謁見戦闘 バロックvsアルベルト
正午、領主官邸の謁見の間に、バロックが入った。
7隊長が後ろに続いた.
謁見の間は広かった。正面に椅子が置かれていた。アルベルト兄上が座っていた。正装だった。完璧な笑顔で、左右に側近たちが並んでいた。全員が緊張した顔をしていた。
バロックが中央に立った。
頭を下げなかった。
アルベルト兄上の笑顔が、少し変わった。しかし何も言わなかった。
「バロック殿」とアルベルト兄上が言った。「よくいらしてくれました」
「王子」とバロックが言った。それだけだった。
「此度の後方支援軍の救出、見事でございました」とアルベルト兄上が言った。
「6000の敵を義勇軍だけで殲滅したとは…、我が軍の者たちも驚いております!」
「ただの仕事だ…」とバロックが言った。
「ただの仕事、とは……謙遜が過ぎますな!」
「謙遜ではない。事実だ……」
アルベルト兄上が「……ところで」と言った。
「義勇軍の将、第5王子殿下は、今回はご一緒ではないのですか?」
謁見の間が、少し静かになった…
「いない…」とバロックが言った。
「いない、とは。どちらに?」
「仕事をしている…」
「仕事……」とアルベルト兄上が繰り返した。笑顔を保っていたが、「弟が、兄との謁見より大事な仕事を…」
「そうだ」とバロックが言った。
「少し待てば、もうすぐ来る…」
アルベルト兄上が「そうですか…」と言った。
「それはそうと、バロック殿」とアルベルト兄上が言った。
「実は、お願いがあります」
「なんだ…」
「我が軍の一群に加わっていただけますか。黒鉄の双嵐ほどの方が、義勇軍などではなく、正規軍の下でその力を振るっていただければ…」
バロックが「断る…」と言った。
「しかし……」
「断る…」とバロックがまた言った。
アルベルト兄上が「バロック殿…」と言った。声が少し変わった。「あなた程の将が…」
「わし程の将が、何だ?」と、バロックが凄みながら言った。
謁見の間が、また、静かになった。
「わしは右目を失った。仲間を505名失った。30年間、それを背負って生きてきた。」
バロックの声が静かで重かった。
「それでも今、ここにいる…。なぜかわかるか?」
アルベルト兄上が「……なぜですか?」と言った。
「1人の子供が、わしの505名の名前を全部覚えると言ってくれて覚えたと言った。それだけではない、忘れないと言った。その子供の旗の下に俺は『置いてもらった』それだけだ」
誰も何も言わなかった。
「そのわしを、正規軍に引き抜こうとしている。王子の軍に入れと言っているのか?」
「……そうです」
「ならば聞く」とバロックが言った。
「王子、あなたはわしの死んだ者たちの名前をいくつ知っているか?」
謁見の間が、凍りついた。
アルベルト兄上が「それは…」と言った。
「答えられないだろう…」とバロックが言った。
「当然なのだ。知らなくて当然だ。しかし、ルークは知っている。全員の名前を。覚えている。忘れないと言ったのだ…」
「バロック殿……」とアルベルト兄上が言った。声を整えた。「しかし、義勇軍の将は10歳の子供です。北伐という大きな戦場で、経験のない子供についていくのは……」
「王子…」とバロックが言った。
「なんでしょう…」
「わしが王より最高武功を賜った際に、一つの権利を頂いた」
アルベルト兄上が「……権利?」と繰り返した。
「戦場を問わず、自分の思うまま、気の向くままに動く権利だ。それが王よりの褒賞だった」
謁見の間が、また静まった。
「それゆえに、わしが4日間、謁見を引き延ばしても、誰も何も言えなかった。そうであろう?」
アルベルト兄上が「……」と黙った。
「その権利は今も生きている、王よりわしが死ぬまで…」とバロックが言った。「わしは、その権利ゆえ、ルークの旗の下にいる。誰にも止める権利はない。」
バロックが、一歩前に出た。
たった一歩だった。しかし、謁見の間の空気が、変わった。
側近たちが息を呑んだ。全員が固まった。
バロックの目が、老将軍の目ではなかった。戦場の武将の目だった。70年分の戦場の重さを持った目だった。
「王子…」とバロックが言った。静かに…
「このじじい程度の圧に、押されているあなたの下には、つくことができませんな。」
謁見の間が、完全に凍りついた。
誰も動かなかった。
誰も息をしていないようだった。
アルベルト兄上の笑顔が、消えた。
「……バロック殿」と言った。声が低くなった。「それは、わたしへの侮辱ですか…」
「事実だ…」とバロックが言った。
アルベルト兄上の目が変わった。
怒りだった…
いつも完璧な笑顔を保っていたアルベルト兄上が、怒りを露わにした。
「……バロック殿、あなたは….」
「ほぅ」とバロックが言った。失笑だった。
「その方が王子らしいですぞ…」
アルベルト兄上が「……っ」と言った。
言葉が出なかった。
「笑顔の裏に全部隠す王子より、怒りを見せる王子の方が、わしは好きですな…」とバロックが言った。「しかし、それだけでは、まだ足りない。」
アルベルト兄上が、バロックを見た。
「足りない、とは?」
「それはそのうちに、わかります」とバロックが言った。
その時、扉が開いた。
使いの者が入ってきた。
「申し上げます。義勇軍、黎明義軍の将、ルーク・ヴァルト・レギナルド第5王子殿下が、只今、ご到着されました」
謁見の間が、ざわめいた。
アルベルト兄上が、バロックを見た。
バロックが「来たようですな…」と言った。口の端が上がっていた。
「……呼んでこい」とアルベルト兄上が言った。
使いの者が走り去った。
謁見の間に沈黙が落ちた。
バロックが、元の場所に戻って座った。左足をあぐらにかけるように、右足に重心を移した。
何事もなかったような顔をしていた。
「韓非子いわく、威は徳より生ず…徳なき威は、砂上の楼閣なり…」
ーー韓非子ーー
威圧は徳から生まれる。
バロックの一歩が謁見の間を凍りつかせたのは、力があったからではなかった。
505名の重さを背負って30年生きてきた者の徳の重さだった。
ルークが到着するまで、あと少しだった。




