大会という名の罠 計画
ランドとガルの背中が遠くなっていく。副官6名と子供たちを連れて、王都への道を歩いていく。ガルが振り返って大きく手を振っている。ランドは振り返らない。しかしその背中が、少しだけ笑っているように見える。
あの山での3日間は濃い。野盗80人を追い払い、150人を火計で仕留め、ランドとガルという2人の人材を得ている。子供たちも含めれば8人の即戦力だ。しかしまだ足りない。残り62名。その数字が頭の中にある。
「次に会えるのが楽しみです」とエリカが言う。
「えぇ」とルークが言う。馬上で前を向く。「しかし今は急ぎましょう。残り62名です」
「ランドさんたちのような人材が、あと何人いるんでしょうか」とヴィクターが言う。
「必ずいます。ただし山を一つ一つ探していては間に合わない」
学院への帰路。山道が続く。馬の蹄の音だけが響いている。木々の間から冬の光が差し込んでいる。
「次はどこへ向かいますか?」とヴィクターが聞く。
「学院に戻ります」
「その後は?」
「向こうから来させます」
「向こうから?」とエリカが聞く。
「大会を開きます。予選を7箇所で」
ヴィクターとエリカが顔を見合わせる。
「大会とは」
「王国の国境近くの7箇所で、予選を同時に開きます。6種目です。強き者を求む、賢き者を求む、馬術に秀でる者を求む、金を稼ぐ術を持つ者を求む、新たな技術や考えを持つ者を求む、そして情報を持っている者を求む」
「……6種目を7箇所で同時に」とヴィクターが言う。「整理させてください。強き者は武将候補、賢き者は軍師や参謀候補、馬術は騎馬隊の指揮官候補、金を稼ぐ術は商人や財政人材、技術や考えは農地改革や兵器開発の人材、情報は……諜報ですか?」
「そうです。ただし情報を持っている者を求むというのは、諜報員だけが目的ではありません。野に伏している有能な人材の居場所を知っている者も来ます。ランドとガルのような人間がどこにいるかを知っている者が、必ず現れます」
「なるほど」とエリカが言う。「情報の種目が一番深いですね」
「えぇ。そして予選突破者には賞金を出します。本大会は旅費・宿泊費・滞在費を全額王国持ちで、王国中央で開きます。金の心配なく来られる環境を作れば、遠くからでも人が動きます」
「……ビラはどこに撒くつもりですか?」
「8国全土です」とルークが言う。「休戦中だから不可侵。しかしビラを撒くことは誰にも止められません。国境を越えて情報が流れれば、他国の野に伏している人間も動き始めます」
また馬の蹄の音だけになる。しばらく誰も何も言わない。2人がそれぞれ頭の中で整理している気配がある。
「……金がかかりますね」とヴィクターがようやく言う。「7箇所の会場整備、宿場の買い占め、賞金、本大会の旅費と宿泊費。相当な額です」
「かかります。だから父上への進言書をこれから書きます。金を使うことへの躊躇を、最初から潰しておく必要があります」
「どう説明しますか?」
「生き金になると書きます」とルークが言う。「ただ人材を集めるだけではない。大会を開くことで王国が力をつけているという印象を周辺国に与えられます。来た者から9国の動きを直接聞けます。農地改革や兵器開発の新しい知恵を持つ者も集まります。使った金の何倍も、長期的には返ってきます。それを一つ一つ数字で示せば、側近たちも動かざるを得ません」
「しかし」とエリカが言う。「予選を国境近くでやる本当の狙いは何ですか? 人材発掘だけではないですよね?」
「2つあります。他国の情報を得ること、そして他国の野に伏している有能な者を直接引き抜くことです。国境近くなら他国の人間も来やすい。そういう人間ほど、情報を持っている者を求むという条件に引き寄せられます」
「……つまり大会自体が、人材を炙り出す網ということですか」とヴィクターが言う。
「そうです」
「一石何鳥ですか」
「数えていません」とルークが言う。
学院に着くなり、ルークは部屋に向かう。机に向かい、書き始める。父王への進言書。大会の趣旨、6種目の意図、7箇所の場所の選定理由、必要な資金の見積もり、期待できる効果の一覧。全部書く。側近たちが躊躇しそうな部分には、先に反論を書いておく。金の問題、安全の問題、他国への印象の問題。全部想定して、全部潰しておく。書き終えてすぐ早馬を出す。
次にビラの文案を書く。8国全土に撒くビラだ。簡潔に、しかし引きつけるように書く。
強き者を求む。賢き者を求む。馬術に秀でる者を求む。金を稼ぐ術を持つ者を求む。新たな技術や考えを持つ者を求む。情報を持っている者を求む。予選突破者には賞金あり。本大会は旅費・宿泊費・滞在費、全額王国負担。
エリカがビラの文案を読みながら言う。「……本当に色々な人間が来そうですね。強者、商人、技術者、情報屋。これだけ条件が広ければ、どこかに引っかかる人間が必ず出てきます」
「来てもらわないと困ります」とルークが言う。「ただし、来るのは純粋な参加者だけではありません」
「どういうことですか?」
「殿下」とヴィクターが言う。声のトーンが変わっていた。「敵国の斥候も混じってくるはずですが」
「わかっています」とルークが言う。「むしろ来てほしい」
「来てほしい?」
「考えてみてください。優秀な斥候は、必ず王国の動きを探りに来ます。大会という場なら自然に紛れ込めますし、各国が送ってくるはずです。そういう人間ほど優秀です。王国の力を見せつけて牽制するもよし、逆に引き抜いて味方にするもよし、陰ながら拘束して情報を絞るもよし。大会は人材を集める場所です。敵の斥候が来れば来るほど、こちらが得る情報が増えます。誰が来ても、無駄にはなりません」
ヴィクターとエリカが黙る。
「……殿下」とエリカが言う。「悪い顔してますよ」
「よく言われます」
「前からそういう顔、しましたっけ?」とエリカが言う。
「さぁ」とルークが言う。「俺にはわかりません」
「ヴィクター、前からこんな顔してましたか?」とエリカが聞く。
「……北伐の前は、もう少し可愛い顔をしていたと思います」とヴィクターが言う。
「可愛い、とは失礼な」とルークが言う。
「褒めています」とヴィクターが言う。「今は怖い顔です」
「怖い?」
「笑っているのに怖い顔です」とエリカが言う。「それが一番怖い」
「そうですか」とルークが言う。少し笑う。
「笑わないでください」とエリカが言う。「余計怖いです」
「……ヴィクター」とルークが言う。
「はい」
「お前もそう思うか?」
ヴィクターが少し間を置く。「……はい。正直に言うと」
「そうか」とルークが言う。「まぁいい」
「よくないですよ!!」とエリカが言う。
韓非子曰く、「明聡独断」。賢明に情勢を見通し、独断で決す。それが君主の道なり。
情勢を見通すとは、目の前の一手だけを見ることではない。その一手が生む次の動き、さらにその次を読むことだ。大会は人材を集める場ではない。情報を集める場であり、敵を炙り出す場であり、王国の力を示す場でもある。一つの手で、いくつもの意味を持たせる。それが独断の重さだ。
ルークはまだ、その重さの全てを理解しているとは言えない。しかし早馬が出る。ビラが刷られ始める。動き出した以上、止まらない。
次に動くのは……、 向こう側だ。




