連弩、生まれ変わる
野営地の端に、作業場が設けられた。
ミア姉様が王都から連れてきた鍛冶師20名が、道具を広げて待っていた。全員が腕利きだった。ミア姉様が選んだ為、間違いなかった。
ルークが設計図を広げた。
「2つ作ります」と言った。「まず1つ目から説明します」
1日目
設計図を鍛冶師に説明した。2時間かかった。
鍛冶師の棟梁、ゲルトが「……これは」と言った。50代の大柄な男だった。「見たことのない形です」
「どこで?」
「頭の中にあります…」
ゲルトが「……頭の中に」と繰り返した。ルークを見た。10歳の子供が言っていた。しかし、設計図は本物だった。「わかりました。やってみます…」
1つ目、「両手引き固定型連弩」から始めた。
筒の素材、弦の張力、鉄製矢の重さと長さ、細かい数字をミア姉様が全部記録した。鍛冶師たちが動き始めた。槌の音が鳴り始めた。
「矢の素材はどの鉄を使いますか?」とゲルトが聞いた。
「一番硬い鉄です。鎧を貫通するだけの威力が必要です。」
「それなら素材を変える必要があります。手持ちにあるかどうか…」
「ミア姉様!」とルークは言った。
「確認する…」とミア姉様がすでに動いていた。5分後に戻ってきた。「街の鉄工所に在庫があったわ。今日中に取り寄せる!」
「さすがです」とルークは言った。
「当然よ!」とミア姉様が言った。
2日目
朝、1つ目の試作1号が完成した。
「試射してみます!」とゲルトが言った。
木の板を50歩先に立てた。鍛冶師2名が連弩を構えた。1名が筒を固定し、1名が弦を両手で引いた。
発射され、10本の矢が木の板を貫いた。
全員が静かになった。
「……つ、貫いた」とゲルトが言った。
「板の厚さは?」とルークは聞いた。
「3寸です。鎧の厚さの2倍はあります」
「盾の試験もして下さい!」
次は盾を立て、発射した。
盾が……割れた。
「……盾も貫く」とゲルトが言った。声が変わっていた。
ミア姉様が「ルーク……これ、すごいわ」と言った。静かに。
「問題は装填時間ですね…」とルークは言った。「もう一度やって下さい。今度は装填から計測します。」
鍛冶師2名が装填を始めた。
1分20秒かかった。
「遅い。改良が必要です…」とルークは言った。「装填の手順を見直しましょう。弦の引き方と矢の込め方を同時に出来ないですか?」
ゲルトが「……少し考えさせて下さい。」と言った。
昼まで試行錯誤した。
装填時間が50秒まで縮まった。
「まだ遅い…」
「これ以上は……」
「矢を台に乗せる前に弦を半分まで引いておく方法はどうでしょう…、先に弦を仕込んでおけば……」
ゲルトが「……やってみます!」と言った。
夕方には、35秒になった。
「これでいい…」とルークは言った。「300機、作って下さい」
3日目
1つ目の量産が始まった。鍛冶師20名が分担した。槌の音が止まらなかった。
ルークはその間に2つ目の設計図を書いた。
「2つ目がこっちです」とルークはミア姉様に言った。
「どんな仕組みなの?」
「本体の上部に矢箱を乗せる。矢箱の中に矢を20本重ねて入れておく。下の矢が発射されると。上の矢が重力で自動的に次の位置に落ちてくる」
ミア姉様が設計図を見た。「……重力給弾ね。理屈はわかった、でも問題はこの角度よ。本体を一定の角度で保持しないと矢が落ちてこない」
「そこが最大の課題です。矢箱の傾きを調整できる機構を入れたい…」
「矢箱と本体の接続部分にネジ式の調整機構はどうかしら?」とミア姉様が言った。「こう回せば角度が変わる形で」
ルークが「……それだ」と言った。「ミア姉様、天才ですか!」
「当然よ!」とミア姉様が言った。
設計図に書き込んで、それをゲルトに見せた。「これなら作れます!」とゲルトが言った。
4日目
2つ目の試作1号が完成した。
試射した。
1発目、矢が出た。
重力で次の矢が落ちてくる前に、詰まった。
「矢の形状が問題です」とゲルトが言った。「矢の羽根が引っかかっている」
「羽根を小さくするか、矢箱の内側を広げるか」とルークは言った。
「内側を広げると矢が暴れます。羽根を小さくする方が……」
「両方試して下さい」
午前中、試行錯誤が続いた。
昼過ぎ、ミア姉様が「ルーク、お昼食べてる?」と言った。
「食べていません…」
「食べなさい。頭が動かなくなるわよ!」
ミア姉様が飯を持ってきた。ルークが食べながら設計図を見た。
「食べながら見ない」とミア姉様が言った。
「時間がありません。見ながらですが、食べています」
「どっちでも一緒ね…、もう食べてればいいです」
午後、羽根を小さくした矢と広げた矢箱の組み合わせで試射した。
矢が20本、連続で出た。
「できた、できました!!」とゲルトが言った。
次は毒の確認をした。ミア姉様が調達した毒を矢に塗った。
「鎧は貫けるか」とルークは聞いた。
「片手引きなので威力は通常の弓矢並みですが、鎧は貫けます。しかし盾の厚さになると防がれます」とゲルトが言った。
「それでいい。毒が入れば十分だ」
「100機分、矢箱も込みで作ります!」
5日目の朝
夜明けと同時にルークは作業場に入った。
「完成しましたか」とルークは言った。
「先ほど、全機完成しました」とゲルトが言った。「1つ目300機。2つ目100機。設計通りです」
ルークが全機を確認した。
両手引き固定型連弩
鉄製の矢が並んでいた。
軽量手持ち連弩
矢箱が上部に乗っており、ネジ式の角度調整機構が光っていた。
「ゲルト殿」とルークは言った。
「はい」
「5日間、ありがとうございました。今後のことを頼みたい」
「何でしょう?」
「この設計図を王都に持ち帰ってほしい。そしてより良い形に改良し続けてほしい。これはまだ試作品です。本当に作りたいものの最初の一歩に過ぎません。」
ゲルトが「最初の一歩、ですか」と言った。
「そうです」とルークは言った。「本当に作りたいのは、火砲です」
「火砲……」
「鉄の筒に火薬を詰めて、爆発の力で鉄球を飛ばす。連弩の比じゃない威力が出ます。火薬の威力と安定性がない。しかし、有用な火薬の作成を、鍛冶師の課題としてほしい」
ゲルトが「……火薬」と繰り返した。「どの様なイメージだけでも教えていただけますか」
「硝石と硫黄と炭を混ぜたものです。正確な配合は俺もまだわかりません。しかし、その方向で研究して下さい。北伐が終わったら、また一緒に考えましょう」
ゲルトが「……必ず」と言った。目が輝いていた。「火砲か……」と呟いた。何かが頭の中で動き始めているようだった。
ルークが設計図を2部用意した。1部をゲルトに渡した。1部を自分で持った。
それだけではなかった。
別の設計図を取り出した。
「これも持って帰ってほしい」とルークは言った。「新しい槍と刀の設計図です。今の槍と刀より切れ味と耐久性が上がるはずです。鍛冶師の皆さんで検討してほしい。長剣や短剣、実用性を考えた形も歪な物、おじじ殿たちも喜びます。北伐の後にこちはも是非、一緒に改良したい」
ゲルトが受け取った。開いた。しばらく見た。「これも、頭の中から来たのですか?」
「そうです。」
「……殿下の頭の中は、どうなっているんですか?」とゲルトが言った。
「俺にもわかりません…」とルークは言った。
ゲルトが「……必ず形にします」と言った。
さらにもう1枚、紙を取り出した。
「これは鍛冶師の課題ではありません」とルークは言った。
「軍部に関わる大臣に渡してほしい。新たな陣形を考案しました。8つあります。内容は渡した者だけに見せて下さい。北伐が終わった後に一緒に研究してほしいと伝えて下さい」
ゲルトが「陣形……ですか。私には中身を」
「見せない」とルークは言った。「軍部の大臣だけです。」
ゲルトが「……承知しました」と言った。紙を大切に折りたたんだ。
ミア姉様が「8つの陣形って、何を考えたの?」と言った。
「いつかお見せします.」とルークは言った。
「気になるじゃない……」とミア姉様が言った。
「北伐が終わったら…」
「約束ですよ!」
「約束します…」
ミア姉様が来た。
「できたわね」と言った。
「できました。ミア姉様がいなければできませんでした」とルークは言った。
「当然よ」とミア姉様が言った。「でも火砲ね…」
「はい…」
「いつか作りたいわね」とミア姉様が言った。静かに。「その時も私に設計を頼んでよね」
「必ずお願いします」
ミア姉様が「よし!」と言った。「さあ行くわよ。おじじちゃんが正午に謁見するんでしょう?」
「間に合いますか?」とルークは言った。
「朝の今から行けば余裕よ…」
ルークが「では行きましょう」と言った。
ミア姉様が「ちょっと待って」と言った。「顔、洗ってきなさい。5日間、ちゃんと寝てた?」
「寝ていません…」
「洗顔だけじゃなくて、着替えも持ってきなさい!」
「承知しました…」
ミア姉様が「本当に……」と言いながら笑った。
ルークも少し笑った。
5日間が終わった。連弩が生まれた。設計図が残った。そして正午まで…、まだ時間があった。
「工は善く謀りて後に動く……謀らずして動けば、必ず敗れる……」
ーー韓非子ーー
善く謀る者は動く前に考え尽くす。
5日間、ルークは考え続けた。
鍛冶師たちが動いた。
ミア姉様が支えた。
完成したものは試作品に過ぎなかった。
しかしその試作品の中にいつか世界を変える種が、静かに眠っていた。




