消えない疑問
調査が続く…
ヴィクターとエリカが動く…
影狼隊が動く…
しかし、核心に届かない。指示を出した者の名前が、まだ見えない。
「急ぐな…」とルークが言った。
「焦れば見えなくなる…」
「しかし時間が…」とヴィクターが言った。
「わかっている。それでも急ぐな…」
ヴィクターが頷いた。
そんなある夜…
エリカが天幕に飛び込んできた。
「殿下!」
「何だ?」
エリカが、息を整える…
「シオン殿下が……」
間があった。
「……お越しです、シオン殿下が起こしです!」
ルークが、立ち上がった。
「どこに?!」
「野営地の外です…、供を誰も連れていません、1人で来ています…」
「わかった。案内してくれ…」
野営地の外は暗い…
松明が1本だけ立っている。…
その前に、男が立っていた…
シオンで、あった…
鎧のところどころに傷がついている。シオン兄様も部下と共にこの北伐で動いてきた証拠だろう。
しかし、不思議だった。
松明が1つ。確かに暗い…、他の者が報告に来た際には「顔」がわかる…
またこれだ…
シオン兄様の顔が、わからない。目だけは異様に冷たい視線が確認できる… でも、顔そのものとして、認識できない。アルベルト兄上と初めて会った時も同じことが起きた…
この兄様も、只者ではない。
「久しぶりだな、ルーク…」とシオンが言った。
声だけが、はっきりと聞こえる…
「……兄上」とルークが言った。「どうして1人でここへ?」
「1人でなければ来られない話がある…」
「……聞かせてください」
シオンが、少し空を見た。
それからルークを見た。
「調査を…。しているそうだな…」
「はい…」
「……何かわかったのか?」
「いえ、まだです…」とルークが言った。
「でも、必ず突き止めます」
「そうか…」とシオンが静かに言った。
「ルーク、俺に疑いがかかっているのはわかっている…」
ルークが「そうですか…」と言った。
「否定はしない、しかし、肯定もしない。今は、それだけだ…」とシオンが言った。
「兄上!」とルークが言った。「俺は、兄上を疑うことが、できません…」
「なぜだ…」
「兄上は、俺のことを、ずっと見ていてくれました。どの様に見ていてくれたかは分かりませんが、王都でも…、北伐でも… それがわかっているから…」
シオンが、少し黙った。「お前は正直だな…」と言った。
「だから、怖い…」
「怖い…、とは?」
「本物は怖い…」とシオンが言った。
「本物の者と向き合う日が来る…。その時、どちらに立てばいいのかわからない…」
2人の間に、沈黙が落ちた…
松明が揺れる…
「ルーク…」とシオンが言った。
「はい」
「お前は、いや、に、俺が討てるか…」
ルークが、止まった。
「いざとなれば兄であっても、討てるか?」
シオンの目だけが、真っ直ぐに…、ルークを見ていた…
「……それは」とルークが言いかけた。
「答えなくていい…」とシオンが言った。
「今すぐ答えなくていい…、しかし覚えておいてくれ…。いつか、その答えが必要になる日が来る…」
また沈黙が落ちた…
シオンが、もう一度空を見た。
「ルークよ…、俺がアルベルト兄上を討ったかもしれんぞ…」
その言葉が、夜の空気に溶けていく…
何も言えない。
シオンが松明に背を向けた。
暗闇の中へ歩き始める…
「兄上…」とルークが言った。
シオンが止まらない。
「兄上!!」
シオンが── 闇の中に消えた。
翌朝、「殿下!!」とエリカが言った。
顔が変わっていた。
「どうした?」
「シオン殿下の軍が…」
「忽然と消えました…」
「消えた?」
「はい。昨夜のうちに…」
「跡形もなく、3万5000名の軍が、どこにもいません…」
ルークが天を仰いで、言葉が出なかった。
バロックの天幕から「来たか…」と声が聞こえてくる。
「おじじ殿」とルークが言った。天幕に入る。
「聞こえておった…」とバロックが言った。
「そうですか、どう思いますか?」
「シオンはお前に問いを残した…」とバロックが言った。「答えを出すのは、お前だ…」
「俺には、本当にまだわかりません…」とルークが言った。
「兄上が、何を背負っているのかが…」
「背負っているものは、会えばわかる…」とバロックが言った。
「しかしそれは、今ではない…」
「では…いつですか?」
「お前が答えを出した時だ…」とバロックが言った。「討てるか、という問いへの答えを出した時に、シオンは戻ってくるだろう…わしはそう思っている…」
ルークが、少し黙った。
「それは難しい問いですね…」
「そうだな…」とバロックが言った。
「だから、シオンは残して消えたのだろう…」
3連の首飾りが、風に揺れる…
「去る者は追わず、来る者は拒まず…しかし問いは、必ず答えを求める…」
ーー韓非子ーー
シオンは去った。
問いだけを残して。
「俺が討てるか」
「アルベルト兄上を討ったかもしれんぞ」
その言葉が、ルークの胸に刺さったまま。答えはまだない。
しかし、いつか、向き合わなければならない問いだった。




