7と3
「兵の形は水に象る」
ーー孫子ーー
軍の形は水のようなものだ。
水は高い所を避けて低い所に流れる。
軍もまた、実を避けて虚を衝く。
形を定めず、状況に従って変わっていく者が、最後に残る。
王命が来た翌朝、フリッツが全員を集めた。
演習場だった。
晴れていて、風が少し冷たかった。
「……今日で、この場所での修行は終わりです」
全員が、黙った。
終わり。
1年と少しの間、基本ここで修行してきた。
フリッツが続けた。
「10人全員が、第一部の修行を終えました。しかしここから、道が分かれます。ルーク殿下、エド、ミア様の3名は王都へ移動します。残り7名は、フリッツ部隊の3名の指導の下、この学院で引き続き修行を続けます。」
ラウルが手を挙げた。
「……七名の修行って、何をするんですか?」
「軍を動かすための学術です。策で動く、部隊を編成する、補給を計算する。情報を整理する…。剣だけでは戦場は動かせません。7名には、 将としての学びが始まります。」
将としての学び。
7名が、軍を動かす者になっていく。
クルトが「……剣の修行は続けるか?」と聞いた。
「続けます。但し、剣は手段です。目的ではありません。そのことを7名には、体で覚えてもらいます。」
クルトが、少し頷いた。それだけだった。
フリッツの部下3名、前に出た。
フリッツが3名を順に示した。
「レーン。情報と策の担当です。ヴィクターとエリカの指導を主に担当します。」
細身の男だった。目が鋭かった。
「ハルト。部隊編成と補給の担当です。ニコラス、マルティン、ヴォルフガングの指導を担当します。」
がっしりした体つきの男だった。口数が少なそうだった。
「カルロ。渉外と交渉の担当です。ラウルとクルトの指導を担当します」
人懐こそうな顔をした男だった。ラウルがすでに笑顔で手を振っていた。
7名それぞれに、相性を見て割り振られていた。
フリッツが、ここまで考えていた。
ヴィクターが静かに言った。「……レーン殿。よろしくお願いします。」
レーンが「……お手柔らかに」と言った。
ヴィクターが「お手柔らかにはしません」と即答した。
レーンが、少し笑った。
ヴィクターが珍しく、先に動いた。
1年で、ここまで変わった。
別れの前に、少し時間があった。
全員が演習場に残った。
誰も動かなかった。
ラウルが、俺の隣に来た。
「……殿下。王都、頑張ってこいよ。」
「ああ…。」
「帰ってきたら、また全員で動けるよな?」
「動ける!」
ラウルが頷いた。「……それでいい。」
クルトが、エドの隣に来た。
「……エド。俺、将になれると思うか?」
エドが少し間を置いた。
「……なれる!」
「根拠は?」
「飯を食う速さが、本気だから」
クルトが「……それは関係ないだろ」と言った。
しかも笑っていた。
ニコラスとマルティンが、俺の前に来た。
2人が同時に言った。
「……必ず追いつきます。」
「追いついてくれ。ただ俺も成長する。」
ヴォルフガングが、黙って右腕を上げた。
最初に斬られた腕だが、心配ないとの合図だ!
エリカが、俺の前に来た。
小さな薬草の束を差し出した。
「……持っていって。向こうでも、使う時があるかもしれないから…」
ずっと持ち続けていた薬草を渡してくれた。
エリカらしかった。
「ありがとう」
エリカが── 小さく頷いた。
それだけだった。
馬車が来た。
フリッツとルーク、エド、ミアの4名が乗る馬車だった。
御者台にフリッツの部下が1名ついた。
乗り込む前にミア姉様が7名に向かった。
「……みんな、頑張ってね!」
ラウルが「ボスも頑張れ」と言った。
ミア姉様が「ボスって言わないで!」と言った。
ラウルが「ドラクが呼んでるだろ」と言った。
ミア姉様が「それはそうだけど!」と言った。
最後までミア姉様だった…
馬車に乗り込んだ。
扉が閉まった。
窓から7名が見えた。
全員が立っていた。
ラウルが手を振った。
クルトが腕を組んだまま頷いた。
ニコラスとマルティンが並んで立っていた。
ヴォルフガングがまた右腕を上げたまま、動かさなかった。
エリカが、小さく頭を下げた。
ヴィクターが真っ直ぐ立っていた。
7人が、そこにいた。
言葉はなかった。
しかし、確かにあった。
馬車が動き始めた。
7名が遠くなった。
振り返らなかった。
振り返ったら、止まりたくなる。
馬車の中は静かだった…
フリッツが向かいの席に座っていた。エドが窓の外を見ていた。
ミア姉様が、少し疲れた顔をしていた。
しばらくして、ミア姉様が口を開いた。
「……ねえ、フリッツ。王都での修行って、何をするの?」
フリッツが少し間を置いた。
「……3名に絞られた理由を王都で、体で心で知ることになります。」
「……3名に絞られた理由は?」
「殿下、エド、ミア様の3名には、7名とは別の「欠け」があります。7名の「欠け」は── 集団の中で補える。
しかし3名の「欠け」は1人ひとりが向き合わなければ、補えない。」
ミア姉様が「……私の欠けって何?」と聞いた。
フリッツが「……王都でわかります」と言った。
ミア姉様が「教えてくれてもいいじゃない」と言った。
フリッツが「……王都でわかります」と繰り返した。
ミア姉様が俺を逃げるつもりもない」
フリッツが少し、目を細めた。
エドが、そういうことを言った。
1年前のエドは、こういうことを言わなかった。
馬車が、王都へ向かっていた。
窓の外に影が見えた。
馬に乗った人影が、馬車の両脇を走っていた。
フリッツの部下たちだった。
音がなかった。気配がほとんどなかった。
しかし、確かに、そこにいた。
影のように、付き従っていた。
俺はフリッツを見た。フリッツが静かに頷いた。
守られている。
しかし、守られているとは感じさせない。
これが、フリッツの部隊だ。
王都が遠くに見え始めた。
第一部が、終わった。
10人で積み上げたものが、形になった。
しかしここから、別の問いが始まる。
俺の「欠け」は、まだ、解けていない。
王都で答えが出るか。
馬車が、走り続けた。
「将は文武の道を兼ねて、恩威並び行う」
ーー韓非子ーー
将とは文と武の両方を持ち、恩と威を共に示せる者だ。
修行第一部が終わった。
10人は「集」を知った。
3人はまだ、「1人」を知らない。
王都での修行が、始まる。




