血染めの軍令
最初の訓練が終わった。
ほとんどの文官が黙って従った。
しかし、ランツ伯爵、ベルナー卿、クラウス卿の3名の動きが乱れており、そこが起点となり全体的にダラダラと遅かった。
途中で私語もあった。
ランツ伯爵がベルナー卿に耳打ちして、薄く笑った。
300の将軍たちが、その様子を見ていた。
無言で…、そしてルークに注がれる。
ルークは3名の前に立った。
「伝え方が悪かったかもしれません。軍令とは命令に従うことです。今この場において、私が提督です。もう一度、訓練を行います。次は動きが乱れた者は軍令違反として処断します。」
「……処断とは」とランツ伯爵が言った。
「無論、斬ります…」
訓練場が、静かになった。
父王は何も言わなかった。
将軍たちも、何も言わなかった。
300の目が、文官たちに向いていた。
「整列してください!」
二回目の訓練が始まった。
二回目、3名は最初だけ動いた。
3つ目の指示を出した。
全員が動いた。
5つ目の指示を出した…
ランツ伯爵が、止まった。
ベルナー卿とクラウス卿も合わせて止まった。
三人が顔を見合わせた。
ランツ伯爵が口の端を上げた。
「……殿下。私は財務副大臣です。王の余興とはいえ、子供の遊びにこれ以上付き合う気はありません。300人の将軍諸公もご覧のとおり、続きの遊びは、どうぞ将軍たちと…」
ルークが動いていた。
ランツ伯爵が振り返った瞬間、遅かった…
縦に大きく、剣が振られた。
右腕が落ちた…
「ぎゃああああ!!」
叫び声が大演習場に響き渡った…
300の将軍たちが、一瞬、息を呑んだ。
しかし誰も動かなかった。
ランツ伯爵が崩れ落ち、砂地に血が広がった。
ルークは動じなかった。
もう一度、剣を振った…
血しぶきと共に左腕が落ちた…
「ぎゃあああああ!! た、助けてくれ〜!! 殿下、助けて下さい!!なんでも、なんでも話します。命だけは、命だけは助けて下さい!!誰か助けてっ!!」
両腕をなくしたランツ伯爵が、砂地でのたうち回りながら叫び続けた。
ルークはランツ伯爵から目を離し、ベルナー卿を見た。
ベルナー卿の顔が真っ青だった…
足が震えていた。
300の将軍たちに囲まれていて、逃げる場所が、どこにもなかった…
「ベルナー卿、あなたも軍令違反だ!」
「そ、そんな……、私は動こうとしていました!今からキチンとやります、殿下!」
「遅い…。」
一瞬だった。
ベルナー卿の首が砂地の上に落ちた。
体が崩れ倒れ、血が砂地を染めた。
ランツ伯爵の叫び声だけが、大演習場に響き続けていた。
「ぎゃあああ!! うわぁ〜!! 助けて、誰か助けてくれ!!ベルナーが!!」
ルークはランツ伯爵を見た…
「うるさい…」
剣が振られた。
叫び声が止まった…
ランツ伯爵が真っ二つになって…
動かなくなった…
大演習場に、深い静寂が落ちた…
300の将軍たちが、静かに立っていた。
誰も声を出さなかった。
誰も動かなかった…
その静寂が、答えだった…
エドが前に出て、クラウス卿を見た…
クラウス卿は震えていた…
300の将軍に囲まれた訓練場の中で、逃げ場がなかった。
剣に手をかけたが引き抜けなかった…
「お前も寂しかろう」とエドが言った。
静かな声だった…
それが余計に冷たかった…
「……化け物め!!」
クラウス卿がようやく剣を抜いて、向かってきた。
エドが一歩だけ動いた。
剣が弾かれ、壁まで押し込まれた。
背中が石の壁についた…
エドの剣が、クラウス卿の腹にゆっくりと入った…
「……ぐ、あ…、や、やめてくれ!!」
叫んだ…
泣いた…
助けを求めた…
誰かの名前を呼んだ…
エドは、腹に剣を、立てながら、動かなかった。
300の将軍たちに、見せていた…
残った文官たちの顔が蒼白になった…
ヴォルフ卿が目を伏せた…
エドがヴォルフ卿を見た…
ヴォルフ卿が、目を開けた…
しばらくして、エドの剣が腹から抜かれて、血しぶきをあげ、首の側に動いた。
エドがクラウスの耳元で、小さな声で囁くように「2人が寂しがっているぞ。」と言い、クラウス卿の首が落ちた…
静寂が戻った。
フリッツが「承ります!」と言い、部下に指示を出した。
2つの首が訓練場の最前列に並べられた。
真っ二つのランツ伯爵の体が置かれた。
更に両腕二本がその前に並べられた。
訓練場の最前列が真っ赤に染まっていた。
エドが前に出た。
「さぁ、軍令訓練を再開します。全員、整列して下さい!」
文官たちが我先にと動いた。
指先一つ乱れなかった。
一人も逃げなかったし、一人も口を開かなかった…
全員が静かに整列した。
全員が「ルーク提督」の方を向いた。
最前列に並べられた三名の残骸を感じながら前だけを向いた。
「始めます!!」
訓練が始まった。
整然としており、一才の乱れ一つなかった…
300の将軍たちが、その様子を物音一つ、身動き一つ立てずに見ていた。
しかし、将軍たちのその目に、何かが宿っていた。
羨望、恐怖、感心…
思いはそれぞれあっても一切の感情を内に秘めて見守り続けた。
そして、 父王が立ち上がった。
訓練場の全員が父王を見た。
300の将軍たちが平伏し、文官たちも平伏した。
父王がルークを見た。
そして訓練場を見渡した。
最後に赤く染まった砂地を見た。…
再度、整然と並ぶ文官たちを見た。
笑った…、声を出さずに、笑った…
目が細くなった。
「ルーク提督、よくやった!」
それだけで、十分だった…
将軍たちが、顔を上げた。
300の目が、 ルークを見ていた。
そして、300の将軍たちが、「ルーク提督、万歳、万歳、万歳!!」と大合唱した。
ヴァイス卿が前に出て、「……殿下」と言った。
ルークを見て、それからエドを見た。
「今日の事は、遠く遠征していり全軍に伝わります。」と言った。
「王国軍として、今回の演習の大成功を正式に記録に残します。」
「お願い致します。」とルークは言った。
グレン卿が「……昨日今日で、この国に新しい何かが…生まれた気がする。」と静かに言った。
ヴァイス卿が「……ああ、すごい者が生まれた。」と言った。それだけだった。
エルゼ卿がルークのそばに来た。
「殿下、今日のことは法務省として記録に残します。軍令違反の処断として、きっちり記録致します。」
「頼みます!」とルークは言った。
エルゼ卿が小さく頷いた。
ヴォルフ卿が前に来た。目が震えていた。
「ヴォルフ卿。今日、軍令に従った。それは評価する。しかし、帳簿の矛盾はあなたの省から出ている。証拠もある。今日は問わないが、次に何かあれば、次回はあなたが彼らになるかもしれませんよ…」
ヴォルフ卿が目を閉じた。
「殿下、必ず肝に銘じます……」
訓練場から出た後、ミアが外で待っていた。
ルークとエドの顔を見た。
「終わった?」
「終わったよ!」
少し目を細めた。
「三人とも?」
「三人ともだよ!」
しばらく黙った。
「そう、ありがとう」と言った。
「ミア様の5ヶ月分だ、大した事ない。」
ミアがルークとそれからエドを見た。
「二人とも血がついてるよ。」
「そうだね、後で落とすよ。」
「うん…」
視線が、ルークの剣から離れなかった。
「ルーク…」
「なに?」
「怖くなかった?」
「怖くなかったよ…」
「そっか…」
「そだな、なんの感情もなく、軍令だけしか考えなかった。強いて言えば、怖くなかったことが、少し怖かった…」
ミアがルークを長く見た…
それから「そっか…」と言った、もう一度…
エドが空を見て、何も言わなかった…
3人で少しの間、黙って立っていた。
訓練場の中から、文官たちの整列する足音、将軍たちとの交代訓練の音だけが聞こえていた。
その夜、王都中に噂が広がった。
翌朝には、話の通り王国軍全体に伝わっていた。
3日後、アルベルト兄上の耳に届いた。
「第5王子は、本当に10歳か?」
側近に言ったとされる。
1週間後、ジュリアン兄上のいる東部に届いた際には、しばらく黙ったとされる。
それだけだった…
2週間後、シオン兄上のいる北部に届いた。
何も言わなかったとされる。
ただ北部の地図を、しばらく見ていたとされる。
商人たちが静かになった…
特権貴族たちも急に大人しくなった…
王都も同様に誰も何も言わなかった。
しかし全員が同じことを思っていた…
第5王子を舐めてはいけない。
「其の疾きこと風の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」
ーー孫子ーー
その日から王都は変わった。
300の将軍たちの前で、10歳の王子が血の剣を持って立った日。
最前列に並べられた3名の残骸は、訓練が終わるまでそこにあった。
乱れ1つない足音の中に…
その頃…
王宮の奥の庭に面した部屋で、二人の女性がお茶を飲んでいた。
王妃とハイルベルク侯爵夫人。
陽の光が差し込んでおり、花が咲いていた。茶の香りが一面に漂っていた…
「聞きましたか?」と王妃が言った。
優雅に、カップを持ちながら…
「聞きましたわ…」と侯爵夫人が言った。
「訓練場で…あのようなことになったと。」
「ええ」と王妃が言った。
「あの子、本当に十歳かしら…」
侯爵夫人が少し笑った。
「ミアも似たようなものです。5ヶ月で財務省の帳簿を全部調べ上げて最後は短剣を突き立てたとか…」
「あら」と王妃が言った。
「それは、私もやりたかったわ…」
二人が、声を出して笑った。
しばらくして、王妃が言った。
「それにしても…、あの人たちは、本当に子供に甘いわね…」
「まったく…」と侯爵夫人が言った。
「うちの主人なんて、ミアの話を聞いて、目を真っ赤にして帰ってきましたよ。泣いていないと言い張りましたけど…」
「うちも同じです」と王妃が言った。
「あの人、ルークの話をする時だけ、目が違うのよ…普段は王の顔をしているくせに…」
侯爵夫人が「父親の顔ですわね…」と言った。
「えぇ」と王妃が言った。
少し、遠くを見た。
庭の花が風に揺れた。
「今日は、夫たちを褒めてあげましょう。」と王妃が言った。
「そうですね」と侯爵夫人が言った。
「たまには、良いですわね!」
二人が、静かに笑った。
お茶が冷めないうちに、もう一杯注がれた。
お読みいただきありがとうございます。
というわけで、ついにやりました!
やってやりました!!
この副大臣粛清、実はずっと前から仕込んでいたものです。
ミアが5ヶ月間、笑顔で蔑まれ続けた分。エドの素性を言われた分。
全部、ここでやり返しました。
あ〜スッキリ!
皆様もスッキリしていただけたなら、作者としては本望です。
そしてお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これがルークの「覚醒」の手始めです。
怒りでも悲しみでもなく、冷たい確信で剣を振りえるようになった瞬間。
王国に蔓延る悪の粛清は、この日から始まりました。
さて、ここからの展開ですが、作者、現在ルークたちに毎日煽られております。
「こっちに進むか」、「いや、あっちか」、「待って、この展開もアリでは」、「そっちに進んだらあの伏線が活きる」、「でもこの分岐は捨てがたい」……。
毎晩こんな感じです…
主人公より作者の方が必死です。
ルークはもう答えを知っているのに、作者だけが追いかけている状態です(笑)。
次回からは、この粛清が王都・王国全体にどう波紋を広げるか、そして修行の終わりに向けて三名それぞれにどんな変化が起きるか、楽しみにしていて下さい。
この作品を読んでくださっていること、本当に嬉しいです。
ありがとうございます。
引き続き、ルークたちの物語をお楽しみいただけると幸いです。
ひょっとこ、とことこ でした。




