3205. ファタスの責苦・中間の地決戦 ~①両者入場・女龍から心臓を
妙な呻きで止まった化け物が、体を折って床に倒れる。
銀の矢を食らっても崩れなかったエハリディオだが、逃げては現れて攻撃され、と繰り返した挙句、頭と胸に銀の矢が刺さった時、ついに倒れて・・・
え? 不審に思ったのは、攻撃した方のフォラヴ。
さっき、山ほど刺さっていただろう、と不自然なエハリディオの卒倒に、眉根を寄せた。なぜ、今。
倒してはいけないことを、前世の記憶から気を付けていただけにフォラヴは少し動揺し、そこへ後ろからミレイオの叫ぶ声が被る。
「まずいわ!」
ミレイオは『死んだらバレるのよ』と続け、振り返った妖精の騎士は、ミレイオの凝視とエハリディオを交互に見て『どういうことです』と聞き返す。
「あいつが死ぬと王にバレるの!『心臓が無くなった』こと」
心臓が無くなる?イーアンが心臓を棺から出したという意味?
目を見開く妖精の騎士は、同時に察する。これが訪れた『機会』かと、血の気が引いた。守り番はおかしな震え方を見せ、問答無用に『終了』寸前。どうする―――
これ、か。
瞼を強く閉じる。無念、悔しさを思ったのも一秒足らず。次の行動は、ミレイオたちの予想外だった。
「フォラヴ!」
意を決した透明の妖精は、絶えかける化け物に飛び、大きく広げた白い翼で化け物を覆った。次の一秒で、フォラヴの体はバサッと落ちる。
凍り付くミレイオとルオロフ。ルオロフの手が剣を握りしめ、落ちた妖精の体を退かして起き上がったエハリディオへ切っ先を向けた。
「こ、この化け物!」
怒りがこみ上げた貴族は、剣をエハリディオに突き立てんと走り出したが、ミレイオが慌ててその胴を掴む。ハッとして『何を!』と怒鳴った貴族に、ミレイオは『フォラヴだわ!』と化け物を示した。
「フォラヴは死んで・・・!」
「見て!見なさい!」
怒鳴り合う暇なんか―― フォラヴを振り向く、薄緑の瞳に映ったのは。
「ぬ。まさか、なぜ」
両腕を失くしたエハリディオが、妖精の白い翼をゆっくりと片足で押す。杜撰な動きではなく、注意深く翼を気遣い、濁った一つ目を二人に向けた。
『グ、グォ、オフ』
「喋った。あんたのこと?じゃない?」
『ェ・・・イオ』
「私の、名を。フォラヴよ、やっぱり・・・!」
伝えようとする化け物。発音が壊れているが、口や顎を矢で貫かれたのもあるのか。元々喋るものではないからか。
妖精をずらして起き上がった醜い顔を向け、エハリディオは理解を求めるように胴体を揺らし、ルオロフは恐れと醜さに引きつる。だがミレイオは、何が起きたか分からなくても、フォラヴが移ったのだろうと確信した。
「フォラヴよ、あの子の温度がある」
「温度?それだけでは」
「エハリディオに、温度はなかった。フォラヴが移った・・・んだと思う」
「死、死なせないために?」
慄くルオロフは、ミレイオの苦しそうな表情から、そろりと視線を背後に戻す。
エハリディオは襲ってこない。白い両翼を広げた妖精の俯せる光景が、エハリディオを生かすためとは、なんと惨い・・・
「では、どうしたら。これでは」
「フォラヴが止めたと思えるけれど、どうしたらいいかは」
エハリディオの死と、計画の遂行を天秤にかけることなく、一瞬で選択したフォラヴ。その体は死んだのか。エハリディオは上半身を起こしたものの、そこから動かない。
どうするべきかと、二人が見つめて考える、動かない化け物と倒れた妖精。
ルオロフは『大体、なぜこんな事態に』とか『バレるなど、なぜにミレイオがご存じなのです』とか、慌ただしく問い始める。フォラヴが飛び込んで即死を選んだ様子も、ルオロフは何が何だか。
答えようにも矢継ぎ早に『フォラヴが死んだ』ことで焦る貴族に、『落ち着いて』と宥めるミレイオは・・・ふと、気付く。『あれは?』呟いた先、フォラヴの翼の下にある物に目が留まった。
妖精の姿は、衣服も荷物もないのに、なぜか翼の下に小さな面の横顔、一つ。
「仮面?」
ミレイオが呟き、ルオロフは目を細めて『そうみたいですが、何なんだこの状態は』と、意味の分からない危険な状況に悪態じみた。動転しているわけではないが、ルオロフはフォラヴの死が強い衝撃で、受け入れたくない。そのために落ち着きを欠いて、さっとエハリディオの方へ歩き出す。
「ちょ、駄目よ!ルオロフ」
「え、でも」
「まだ・・・ あ」
乗り移ったとして状態は分からない。勝手に行動する貴族を止めた時、一つ目の化け物は二人が見ていた仮面へ足を出した。おい!とルオロフが駆け出した二歩で、エハリディオが仮面に触れる。
凝視した二人。触れた途端、仮面から冑をつけた女が現れ、エハリディオにしゃがみ込んだ。
その女の冑は、アイエラダハッドの古い装備。ハッとしたルオロフが後ずさり、彼の肩をミレイオが引っ張り戻した。『もう!』小声で叱ったミレイオにルオロフは瞬きして、謝る。
精霊色の光をまとう女は、妖精と化け物に何かを伝えているらしく、息を呑んで見守る二人は次の展開を待った。
狼男だったルオロフは思い出せなかったが、ミレイオは覚えているし、思い出した。
精霊の祭殿でフォラヴが受け取った精霊の仮面を。そして、自分を死に際でつないでくれた、精霊シーリャのことを。
*****
イーアンが、心臓を持って城を出た後。
ドルドレンは城門を潜り、朽ちた扉の先へ進む。
手前でポルトカリフディグと別れ、ここへ歩くうちに背後も左右も景色が変わった。今は、禍々しい城門前。
地面に埋まった古い木枠を跨ぐと、前の風景に雷が落ちた。城門の先は、垂直に立ち上がった巨大な渦だったはずが、渦は解け、大地は草一本ない黒々した岩に変わり、嵐に巻かれる絶海の孤島が、門の先に現れた。
しっかりと見据えて、ドルドレンは盾の握りに力を籠め、剣の柄を掴む手に誓う。
バッと吹き込んだ暴風と波飛沫が、勝負の合図のようにドルドレンを打ち、崖の先端からは、海を挟んだ孤島へ続く、平たい石が浮かび始めた。
ドルドレンは石をじっと見て、踏んだ途端に落ちやしないだろうなと怪しむ。嵐は勢いを増し、クロークは忙しくバタつき、鎧のない頭は、岩に叩き付ける荒波の飛沫を受ける。じっと立っていても濡れるだけかと考え、点々と浮かぶ平石へ・・・足を置いた。
もし落ちても、盾がある。盾がなかったらどうしたものだかと、足の感触を確かめて次の一歩を進める。勇者の疑いをよそに、踏まれる石は消えるどころか、沈み込むこともなく、真下に大地でも敷くように安定していた。
嵐の海。風。雨のような波飛沫、轟音、落雷、稲光。まさに思い描いたとおりの舞台。
これで決定するにしても、ドルドレンの心は決まっており、落ち着いていた。頭部を濡らす飛沫は冷たいが、首から下は鎧で覆われ、吹きすさぶ暴風に押されもしない。防具が自分を守っているのが伝わる。
平たい石は黒っぽい灰色混じりの粗い石で、滑る感じもなく、両足を揃えたくらいの大きさ。出発地点で海面から数m上だったが、孤島はそびえて高さがあり、石も斜めに上がって列をなす。階段よりも緩やかだが、時折、石と石の間隔が遠いところは気を付けて跳んだ。
足場がわずかでも。荒れ狂う自然を進んでいても。
そびえる孤島、黒々とした城を見据えた灰色の瞳には、何の恐れもなかった。
*****
勇者が異時空へ近づくまでの間で・・・オリチェルザムもそれなりに準備は整えた。今回で最後となれば当然だが、高を括るところもあり。
古の精霊(※『原初の悪』)は、ヨライデで魔物が少ないためにか、大して動きはなかったが、旅の仲間を翻弄し続けた。ギリギリまで女龍イーアンに付きまとった様子。
旅の仲間は、離れていた者が戻った。『精霊の鍵(※フォラヴ)』と『龍の目(※ザッカリア)』が。だが、あの子供・・・死んだのではなかったか。戻っても動く気がないのは、力が失われたとも考えられる。
しかし『精霊の鍵』妖精は動いた。
もう一人の妖精(※センダラ)はどこかへ雲隠れし、『精霊の鍵』はあの島へ―― どこかで『心臓の話』でも得たのだろうが、島にはない。少し前も、妖精二人で狙ったようだった(※3179話参照)。
番人を倒したら、報せは来る。
仮に倒さず、城の心臓に辿り着いたとして。心臓を掴むまで至っても・・・まず無理だが。その場合も、報せは届く。何かあれば、番人と『あの目』が、俺の目に重なる。
島で番人が倒されたら、城を強化するだけの話。心臓は、あれらの手に落ちない。
『大地の魔法使い(※シャンガマック)』は、時の剣を持つ男と、こっちも連れをつけて(※オーリン)どこぞへ潜んだ。この時期、魔物の解放口へ入り込む道が開く。
何かしら、記録でも集めて知ったか。大方、そこへ向かったのだろう。
勇者は近くへ移動。こいつが一番、離れるのは早かったな。精霊付きも手前まで。
女龍の動きは、よくわからない・・・ あちこちへ飛んでいるが、どこに落ち着くこともない。面倒であれ、『古の精霊(※原初の悪)』が執着しているから与えておく。
獅子(※ホーミット)とコルステインも、少し前からいなくなった。別の国で初期サブパメントゥが騒いだのを止めている。
アイエラダハッド解放の、鬱陶しい異界の精霊も引っ込んだ。
『迎えよう、勇者。どの時代にもいたお前と最後の戦いだ。この戦いに、邪魔は入らない』
オリチェルザムは、自分の居場所に近い、もう一つのヨライデ城を見る。かつての王が今もなお、干からびた躯に存在を保つのも、ここまでと。
俺が勝つことで、ヨライデの王は再び生きた肉体を得る。それは、中間の地が俺の世界に変わる時。
猛威を増す嵐の外に、勇者来場を感じ取る。
オリチェルザムは壁をすり抜け、時の止まった城を抜けて表に足を出すと、平たい石が現れて支えた。
迎えでもないが・・・ あの強い、気配。憎たらしい、あの目。見上げた勇者を、見下ろす。いよいよ―――
*****
イーアンは心臓の入った袋を持って、夜の外、獅子を探して飛ぶ・・・
勇敢で最後まで意志を貫いたオリエランに感謝しつつ、馬車歌7番歌を考えていた。
―――『石の塔で、寝かされた最後の宝』ヨライデ王は死んでおらず、『巨魁の拳』つまりオリチェルザムの管理下。『呪う血を砕く曲者』は忍び込んだ私。
確か、曲者が入ると『巨魁』を怒らせて、『消え失せかねん赤い金』と続いた。オリチェルザムを怒らせ・・・気づかせてしまい、心臓は消えると。
でも、消えてしまうとも限らない。
続く歌詞に、血なり心臓なり、精霊が止める印象が。『黄金の霞が預かる』から。それは精霊が止めると解釈できて(※3066話参照)―――
精霊。サミヘニが関与したのかな。
急ぎつつ、獅子の気配に集中して低空飛行する女龍は、キョロキョロしながら、オリエランの話した精霊の関与の意味を推測する。
もし。サミヘニではなくても良い精霊が関わったなら、『血を止める』は実行されたのかもしれない。
『こっちへ』
馬車歌と重ねて考えていた頭に、獅子の声が飛び込む。ハッとしてすぐさま急降下した斜め前。木々の密集する影に、獅子が出た。
碧の両眼は宝石のようにキラッと光り、降りてきた女龍に獅子は口を開け、跳躍する。その行為、早くよこせと感じ、急いで袋を投げた。跳躍の獅子の口に、飛び込む袋。獅子は袋の紐を咥え、すぐさま地上の影へ降りる。
「ホーミット、頼みます」
急いだ一言。サッと振りむいた金茶の獅子。目が合ったかどうか。その一瞬で獅子は闇に溶け、イーアンは腕を引かれた。
「あ!」
『女龍。とうとう、手を出したな』
高笑いした口が、火花を飛ばす。腕を掴んだ青鈍色の手。群青の僧服はフードを背に垂れ、黒い捻じれ角がぎらついた。
『うまい具合に盗んだもんだ!全部見ていたぞ?』
あの視線、あの感じ、あれは、と女龍は今気づく(※3202話参照)。『原初の悪』――― 凝視したイーアンが、名を声にするより早く。
女龍は、古の精霊と共に、夜の空から消えた。
*****
同じ頃、東の山脈地下迷宮でも、舟が動き出す。少し前に、船頭の若者が気付いて、4人を舟に乗せた。舟は幅が狭く、縦一列に座る。
川幅も1mほどだが、浅く見えて水深はあるのか。若者が艫に立ち、棹を突くと、舟はゆっくり静かに流れに沿い始めた。
左右の川辺はとても近いが、よく当たらないものだとオーリンは思う。それをちょっと呟くと、タンクラッドが『お前はいつも気楽だ』と苦笑した。
「気楽でもないだろ、思ったこと言っただけで」
「そうだな」
往なされて、何となく気分が悪いオーリンだが。タンクラッドもシャンガマックも、『舟が動いたということは』あと少しで戦いの場に入る緊迫に深呼吸する。
一番前に座ったのはセンダラで、彼女はなぜか、舟に乗る数分前に姿を変えた。といっても・・・ 浅葱色の起毛布に、白金色の刺繍が施された『僧服』を羽織っただけだが。
誰も聞けなかったけれど――― 船頭の若者が口にした、『妖精は僧侶の格好だった』ことに関係している気がした。
舟は森の緑色を抜け、洞窟へ入る。
お読みいただきありがとうございます。




