3207. 『黒い呑み込む扉』問答と・リオラヌの未練
☆前回までの流れ
イーアンから心臓を受け取った獅子。イーアンは『原初の悪』に捕らわれましたが、獅子は託された心臓を占術師メーヴェへ渡し、役目を完了。リオラヌの霊によって歩行可能になったメーヴェは、三つの供物と共に、嵐に取り残されます。今回は、嵐のメーヴェから始まります。
※申し訳ないのですが、次回はもう数日後に投稿します。できるだけ急ぎますので、どうぞよろしくお願いいたします。
メーヴェが三つの供物を受け取り、嵐が増す夜。沖に現れた、大きな陸の影。
降り注ぐ豪雨を、火花のように輝かせる雷がそこかしこに落ち、落雷と風と雨と波のぶつかる音しか聞こえない。海に飛び込む雷が、この世の終わりの風景を見せ、メーヴェの足は慄きすくむ。
吹き飛ばされそうな風に押される。
磯は水が引っ切り無しで、足首は水の下。供物を抱えるのが精一杯で、髪は顔に貼りつき、毛皮は水を吸って重く、顔を上げても雨で視界が阻まれ、どこから浜に下りるのか見分けられずに焦りが増した。
大荒れの海に落ちた雷の一つが突如、海に炎を上げる。炎は、猛る波に持ち上げられ、風に飛ばされ、躍る炎が道を渡すように磯へ伸びた。
それは一瞬の出来事だったが、炎が走ったと同時、波を高くした海がべしゃりと凹んで、炎は消える。
目に焼き付いた、燃えた海の現象。有り得ないことに、驚きと始まりを感じる。
この時、なぜか頭の奥で『ナーブヤム』と不思議な言葉が聞こえたが・・・ 考える余裕もないメーヴェを止めることはなかった。
―――確か、炎の後で道が出るはず・・・!それに間に合わなければいけない!
『大いなる力』が見せてくれた場面を辿っている(※3195話参照)。驚きっぱなしだが、ここで私が死ぬことは無いはずと、恐れを押しやり、水に取られる足を急がせる。
占いで見た風景は、これほど荒れていなかった。現実は、私を殺す勢いで異常気象が襲いかかる。
両腕で抱きしめる三つの供物が、濡れて滑りかけるのを押さえ、体を傷つけないよう気にし、足首をさらう水流をよろめきながら進む。
稲光は狂ったように空を叩き、黒い雲は流れているのに途切れない。武器のような、横殴りの雨が体を打ち、どこから降りるのかも判別利かない足元の先、雷の強烈な光で、水流が傾く斜面を見た。
もう、見えているものが現実なのか、嘘なのか。全部が現実でも全てが嘘ではないかと、頭がおかしくなりそうな状況に、たった一人でメーヴェは立ち向かう。
斜面を降りるにも、川の堰が崩壊したくらいの勢いで水が流れ続けており、転ぶどころでは済まない気がした。だが、斜面から目を上げると、高波は背が無くなり、海面の一部に稲光を受けて金色に輝く道が・・・
現れた!あれだ! 両腕の塞がるメーヴェは、肩を当てて目元を拭き、真っ暗な嵐に雷で現れた金の道を見据える。
何もかもが激しく動く危険の最中、金の道は一本の剣の如く。波にも影響されずに、海の先へ伸びていた。先端に待つのは・・・ 雨で見えないが、水の落ちる斜面に足をつけ、一歩ごと慎重に降り始める。ずるっと滑っては慌てる。生きた心地がしない。溢れる水に混じった小石や砂が、足を擦って流れた。
それでもどうにか、磯を回って斜面から浜へ着く。砂浜だったところは波を被って水浸しだが、磯へ上がる斜面沿いは、波が引くたびに足元が見える。メーヴェは、金色の道が消えては大変と、磯沿いの浜を進む。
何度も波が押し寄せ、何度も足元の砂ごと連れて行かれかけるものの・・・なぜか、踏ん張りが利いた。リオラヌの力かも!と感謝し、金の敷かれたすぐ側へ辿り着いた時、ここで腰丈の波を被る。
波の量と勢いで手が緩み、腰まで被った波は心臓の袋を引き抜いた。『あ!』と叫んで、引く波に手を伸ばし、間一髪で掴んだものの、水の引き戻しに体が倒れた。
だが、波は引いた不幸中の幸い、溺れずに済み、急いで立ち上がる。目前にした、金色の道へようやく・・・波打ち際の金に、足を乗せた。
ホッとした瞬間。両側は荒れる海。雷も雨風も変わらないのに、金の剣はメーヴェを尊重するように穏やかで、メーヴェは『ここは私が歩くべきだ』とはっきり悟る。一歩、二歩、と進み、不意に後ろが気になり、振り返ってギョッとした。
「い、いつ」
いつの間にか、ずらっと人間が並んでいる。ほとんど男で、嵐の雨に打たれながらも、まとまって順番を待つような。真後ろではないがすぐそこなので、声をかけた方が良いかと思ったがやめた。彼らは勝手についてくる。そう感じた。彼らも異世界へ行く、生き残りなんだと思い出す。
抱きかかえる供物を、奪いに来る気配もない。腕の供物を見下ろすと、血が見えた。傷が開いたのかもしれない。供物が汚れてはいけないので、片手に持ち、あいた片手で腹を押さえる。痛みがないのは、興奮状態で麻痺しているのかも知れない。
肩で息をし、足を引きずり、沖近くまで伸びる一本道を進む。肩越しに背後を見ると、やはり彼らもついてきており、しかし誰も話しかけたりはなかった。
ここまで来たんだ・・・ カリヤ、見えてる?
話しかけてもカリヤは答えない。どうしたのか心配になるが、自分も疲労の極地で、意識を保つにいっぱいいっぱい。
次に、ニアバートゥテを思う。来ましたよ―― ここから報告しても、彼には届かない。分かっているけど、見せてあげたくなった。馬の頭でも、作り物のような体でも、ニアバートゥテを想う気持ちがある。
不意に涙が出て、ごくりと唾を飲んだメーヴェは、冷えて砂まみれの顔を手で拭う。泣く場面ではない。でも、彼と離れたことを悲しく感じてしまう。それを振り払うように、ぎゅっと目を拭いた。
血の匂いがして、手を見る。血が・・・べったりと手の平を赤く染めていて、視線を腹に移すと、毛皮の合わせは血が大量に付いていた。
金色の道は、下から照らす。神々しさに満ちた剣の道を、上から落とされる雷がさらに眩く輝かせ、ふらつく女の足を目的地へ呼ぶ。
到着する前から見えていたのは、天井のない柱と床の神殿・・・
不思議だが、磯の上から見た大きな陸地は、この神殿の向こうに見えない。ただ、そんなことはもう気にならない。
向かい合う神殿は厳かで開放的に見える。自由を与えるそこにメーヴェは近づき、三段の階段を上がった。低い床は濡れておらず、柔らかく光に照らされて暖かみさえ感じる。正面には、人の背丈くらいの燭台が二つ並び、燭台の合間に、蝋燭と火打石が揃っていた。
目が留まった蝋燭には火が付いていない。これに火をつけるのかしら?
メーヴェは片手に供物を持つので、足元に供物を置くべきか、少し考える。集まった大勢は、階段下からこちらへ来ない。話し声もしないが、何人かは落ち着きを欠いているようだった。ここまで来て、気が変わったり、恐れたりしているのかもしれない。
急いだ方が良いと思ったところで、激しい波の当たる音が聞こえ、燭台を挟んだ背景の海に、光を伴う扉が現れた。
『蝋燭に火をつけろ。供物は近くに置け』
目を瞠るメーヴェに、リオラヌの声が届く。ハッとして頷き、言われたとおりに供物を下へ置いて、メーヴェは蝋燭を燭台に立てて火打石を使い、蝋燭に火をつけた。黒い蝋燭は樹皮で覆われ、すぐに火がつく。左右に火を灯すと、光を放つ扉が僅かに動いた。
後ろで誰かが叫び、メーヴェは振り返る。階段下にいた数人が突然走り出して、浜へ戻ろうとしたが、彼らは落雷に当たって倒れた(※2978話参照)。どきっとしたメーヴェは怯えるが。
『お前は誰か』
驚いている暇はない。サッと振り返った女に、光を放つ『黒い扉』が話しかけた。
*****
光の輪郭に、真っ黒な影を作る扉が隙間を見せる。隙間は更に白々と光を湛え、対照的な扉によって、続く異世界を強調していた。
扉から声が響く。はっきりと、何にも遮られない通る声は、訪問者に尋ねた。メーヴェは燭台の間に立ち、供物を両手に持つと、息を大きく吸い込んで返答。
「わ、私は。名を、メーヴェといいます。三つの供物を持ってきました」
扉は次の質問をする。持参した供物に確認をされると思っていたメーヴェは、持ったまま応じる。
『ここへ来たからには、高き知恵を携えているだろう。それをどうするつもりか』
「違う世界で知恵を使い、良い道を造ろうと思います」
そんなふうに考えたことがない。でも、どうすると聞かれたら、無難なのは別の世界で知恵を使って、誰かの役に立つことだろう。この答えはすんなり出てきた。ただ真意か情熱かと、問われると微妙。扉は、そこを突く。
『お前が率いる者たちは、同じ志の元で集ったのか』
「私はそのつもりで来ました。彼らも高い知恵を持つので、同じだと思います」
『正しく使われる知恵は世界を築き、多くの命を守るが、深慮のない知恵は滅びを招く』
ちょっと答えがまずかったかと、扉の声にメーヴェは焦る。供物があっても、閉ざされる可能性がちらついた。扉の言い方は、意見と注意を孕んでおり、メーヴェはすぐに切り替える。
「私たちの持つ知恵は、ご存じと思いますが、遠い場所から齎されました。知恵を育んだ世界を経て届いたのです。知恵を持つ体は一つに収まり、今また新たな世界へ知恵を運ぶ自覚は、誰しもが持っています。
これまでの世界で磨いた知恵と、新しく受け取った知恵の二つを携え、私たちは良く生きる道を選びます。それが出来ない者は、扉を越えないのです」
何かが突き動かすように、メーヴェは喋る。カリヤでもないし、自分自身の考えということもないが、天啓のようにつらつら返事をする舌に任せた。扉は問答に余念も余白もない。すぐに次の問が来る。
『それでは、集う知恵を持つ者たちの代表をお前として、なぜ供物を運ぶのかを問う』
「え」
『三つの供物を持つお前は、違う世界で知恵を良く活かすと言う。供物はその証拠であろう。その足と共に、違う世界へ運ぶのはなぜか』
一瞬、頭が真っ白になったが。瀬戸際の問答は、疲れ切った思考から生粋の返答を浮上させる。両手に持つ供物へ目を落とす・・・黒く脆そうな、願いを叶える剣。旧教の、死霊と生者を分かつ鉈。そして、伝説の王の心臓。三つの共通点は。
「供物は、この世界にもう不要なものです。この世界での役目を果たしたので、次へ行くのです。私たちも同じ」
考えたのは2秒だった。考えるのをやめたすぐ、迷うより早く言葉が滑り出した。口に出してから、後付けで意味を思いつく。
それもそうだ・・・この三つは古来から存在していた。今、人間が入れ替わる時期に、これまで人々を支えた伝説の品は、ここで役目を降りるのだ―― 合点がいく後付けに、メーヴェは自分を小賢しいと思うどころか、これが正解だと感じ取った。
『そのとおりだ。知恵高き者よ』
扉の肯定が戻り、ホッとした途端、扉は少し隙間を広げる。溢れる眩さが照らし、その先に満ちる希望を無言で教える・・・ 真っ白な澄んだ光に、少し見惚れたが。
『それでは――― 』
黒い扉は、次の質問を投げる。メーヴェと黒い扉は、フーレソロのまま問答を続け(※2978話参照)、メーヴェは自分ではないような、立て板に水状態で返事を出す。その自分に驚きつつ学びつつ、扉の隙間が少しずつ開く感動に酔った。
*****
無駄な時間はない、とばかり。
リオラヌの霊は、メーヴェの内側にいるものでもなく、彼女の背後で観客状態。そして、冷静に問答を判断していた。
順調だ。メーヴェがこんなに賢い返事をするとは思わなかった。もう少し抜けた女の印象だったが・・・ ちらっと、リオラヌは頭上へ視線をやる。嵐の雲が張り巡らされた劇的な舞台だが、その奥が見える。渦巻く巨大なあれは何だ?
それと、と階段下の連中を肩越しに見やり、首を傾げた。この馬鹿共、どこから来たんだか・・・
霊のリオラヌにとって、既に死んだ自分では、目の前がどれほど変化に富んでいても、何一つ食指を動かす魅力もない。
ただ傍観し、眺め、メーヴェがしくじる前に止めるだけ。
黒い扉との話は、確かに旧教の予言書にその件がある。粗方、覚えていて良かったが、メーヴェは宗教も大して知らなかったらしい。このやり取りが終わる頃には、異世界行き決定。後ろの破落戸諸共、厄介払いということだ。
無き片腕の、在った場所を見る。霊体でも、腕の幻影が戻されることはなかった。メーヴェの返答『この世界に不要』の響きが、あの鉈によって腕を失ったリオラヌには皮肉で刻まれる。
死霊の鉈は、死霊の長が取り返すもんでもないんだなと。あれはメーヴェが答えたように、もうこの世界で使えない判断なのか。別の世界へ行ったら、死の扱いも変わると言われたばかり・・・
つまり、鉈も。下手したら、そこらの草刈り鉈に落ち着くわけで。俺の腕を落としておいて。
組む腕もなく、かつて魔法使いだった霊は、残った腕を胴体に軽く巻き付け、見苦しい毛皮の女のやり取りを聞きながら、先ほどの海面炎上に気持ちが向いた。
あれは、ナーブヤムの樹じゃないのか。あいつが海にいるのは、伝わる。距離はよく分からんが、ナーブヤムの樹なら、雷を食らって焼ける実体も出せるだろう・・・・・
何してんだ、ナーブヤム。
思い出すと、空虚のような心を感じる。あいつの顔の残影が、目の裏に焼き付いて、離れて行かない。
あの男がどこでどうしているかなど、この期に及んでどうでも良いのに。ヨライデから離れたなら、そのまま離れておけよ、とも掠った。
ナーブヤムの無事を思う自分に、少し呆れる。
そして、サブパメントゥに約束引き換えで告げた『海の水』も、今やどうでもよいものに。死ぬくらいなら、交渉などするんじゃなかった。
リオラヌは空の大渦を見上げて、自分が離れていく世界への郷愁を重ね・・・つまらない無念も、そこへ吸い上げて消してくれるよう願う。
こうして、リオラヌが見守るメーヴェの問答の時間は、とうとう最後の質問を終えて。
『開いた』メーヴェの感動する声が、大きく開いた扉の奥へ吸い込まれる。
お読みいただきありがとうございます。
すぐに再開したかったのですが、ストックが追い付かなくて(;´Д`)もう数日おやすみします。
入院中に書くつもりが、術後は麻酔で一日もうろうとして、続く日々は一時間ごとに看護士さんが来て、それで今日退院したもので、何も書けてないのです(;´Д`)~
ストック切れは、物語に大きく影響しかねないので、とりあえずストックを頑張って書いて用意して、それから投稿再開しようと思います。こんなことでごめんなさい。
意識は飛びがちでも、フレッシュな傷が4つあって痛みで気も戻りますため(いいのかどうか)頑張ります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
見放さずに読んで下さる皆さんに、いつも心から感謝して。
Ichen.




