海の王との交渉
キングマリン海洋連合の港は…
想像以上に賑やかだ。
船が並んでいる。大きいものから小さいものまで、色とりどりの旗が立っている。潮の匂いに混じり、魚の匂いがする。どこかで怒鳴り声がすると思えば、どこかで笑い声がする…
俺は、少し立ち止まる。
王都とは全然違う空気だ。ここには王都にない何かがある。自由、とでも言うのか。海で生きている人間の、独特の空気である。
「殿下…」とヴィクターが言う。「大変目立っています…」
「あぁ、わかっているとも…」と俺が言う。
「これでいい、必要なものが向こうから来るからな…」
目立つために来ている。こそこそ来る必要たどはない。俺がここに来たこと自体を……キングマリンに見せる必要があるのだ。
港の人間たちが、俺を見ている。12歳の少年が、供を2人だけ連れてやってきたのだ。ましてや、地元の者の服装ではない。皆、何者だという顔をしている。
それでいい…
キングマリン海洋連合の代表…
海賊王と呼ばれる男が、俺を待っている。
大きい。日に焼けている。腕には大きな傷がある。目が鋭い…。9国会議で見た顔とは少し違う。あの時は様子見の目、今は…、明らかに値踏みをしている目だ…
「よく来たな、王子さんよ!」と言う。「しっかし、12歳のお子様が1人で海賊の巣に乗り込むとは、なかなか度胸があるじゃないか!俺の客人でなければ誘拐されて今頃は、海の上だぞ!」
「1人ではありません…」と俺が言う。「共としてヴィクターとエリカの2人がいます。結構腕はたちますよ。」
「2人か?」と海賊王が言う。「まぁいい…、しかしあんたは相変わらず変わらんな…9国会議の時と同じだなぁ。まあいい、座れや!」
向かい合って座る。
海の音が聞こえる。
波の音…
船が揺れる音…
遠くで誰かが笑い合ってる声…
「単刀直入に聞くぞ…」と、先程の顔とは違う顔で海賊王が言う。
「で?、ここに何しに来た?」
「壊血病の解決策を持ってきました」と俺が言う。
海賊王の目が……変わる。
笑顔が消える…
目が鋭くなる…
しかし、すぐに笑顔を戻す。しかし、その目にはもう笑顔ではない何かが混じっている。
「……続けろ」
俺が荷物から……2つのものを取り出す。
レモンとオレンジだ。
「……それは?」と海賊王が言う。
「知っていますか?」と俺が言う。
「まぁ、果物だろう?」と海賊王が言う。
しかし、その目が…、レモンとオレンジから離れない。
「壊血病の原因は……、長期航海で新鮮な果物や野菜が食べられなくなることです。」と俺が言う。「この2つを船乗りに定期的に与え続ければ…、病を防げます。長期航海中でも、食べ続けることができれば、船乗りは倒れません」
「……本当か?」と海賊王が言う。
「本当です!」と俺が言う。「しかし……それより先に、お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「国王殿の妹御……最近、体の具合が優れないと聞きましたが?」
海賊王の顔が……
完全に変わる……
笑顔が消え、目が鋭くなる。その目が、ヴィクターとエリカを一瞬見て、また俺に戻る…
「……それをどこで聞いた?」
「俺の仕事は情報を集めることです…」と俺が言う。「それは壊血病の初期症状ではないですか。疲れやすくなった…。体に青あざができやすくなった…。本人が体が重いとか、気力が湧かないとか聞きませんか?」
海賊王が……黙っている。
否定しない。
「このレモンとオレンジを……今日から毎日、妹御に食べさせてください」と俺が言う。「1週間で変わります。2週間でさらに変わります。これは約束します。」
「……そんな事で本当に治るのか?確かに医者からも、症状自体はそれを聞いている。が、果物で治るとは聞いていない。信じる根拠は?」と海賊王が言う、低い声で…
「いや、果物如きで人は死にません。ましてやこちらは罠に嵌める気もありませんよ。だから、信じなくていいです」と俺が言う。
「まず試してみてください。果物如きで、妹御の体が良くなるのか、確かめてください。証拠は体が出してくれます…」
海賊王が……しばらく黙っている。
窓の外で……波の音がする。船が揺れる音がする。
「……わかった」と海賊王が言う。
2週間後、海賊王の下に再度呼ばれた。
「話を聞こう…」と言ってきた。妹さんはよくなったのだろう…
「では、長期航海で船乗りが倒れる。食料が尽きる。その2つを解決できます」と俺が言う。「王国から塩、柑橘類、穀物を供給します。塩で食料を長期保存できる。柑橘類が壊血病を防ぎます。穀物があれば……どこまでも海に出られます」
「で、代わりに何が欲しい?」と海賊王が言う。
「海産物と海上輸送です」と俺が言う。「キングマリンが持つ海の力を……王国と共有してほしい。そしてもう一つ」
「なんだ」
「キングマリンに…、王国の海上自治区になってもらいます」
海賊王が「…自治区?」と繰り返す。静かに。
「独立は保障します…」と俺が言う。「今まで通り海で生きていい…。キングマリンの文化も、習慣も、変えない。ただし…、王国の一部として動いてもらう。海の上はキングマリン、陸の後ろ盾は王国。そういう関係です」
「つまり……俺たちを買収しに来たということか?」と海賊王が言う。
「取り方はどうあれ…、そうなります」と俺が言う。
海賊王が…
笑う、豪快に…
腹の底から笑う。
「正直なやつだなぁ…」と言う。「9国会議でも思ったが、お前は正直だな。気に入った。しかし…、まぁ条件次第だな」
「もちろんです」と俺が言う。
「条件を言え」
「利益より1割税金、9割そちらの取り分です」と俺が言う。
海賊王が……止まる。
「……もう一回言え?」
「利益のうち1割税金、9割そちらの取り分です」と俺が繰り返す。「キングマリンが稼いだ利益の1割だけを王国に納める。残りの9割は全部キングマリンのものです」
「……正気か?」と海賊王が言う。
「正気です」と俺が言う。「しかし……海上輸送の独占権は王国が持ちます。キングマリンを通さない海上貿易は認めない。他国の船が勝手に動くことはできなくなります。海はキングマリンが管理する。それが条件です」
「つまり他国は海路を使えなくなるって事だな、キングマリンと王国が海を牛耳るか…」
「そうです」と俺が言う。「他国が海路を使いたければ……キングマリンと王国を通す必要がある。キングマリンにとっても…悪い話ではないはずです。むしろ海の上の独占が保障される…」
海賊王が腕を組む。しばらく黙っている。
「塩と柑橘類の供給量は?」
「必要なだけ、売りますよ…」
「王国には長い海岸線がある。塩田はいくらでも作れます。柑橘類も沿岸で育てます。この1年で農地の開墾も進んでいる。供給が足りなくなることはありません。なんなら一度、見にきて下さい。」
「……お前、本当に12歳か?」と海賊王が言う。
「はい、12歳です。よく歳を聞かれますが…」
海賊王が……また笑う。
「皆と話す、一晩考えさせろ。答えは明日だ」
「わかりました」と俺が言う。「しかし、一つだけ言わせてください…」
「なんだ?」
「この条件、他国には出しません」と俺が言う。「キングマリンだけです。そして、妹御がよくなっておられるのであれば、1日でも早く柑橘類を皆に配る方が良いです…」
その目が…、笑っているが、今度は…、別の何かも混じっている。
宿に戻る。
ヴィクターが「うまくいきそうですか?」と言う。
「どうだろうな…、自由人に下れた言ったんだ…。正直わからないな…」と俺が言う。
「しかし、妹御の話を出した時の顔を見ましたか?」
「見ました」とエリカが言う。「あの顔は、本物でしたし、海賊王は少なくとも…」
「そうだな…」と俺が言う。「海賊王でも、大切な家族がいる。そこを動かせれば…、国は動きだす…」
窓の外に…海が広がっている。
夕暮れの光の中で……波が光っている。
「俺の心の師が言ってた…」
「人は利では動くが、義では死ねる……と。しかし……大切なものを守る時、人は利も義も関係なく動く」
「とにかく明日、答えが出るだろう」




