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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台開始
3204/3222

3204. 導きの秘話・壁の目・『棺の心臓』

 

 血を入れた壺。王族の身体を切るためのナイフ―――


 真っ暗な夜に、廃城の外付け階段を降りるイーアンは、思いもよらない展開続きで困惑していた。



『血が流れる壁を見た』とザッカリアは言ったが・・・確かに『壁』の類ではあれ、普通の壁の想像とは異なった。

 イメージは、上からザーッと滝のように血が流れる壁だったが、実際は椅子の幅より広めの壁で、裏に回って、ナイフを突き立てねば血は出なかった。出ても、トロトロと少ない量だし。


 その前に、血を受ける壺や、特別なナイフを使うことも想像外。城でいくら動き回ったとしても、一人では決して『血』まで辿り着けなかった。


 さらに、王の間へ偶然入ったとして、ミイラから『血が出る』とも思えない。まして、ヨライデ王かどうかも定かじゃない、誰かのミイラで良いとは―――



『そのことだが』


 外付け階段を降り、壺裏の壁まで来てオリエランが話しかける。

 彼は今、イーアンの左肩に乗っており、顔を向けると目が合った。壁を抜けるよう指差したので、まずは壁を通過。壺のあった階段横から、広間へ進む。


『この呪われた時間を終わらせに来る誰かのため、私は必ず手を貸そうと思っていた』


 手伝う前提だから、あらゆる疑問は気にするな、という解答。


『・・・ええ。あの、ただ。ヘズロンや文献に遺った情報で、ヨ(・)ラ(・)イ(・)デ(・)王(・)の(・)血(・)がいるのだとばかり思っていたので』


『そ(・)れ(・)も、ヨライデ王の血には違いないのだ』


 オリエランは、女龍の手にある壺を指差す。


『兄ではないが、保たれた王の遺体。国を栄えさせるも滅ぼすも、王が担うこと。兄が得た玉座は、王の生き様そのもので、玉座は王と同体で血を宿すのだ。

 各地に置いた情報は、意図的な食い違いもある。とにかく、城(ここ)へ来るのが大事であり、人違いかどうかは大きな問題でもない』


 オリエランの考えは、場合わせ的な印象もあるけれど、そういう感覚なのねとイーアンは理解する。王様と玉座の強い絆が重視で、独裁者の王その人ではなくても、責任は『王座』にあると。だから、この血で事足りる話。


 そして、『意図的な食い違い』。わざと少しずつ改竄したデータにしたのは、あちこちへ真実の情報をまき散らす方が危ないから・・・ 彼の意見に、イーアンは納得する。


 ここでも、ゲームに見立てしまう。

『正確なヒントを集めて謎解きに成功する』って、よく考えたら謎を掛けた相手にバレない保証がない。探す側だけに謎解き成功率があるわけじゃないのだ。


 現実は違ったと、しみじみ頷く。そりゃそうだ。国を揺るがし世界を惑わした、何百年跨いで三回も繰り返す謎に、主たる軸に触れるヨライデ王心臓の取り方なんて、本当のことを残せるわけがない・・・



 オリエランは『呪いの解き方を、拡散した』と話を続ける。


『私たちは各地へ行き、強大な悪を倒す者へ伝言を遺した。どうやら貴方もヘズロンにも行かれたようだが、あの都が二番目に伝言の多い地であった』


『二番目。一番目は』


『ア(・)ラ(・)フ(・)ィ(・)ー(・)ン(・)ツ(・)という、西の島である。ヨライデから船で行ける』


 最も多い情報を抱えた場所を素直に教えた弟に、イーアンは・・・沈(・)ん(・)だ(・)遺(・)跡(・)とは言えず、『私はそこへ行った』と答えた。


 オリエランは驚いて瞬きし『それではもう、完璧だな』と期待を込める。


 完璧かどうかは分からないが、彼の期待の意味は、狂った契約・オリチェルザムの倒し方のことと思うので、『一通り理解している』とイーアンは認め、彼は安心した。



『しかし、何であれ。まずはヨライデ城(ここ)に入らなければ意味がない。確実にここを通らねば、倒せないのだ。貴方が思い込んだことも含め、食い違いや曖昧さは然(・)る(・)べ(・)き(・)して施されている』


 そうですよねぇと呟いた女龍に、オリエランは『だからあの衝立にて、私は待っていた』と結んだが。イーアンは、ちょっと疑問が擡げて尋ねる。


『私が衝立奥の階段へ入ったのを、オリエランはご存じで』


『気づいたとは、言いにくい。空気が変わったように思った。それだけで。貴方が衝立に触れ、間近へ来たから私も見えた』


『あ、では。近くないと、分からなかったのですか』


『触れたからではないか?私には今も、うっすらと人間の女性に角があるとしか。秘めている力は相当と思うが』


 良かった、衝立に気づいて・・・ オリエランの言葉に、こ(・)れ(・)は(・)運(・)命(・)の巡り合わせと、胸を撫でおろすところ。


『それと、先ほどのことですが。名前を出さずにおいたけれど』


『ああ。あれか。その刃物の』


 何となく伏せながらのやり取り。頷く女龍に、オリエランが『私しか衝立にはいないと思うが、城の中で反応して現れる霊もあるだろう』と予測を伝えた。


『その刃物はとても貴重だ。生前よりも前から受け継がれるそれに、籠もる念もある』


『言われてみますと』


『過去へ行ったが、箱を隠していたのは、私の仲間だ』


 あ、と目を大きくした女龍に、『全て計画したこと』とオリエランは打ち明ける。過去へ通じる道や、血の取り方、ミイラは代々のヨライデ王であることなど・・・ザックリ1分程度でまとめて教えた。



 この順序は、死んでも死にきれなかったオリエランが、神託の間で交渉していた・・・ 

 神託?思わず、裏があるのではと―― 『原初の悪』などの ――勘ぐった女龍の目つきに、オリエランがすぐに首を横に振る。


『貴方が怪しむこともない。なぜなら、神の龍と近(・)し(・)い(・)精(・)霊(・)が教えてくれたのだ』


『龍と、近しい』


 問題ない、と微笑んだ男は、女龍の頭の上を見るように仰ぎ、『とても大きな精霊で、この世の何とも重ならない生き物の顔、豊かで美しい衣装だったのを覚えている』と言った。


 これでピンと来たのは、サミヘニ・・・まさか、と思いつつも、警戒が消えて安堵が押し寄せる。


 馬車歌7番歌の最後。『消え失せかねん赤い金~黄(・)金(・)の(・)霞(・)が預かりぬ』と結ばれていたのは、精霊のことでは?と推量したシャンガマックの言葉が掠めた。



 壁終わりを曲がって広間の扉が見え、打ち明け話も止まる。だが、イーアンは気になった彼の名にも、少し質問した。


『そういえば。アラフィーンツもですが。オリエランのお名前も、現在のヨライデ語とは違う響きに感じます。長い時の流れで、言葉は変わりますが』


『そうかも知れないな。どれほどの時間を経たのか。この名は、ヨライデ王国が建立する前に生きた、偉大な王の名を頂いた』



 旧教の原典『黒い星』の神話(※2597話参照)は、オリエランも知るところで、ヨライデ前の大国で起きた淘汰が、もう一回、世界の人間を審判に掛けると信じていた。


 人々が王の言葉を守らず、自滅に向かう武器の製造で滅びた、過去の大国。

 ヨライデが生まれる前の国で、民の狂いを最後まで止めた王が、最も尊敬される人物だったと言い継がれる。彼の名を頂いてその名に恥じないよう生きたと、オリエランは少し微笑んだ。


 イーアンはようやく、大国最後の王オリエラン・ケトルティク王を思い出し(※2597話参照)『あなたなら、ヨライデの王様にふさわしかったのに』と残念を伝えた。彼は苦笑して『神の龍に認められたか』と冗談めかし、広間へ入る。


 大きな一室なので、もう少しだけ時間はある。オリエランは、心臓を取ってどのように止(・)め(・)る(・)か(・)を最後に質問した。イーアンも簡潔に、旧教の『黒い星』と『黒い扉』の元へ運び、この世界から出すのだ、と教える。



『心臓を、この世界から外に?本当にそうなら』


『倒す意味とは少し違うのですが、それを実行するために、私が来ました』


『頼んだ。どれほどこの時を待ったか。さぁ、階段へ』


 降りて見つかりませんかと、心配で聞き返したイーアンに、オリエランが『問題ない』と言い切る。女龍が心配しているので『生きている者が入ればの話』と付け加えた。


『私も生きています』


『普通は肉体だ』


 あ、そこ。ハッとしたイーアンに、王の弟は少し笑い『生きていたら、守り人に気づかれてしまうから』と言った。


 ここで、肝心なことを言っていなかったと気づき、イーアンは急いで『守り人は仲間が、ファタスに引きつけているはず』と教える。オリエランが目を丸くし、早く言うように!と注意した。


『そんな大切なことを、これまで言わなかったのか』


『すみません、手はずを整えて分担したので、つい』


『分かった。聞けて良かった。それなら、すべきことが一つ減る・・・ では下りよう』


 いつもどこかで注意されるなぁと情けなく思いながら、イーアンは彼を信じて、いざ、階段を下る。



 下ってすぐに墓室があると思いきや、そうではなかった。

 通路が伸びており、今度こそ暗闇。隙間もない地下は、ほとんど見えないが、オリエランが道を覚えていて誘導した。


 急がず直進し、天井の石が出ている所を右へ曲がる。言われたとおり、天井の影に若干の差がある所で右を向くと、細い通路が二倍の幅になった。そこで海の匂いがし、海?と怪訝に感じる。


『王家は、水葬にする場合もある。王族でも選べる。通路の一つは、水葬の川に繋がる。川から海へ舟で運ぶ。石棺を望んだら、それは墓室に』


 二人の会話は意思でのやり取りだが、オリエランは説明して黙る。幅の広い通路が丁字に変わり、左へ行くと水葬の準備室。右へ行くとまた階段があり、その先に―――



『あ(・)る(・)のですね。先に、血(これ)の使い方を教えて頂けますか』


 もうすぐならと、片手の壺に教示を願う女龍。だが。


『いいや。私が使うように指示したら、イーアンはすぐに壺を傾けて』


 オリエランの緊張が伝わるけれど、その場任せでは・・・ 事前にどうするかくらい聞きたいのに、彼は進むよう前を指差し、イーアンも覚悟して受け入れた。失敗できないのにとは思うが、頑張るしかない。


 右へ進み、下へ続く20段ほどの階段を行くと、おかしな通路に出る。階段下は、横に通路が渡るが、左右共に行き止まり。よく見えなくても、行き止まりの壁は認識できる。


『オリエラン、ここもすり抜けるのですか』


『違う。左へ。そう、そこで』


 左へ進んで行き止まりと思ったら、隙間が右側にあった。上から見た図を想像したイーアンは、もしやと気づいた。


 一室を、ぐるりと囲む細い通路があるのでは。隙間の幅は40~50㎝。肉体持ちで通るには、華奢な体じゃないとギリギリかもしれない。オリエランの賢い目がサッと見て頷く。隙間に入って、次の角は右。


 右へ折れた十歩ほど先で、オリエランの片手が上がり、イーアンは止まる。もう、意思のやり取りもない。彼は指先を振って暗がりでも理解するよう教え、上へ浮かべと仕草で示した。


 そーっと浮上するイーアン。どこもかしこも暗く、海の匂いが儚く漂う地下通路。この部屋が墓室・・・?


 はっきり見えない状況で、浮かんだ5m上。ふと、微風を感じて止まった。天井と接する壁は、よく目を凝らすと、積み石一つ分が無い。指の尺で大まかに測り、丈が20㎝ちょっと、幅が30㎝以上と知る。


 天井に接する高さであるため、ここから中を覗くことは難しいが、壺を持つ左の肩に乗るオリエランが、トントンと腕を叩く感じで触れ―――



 ―――ここから、血を流し入れる?



 そう感じたイーアンを止めない。イーアンは急いで考える。ってことは、この壁の反対面に目の絵(あれ)があるの?壁を伝わせて血を流すだけで良いのか。


 やはりオリエランは反応せず、肩に乗る彼にせめて肯定をと思った瞬間、勝手に腕が上がった。あ!と焦るも、オリエランが女龍の左手をあげたと分かり、イーアンは合わせた。


 丈20㎝の穴に対し、壺は20㎝以上ある。傾けた途端に血が零れるだろう・・・から。


 石の厚みまでは測っていないけれど。ズッと手を伸ばし、急いで壺を押し出すイーアンは、こぼれかけた血を部屋に入るよう前へずらした。余計なところに掛かって、目的に掛からないなんて悲惨過ぎる。掛かっててくれ、と願う数秒間。


 実在の血と壺なら、周りの積み石に壺をこする音がするだろう。血が壺を出て、ゴポゴポ鳴る音もする。でも、音は一切なかった。掛かっていると思うが、確認のしようもない。軽くなることもない壺から、血が全て落ちたか分からないまま、十秒数えて、オリエランが肩を叩いたので腕を引っ込めた。


 オリエランはこちらを向いていて、今度は通路先へ腕を振る。頷いて大急ぎで狭い通路を進み、右に折れる角を回ったそこに、太い石柱が立ちはだかった。


 これこそ、邪魔。石柱は通路を阻み、左右の隙間は10㎝もない。ここでようやくオリエランが『抜けるんだ』と短い指示を出し、イーアンもこれをすり抜ける。

 すり抜けて見えたのは、数m先の同じ柱。左側は封じられたのか。塗り固めた壁。右側は大きな石の扉が嵌り、ここだとオリエランは教えた。


『入って大丈夫だろう。守り人は不在。血も掛けた。扉を開けることはない。なぜなら』


 その根拠へ、オリエランは視線を導く。扉左、人の膝下位置が崩れていた。これは?と覗き込んだ女龍に、『呪いの力が弱まった』とだけ伝え、オリエランは墓室へ急がせる。


 すり抜けて良いと分かれば、難なく。イーアンが中に入ってすぐに気づいたのは、薄っすらと明るさを持つ、壁の文字列。だが何の反応も起こさない。それは儚げに点滅していて、先ほど血を垂らした壁は正面に。壁に血がいくつも筋を引いており、描かれた大きな目の絵を縫い閉じるようだった。


 そして、側に石棺。

 床に貼りつけた棺に近寄り、蓋に書かれた言葉に眉根を寄せる。オリエランを見ると、厳めしい顔で蓋を睨みつけており、『留めはないから開けて良い』と言った。


『さすがに蓋をずらしたら、障りが』


『今なら問題ない。急いで・・・心臓の代わりに、その壺と刃物を』


 イーアンは空(から)の壺を足元に置き、石の蓋を持ち上げる。現在、空気の自分だが、龍気を操るに苦労はない。

 龍気を凝縮して開けた蓋。見えた棺の中には、ごろんと拳大の心臓が一つあるだけだった。



 何かに包まれるでもなく。ぞんざいな感じで、血管を切り取られた肉塊が、生々しい状態を維持しながらそこにある―――


『壺と刃物を、ここへ』


 オリエランの短い指示に、ごくっと唾を飲みこみ、片手で腰袋から布を引っ張り出す。持ち上げたままの蓋の隙から壺とナイフを入れ、心臓に布をかけ、布の上から鷲掴みにし、棺から心臓を取った。


 直接は触らない。ただ、布程度でどうになるものかとは思うが、心臓に変化はなく、取り出した部屋にも異常は起きなかった。蓋を戻し、心臓を布で包み、イーアンはサッと室内を見回して通路へ。


 反対側の壁近くに、潰れた腕のような影を見たが、あれはこ(・)こ(・)ま(・)で(・)辿(・)り(・)着(・)い(・)た(・)誰(・)か(・)のものか・・・


 長居無用の墓室をすり抜け、石の扉前に出たイーアンに、このまま外へとオリエランが合図。頷いた女龍は、床も天井も通過して広間へ出た。



『もう、行くのだろう?』


『ええ。オリエラン、有難うございました。これで本当に』


『頼んだ。別の世界へ捨てるなら、確実に果たしてほしい』


『勿論です。ご協力に本当に感謝します。あなたはそれでまた衝立に?』


 ちらっと見た金属の衝立。オリエランは女龍の肩から一歩足を出し、宙に止まって、姿を人の大きさに変える。豊かな装飾の衣装と、威厳のある面持ちの男性がイーアンを見つめ、『私はここまで』と目を閉じた。


 王の弟の声はそれきりで、彼は女龍が出て行くのを見届けることなく、薄れて消えた。



 あっさりと。あまりにも引き際が。絶対に勝ちますから!と心で叫んだイーアンは、心臓を持って城を出る。次は獅子へ―――



 *****



 そして、ファタス島でエハリディオが倒れた。

お読みいただきありがとうございます。

分かりにくかったと思うのですが、墓室周り最初のイメージ図があるので持ってきました。


挿絵(By みてみん)

棺や壁の文字列は描いていません。部屋幅・通路幅・長さもお話とかなり違いますけれど、曲がる角は、こんなイメージでした。

イーアンの動きが水色の線です。話の中では墓室はもっと大きく、通路幅も狭く長くありました。天井近くのブロック一つ分から血を入れ、突き当りの柱と墓室の扉をすり抜けました。

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