
「静かにしてください」とエリカが嫌な顔をしながら言っている。
男がルークから目を逸らす。空を見る。
「……考えてはみる」と言う。
「ありがとうございます」とルークが言う。
男が歩いていく。ルークはその背中を見ている。
あの目は…、何かを失った目だ。しかし今、ほんの少しだけだが、何かが動いたように見えた…。




