3221. トゥと主・銀の双頭決着
時の剣の旋風で、ザハージャングは突然左右の頭を打ち付け始めた。ガァン、ガァン!と鳴り響く、その激しさ。気がおかしくなったように、繰り返しぶつけている。
何か見計らって大渦を出した、と気づいたヨーマイテスは、自分の仕事であるサブパメントゥ退治を忘れ、決着へ持ち込む出来事を見つめる。
時の剣に嵌った、銀の石――― そこに理由が。
トゥは、タンクラッドと最初に決めた『棘を壊す』『残党を倒す』のをこなしながら、ザハージャングと戦った。
タンクラッドの剣は、ザハージャングを操る力を増したが、引きこむまで発動しない様子から、幻の大陸へ連れて行くにあたって、動きを鈍らせるくらいに痛めつけるつもりで。
『何をしても傷は戻る(※1096話最後参照)』イーアンは、最初にザハージャングを地上へ連れて来た時に、そうタンクラッドに教えたのだが、時の剣で倒せたなら矛盾している。
何らかの条件が発生した時、ザハージャングを傷つけられるわけで、精霊は今回『トゥがその力を持つ』と伝えた。
言われなくても、倒すつもりで挑んだトゥは、確実に傷付けられると聞いた上で、ある程度の加減をした。しぶといザハージャングに苛立って、何度叩きのめそうとしたかはさておき、痛めつけるのは成功。
やるべきことも、ほぼ済んだ時、今が機会と判断したタンクラッドは大渦を使ってみた。気を混ぜ合う技は、何を与えたか。ザハージャングの動きを変えるに効果あり―――
両方の頭を打ち付けていた、ザハージャングの頭の片方が、ぐしゃりと凹む。片目の位置が凹んだ奇獣は急に飛び、トゥから『時の剣を持つ男』を奪おうと真横へ回り込む。
剣に嵌る石を、その目を求めるような動き。
トゥは、間近に入ったザハージャングの首根っこに齧りつき、長い首を振って主から引き離す。
ザハージャングは抵抗せず、噛まれた首の頭をしきりにタンクラッドに向け・・・ タンクラッドが、焦げ茶の大男を振り返る。
「後は頼んだ!」
そう叫ぶや、トゥが急加速し、ザハージャングを噛んだまま沖へ。
沖にアスクンス・タイネレ。幻の大陸へ、瞬間移動せず連れて行く後ろ姿に、ヨーマイテスは馬車歌を思い出した。
「瞬間移動で、万が一撥ねつけられたらパァ、ってことか。お前の泥臭い恨みをぶっ込んでこそ、『門』が動くわけだ」
12番歌の解釈(※3166話参照)。タンクラッドとイーアン、ドルドレンの解釈は、ここで現実となるのだろう。
「トゥ。タンクラッド。お前たちの因果でもある・・・呪われたサブパメントゥを終わらせろ」
誰のための言葉か、ヨーマイテス自身もはっきり分からないまま口を突いた言葉。自分すら含めたかも知れないが、これが世界の望む道であり、旅の仲間はそのために集められたと肌で感じた。
*****
彼らのどちらも、バロタータの見た未来を知らされていないけれど・・・
―――異界の精霊が、正当な許可を経て戻ってくる。一頭だけだが、この存在が現れる時、何もかもが同時に回り出す(※3188話参照)。
バロタータが感じた未来を、トゥとタンクラッドは、今なぞる。自分たちが、大きな梃子を動かす役割であると、心の奥で理解している。
ここへ来る前・・・
トゥが戻ったのは、魔物繋がりの荒野でセンダラに守られるタンクラッドが、急に増えた魔物を倒しに出た時だった。
センダラが妖精の姿に変わり、負傷者を癒して間もなく、空中の罅がそこかしこで裂け始め、魔物がわらわらと落ち、これをセンダラが迎え撃つ形。しかし、属性違いを考慮して、結界を張っていないため、タンクラッドが結界代わりを務めたのだが、それも束の間で終わる。
魔物ではなく、別の力で湾曲した空。
気づいたセンダラが攻撃を止めると、銀色の翼を広げた巨体が、波打つ空を潜り出た。
目を丸くし笑ったタンクラッドに、戻ったダルナは『待たせた』と一言。滑空した勢いを止めず、タンクラッドも飛び乗った。
負傷した仲間の守りはどうするのか・・・それは、センダラも言わない。
タンクラッドも、無責任さは若干残ったものの、迎えに来たトゥが『全ての合図』と信じた。だから、魔界繋ぎはどうにかなる。それは、トゥも同じ気持ちだったが。
主と再会したトゥは、そこかしこでねじれを作る時空の罅を前に、『タンクラッド。これを潰せ』と促した。すぐに出発したいところであれ、主に仲間を見捨てさせるつもりもない。
妖精一人で対処するには、いかに強力な技でも手が回らないと判断し、無駄話も避けてトゥは主に『剣で』と渦を出させた。タンクラッドも断るわけもなく、行く前の一仕事、魔界繋ぎの空を飛ぶダルナの背から、大渦で時空の亀裂を壊しまくった。
トゥが直に手を貸さないのは、『ここでは場違い』だから。
異界の精霊であるトゥが、一頭だけ解放された理由。
それはザハージャングの一件があるためで。余計な行動を控えたダルナは、タンクラッドに攻撃させてセンダラの手伝いとし、この後、異時空から瞬間移動。そしてヨライデ北のあの海へ出た。
再会したのに、交わした会話は僅かだった。ダルナは毎度のようにタンクラッドの思考を読んで、タンクラッドも『読んでいるだろう』と分かっていた。
そして今までどうしていたか、そんなことより、『やるべきことを済ませる』互いにそれだけだった―――
とはいえ、サブパメントゥの溢れた異常な光景に飛び出して、コルステインを引っ叩いたトゥに、タンクラッドはギョッとしたが。事情は勘で理解したけれど、さすがに注意したのが一発目。
この時、トゥはビルガメスの存在に気づいた。タンクラッドは気づかぬまま。
強烈な龍気をまとう、イーアンより強い龍族を感じたにしても、トゥは自分の出番に切り替わったのを確信し、挨拶などすることもなし。上から来たザハージャングを前に、戦闘開始した次第。
戦いながら、棘を壊すやらホーミットの武器(※黒い箱)を使うやら、あれこれ動けたのは、タンクラッドの思考がトゥへの『必要な行動の順番』を考えていたから。それを読み取り、『順序』を理解。
馬車歌という、予言に似た示唆。そこに、双頭龍の交代が歌われていたこと。
対決と勝負の決着に、条件があること。
知らずに突っ込んで倒していたら、元の木阿弥かも知れないと思えば、自分と離れていた期間で、成功への可能性が高い情報を集めていたタンクラッドは上出来。それに倣うかと、憎たらしいザハージャングを片付けるのも手順を踏んだ。
時の剣にザハージャングの片目が入ったことで、『両者決戦』はトゥの勝利確率が上がり・・・ そんな出来事よくあったなと思うところだが、移行を告げる運の声に従う。
運は、俺の解放を促す。
望み続けた、束縛の終わりは間近に来た。
幻の大陸上空、トゥは棘の龍を咥えて『門』を探す。ザハージャングの状態も、まずまずと確認。歌では、『棘を崩し』『こいつが塵に変わる前』に捕まえて、門へ押し込むらしいから。
ザハージャングは痛みも命も持ち合わせていないが、本体が崩れ壊れるのはあり。
叩きのめしても、特殊な存在だけに攻撃をやめなかったが、骨が突き出た体は損傷した。今はもう、二つの首の片方が半壊し、体の棘もボロボロと言える。
ビルガメスの攻撃を受けたと思われる、宙に並んだ棘はそのままだったが、俺の攻撃には壊れた。『現身』と認める、同じ存在の表と裏が理由か。互いに攻撃を受け、それなりに傷も負った。
*****
「あれだ!トゥ、門を」
大陸の上を飛ぶ背中で、タンクラッドが叫ぶ。ザハージャングを噛んでいない方の首を後ろへ向けると、主の剣の柄に嵌る石が、落ち着かな気に光を震わせて、近づく判決を教えていた。
それは―― 門と呼ぶには、実に不思議な現象。
目を疑うわけでもないが、門?とつい聞き返す。タンクラッドは『あれだ、絶対にあれだ』と指差し、門へ行けと急かした。
「タンクラッド、門にしては」
「いいんだ、トゥ!信じろ。歌と同じ状況だ。一ヵ所だけ炎に包まれて動いている。あの走る炎に、そいつを押し込め!」
時の剣の切っ先が、抵抗しないザハージャングと前方の火柱を差し、トゥは霧深い地にゴウゴウと立つ炎へ向かう。炎はなぜか走る勢いで動いており、近づいて理由を知った。流れる川の上を、大きな炎が移動している。
炎は川下から見るとただの火だが、翼を傾け、トゥが川上へ回ると、中心が空洞・・・その奥には、三本の柱が見えた。
『門、だ』食い入るように見つめて、上塗りしたタンクラッドに、トゥも認めて頷く。
「こいつを押し込めばいいんだな?」
「そうだ。門ごと押し流せと・・・ドルドレンは、歌詞をそのまま覚えた方が良いと言った(※3166話参照)。岸まで降りて、あの柱に押し込む形で。火柱を押すことになるかも知れんが、お前は入らず」
「了解だ。こいつを出て行かせよう」
トゥは、これで最後と速度を上げる。火柱までの距離は、物の数秒。だが、タンクラッドには馬車歌が再生されるに充分な時間で、ドルドレンの声が、12番歌が脳裏に繰り返された。
【傷ましくも鍛うる愛に挑む、潰れた目よ。真理を選んだ乞う需め、幾重の壁を打ち破りて、果てなき段を踏み崩し、塵まつわる前に克ち給う。化身は現身を埋めて立ち、見えない糸で虚空の瞼を縫い上げて、己が影に背を向ける。
根元双つに戻る影。一つところに火が燃える。門を敢えて押し流し、赴く翼は岸へ引く。長き鎖を断ち切る腕よ、宝玉より秀でし隻眼を掲げ、善い神の歌より先に造化を駆れ。道化は照らされ、夜は経巡る時を避け、献ずる。霊魂は本源の潮に混じり、渝る姿で無為に繋き留まろう。】
「終わりだ」 「終わらせろ」
銀のダルナと、時の剣を持つ男が揃えた終了の声。頭を噛まれたザハージャングの首がもげそうな割れ方を見せ、これを炎に押し付けたトゥは身を反転、翼の先で奇獣を引っ叩いた。
舐める炎に、僅かすら我が身を触れさせず―― 目を見開いた両翼の翼は、因縁の奇獣を炎の奥へ、三本柱へ送りつける、が。離れた途端、ザハージャングは空を掻いて逃げ出した。
そう簡単じゃないかと、どちらともなく呟いた一秒。トゥが四つの目を見開いた驚きが続く。
「タンクラッド!」
飛び降りたタンクラッドが、ザハージャングの擡げた首を剣で切り払う。
千切れかけていた一本を、金色の剣が切り落とした時、落下するタンクラッドの剣が石を放り、それは体に残るもう一本の首へ飛び、空洞の眼へ嵌った。
見届けた、落ちるタンクラッド・・・を、トゥが急いで尾で巻きつける。片目を得て咆哮を上げた棘の龍に、タンクラッドは体を捻じって、時の剣を目一杯の力で投げた。
ハッと目を瞠ったトゥ。金色の剣の柄が二頭の龍の頭に変わり、一本の首を伸ばしたザハージャングに突き刺さる。タンクラッドの剣は、棘の龍へ刺さり、切り裂き、そこに物体など存在しないかのように、反対側へ飛び抜けた。奇獣は二つに分かれた体がそれぞれ離れ―――
「押し込め!門を」
「そうするか」
主を尾に巻き付けたまま、怒鳴られた命令に頷くトゥが瞬間移動で距離を短縮。一秒あれば失敗する交代の瞬間を、受け取る気はなかった。
ザハージャングの真ん前に出るや、再び炎へ突っ込む。しかし、今度は自分も入る勢いで、一か八かの賭けに出た。火柱は天を焼く勢いで燃え盛り、合間の空洞へ銀色のダルナと龍は転がり込む。翼を打ち付けた風圧は、火柱も一緒に押し流し、炎の口で熱と奇妙な振動を受けるタンクラッドは焦った。
だが、これが正解――― 赤い炎の奥で白熱した三本柱の内側に、棘の龍が入った一瞬。
キラッと光った細い何かがすっ飛び、トゥはザハージャングを放して急いで外へ出る。すっ飛んだ光は火柱の外で弧を描き、トゥはそれを翼の先で引っ掛けて戻した。
黄金の輝きを放つ、時の剣。回転しながら、見上げて腕を伸ばすタンクラッドの手に、しっかりと掴まれる。
「トゥ」
「完了」
剣を握ったタンクラッドが振り向いた、火柱。川の上で、火柱は開いた口を空に向けて倒れ、ザハージャングは出ず・・・ 終わった!と思いきや。
『双頭のダルナに問う』
火柱は急流の川へ流れ、霧が増した周囲に厳かな響きが渡る。今度は何だ、とトゥがぼやいた。
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