バロックの言葉
バロック達の療養が続いていた…
もう3ヶ月が経とうとしていた。
バロックが少しずつ動けるようになってきた。腕が上がる、足が踏ん張れる、まだ戦場には戻れない…。
1番は目が戻っていた…
戦いの為の、あの目が…
エドも回復しつつある。足の傷が塞がってきて、毎日バロックの元で問答を続けている。
算術、兵站、陣形…、頭が動いていた。
「若いの、来い…」
バロックが言った。
ルークが天幕に入った。エドがいない時間であった為、2人きりであった…
「座れ」とバロックが言った。
ルークが座った。バロックが、しばらくルークを見ていた。何も言わなかったが、ただ観察されていた…
「最終の域に到達する為の言葉を残す…」とバロックが言った。
「……はい」
「最後という意味ではない…」とバロックが言った。「死ぬという話でもない。わしがお前に師として伝えられることが…、もう残り少ない、ということだ…」
ルークが「残り少ない、とは?」と言った。
「お前は、もうわしから学ぶべきものの、大半を学んでいる…」とバロックが言った。
「気づいていないだけというか、話すのが難しいの…」
「お前には、まだ足りないものがある…」とバロックが言った。
「何ですか?」とルークが聞いた。
「お前は頭が動く…、策が立てられる…、人を動かせる…、また連弩を考えた。国には陣形を考え、伝えた…。更に4400名もの軍を作り、動かした。それは10歳でやることではない…」
「しかし…」とバロックが言った
「しかし?」とルークが繰り返した。
「そうだな、いや確かにお前には…その上で、どうしても足りないものがある…」
「何ですか?」
「戦いの勝ち負けではない」とバロックが言った。「大切なものを守ること。自分以外の者のために── あるいはそれを糧に、力に変えること。それが足りない…」
ルークが黙って聞いていた。
「その力は、何かを失うことで埋まるかもしれない。あるいは感じることで見つかるかもしれない。しかし、発動の条件は一つだ…」
「何ですか?」とルークが言った。
「自分が何者かになること、だ」とバロックが言った。
「何者でもない者には、守るべきものの重さがわからない。何者かになった時に初めて…、その力が動き始める」
ルークが無言になった…
「わしにもわからなかった、だからわしは、ここまでなのだ…、わしはやはり誰かの下におって生かされる人間なのだ。そこにいても『なれたかも』と思う事もあるが、わしは失いでは発動しなかった…」とバロックが言った。
「505名を失って、30年かかって、お前にはその時間は必要ない。あれは必要な事だったが、発動という意味では必要がなかった時間だ。受け止め方、仕方を間違えておった。故に、お前の方がわしより早く見つかると思っている。」
「なぜですか?」
「お前はすでに、何者かになりかけているからだ…」とバロックが言った。
「わしには言えんが、自分でもその事に…、まだ気づいていないだけだ…」
「だから足りない、と言っているのだ。答えは、お前自身が自分で見つけるのだ。わしには、教えられない…」
しばらく沈黙が続いた…
天幕の外で風が吹く…
「バロック様…」とルークが言った。
「一つだけ、聞いていいですか?」
「なんだ、言え?」
「なぜ、俺についてきてくれたんですか?505名の名前を覚えたからだけではないと、前に言いましたね…」
バロックが、少し間を置いた。
「お前の目だな…」と言った。
「目、ですか…」
「王都を出た時からなのだろう、聞いていたお前とは違ったからな…。お前の目が変わっていた。何かを背負って、それでも前を向いていた。泣いたかもしれない…怖かったかもしれない…それでも、前を向いていた…」
ルークが黙って聞いていた…
「そういう目をした者を、わしは心から仕えたいと思った。30年生きてきて、初めてそう思った…」
「おじじ殿…」
「礼はいらん」とバロックが言った。「わしが、そうしたかっただけだ。」
天幕の中が、静かになった。
「足りないものの答えは…、お前自身が自分の力で見つけろ!」とバロックが言った。
「必ず見つかるはずだ、お前ならばな…」
「はい!」とルークが言った。
「では、行け!」とバロックが言った。
「お前は、やることがあるであろう!」
ルークが立ち上がった。天幕の入り口まで歩いた。
振り返った。
「おじじ殿…」
「なんだ?」
「……もう少し、かかりそうです」
「何がだ?」
「足りないものを見つけるのが…」
バロックが「……急ぐな」と言った。
「わしは、まだ死ぬ気はないし、まだおる…」
ルークが、少し笑った。
天幕を出た。
「師の言葉は、弟子が歩いて初めて意味を持つ……」
ーー韓非子ーー
バロックの言葉が残った。
足りないものの答えは、まだない。
しかし、ルークは歩き続ける。
その歩みの中で、いつか答えが見つかる。
バロックはそれを知っていた。
だから「急ぐな」と言ったのだろう。




