3204. 導きの秘話・壁の目・『棺の心臓』
血を入れた壺。王族の身体を切るためのナイフ―――
真っ暗な夜に、廃城の外付け階段を降りるイーアンは、思いもよらない展開続きで困惑していた。
『血が流れる壁を見た』とザッカリアは言ったが・・・確かに『壁』の類ではあれ、普通の壁の想像とは異なった。
イメージは、上からザーッと滝のように血が流れる壁だったが、実際は椅子の幅より広めの壁で、裏に回って、ナイフを突き立てねば血は出なかった。出ても、トロトロと少ない量だし。
その前に、血を受ける壺や、特別なナイフを使うことも想像外。城でいくら動き回ったとしても、一人では決して『血』まで辿り着けなかった。
さらに、王の間へ偶然入ったとして、ミイラから『血が出る』とも思えない。まして、ヨライデ王かどうかも定かじゃない、誰かのミイラで良いとは―――
『そのことだが』
外付け階段を降り、壺裏の壁まで来てオリエランが話しかける。
彼は今、イーアンの左肩に乗っており、顔を向けると目が合った。壁を抜けるよう指差したので、まずは壁を通過。壺のあった階段横から、広間へ進む。
『この呪われた時間を終わらせに来る誰かのため、私は必ず手を貸そうと思っていた』
手伝う前提だから、あらゆる疑問は気にするな、という解答。
『・・・ええ。あの、ただ。ヘズロンや文献に遺った情報で、ヨライデ王の血がいるのだとばかり思っていたので』
『それも、ヨライデ王の血には違いないのだ』
オリエランは、女龍の手にある壺を指差す。
『兄ではないが、保たれた王の遺体。国を栄えさせるも滅ぼすも、王が担うこと。兄が得た玉座は、王の生き様そのもので、玉座は王と同体で血を宿すのだ。
各地に置いた情報は、意図的な食い違いもある。とにかく、城へ来るのが大事であり、人違いかどうかは大きな問題でもない』
オリエランの考えは、場合わせ的な印象もあるけれど、そういう感覚なのねとイーアンは理解する。王様と玉座の強い絆が重視で、独裁者の王その人ではなくても、責任は『王座』にあると。だから、この血で事足りる話。
そして、『意図的な食い違い』。わざと少しずつ改竄したデータにしたのは、あちこちへ真実の情報をまき散らす方が危ないから・・・ 彼の意見に、イーアンは納得する。
ここでも、ゲームに見立てしまう。
『正確なヒントを集めて謎解きに成功する』って、よく考えたら謎を掛けた相手にバレない保証がない。探す側だけに謎解き成功率があるわけじゃないのだ。
現実は違ったと、しみじみ頷く。そりゃそうだ。国を揺るがし世界を惑わした、何百年跨いで三回も繰り返す謎に、主たる軸に触れるヨライデ王心臓の取り方なんて、本当のことを残せるわけがない・・・
オリエランは『呪いの解き方を、拡散した』と話を続ける。
『私たちは各地へ行き、強大な悪を倒す者へ伝言を遺した。どうやら貴方もヘズロンにも行かれたようだが、あの都が二番目に伝言の多い地であった』
『二番目。一番目は』
『アラフィーンツという、西の島である。ヨライデから船で行ける』
最も多い情報を抱えた場所を素直に教えた弟に、イーアンは・・・沈んだ遺跡とは言えず、『私はそこへ行った』と答えた。
オリエランは驚いて瞬きし『それではもう、完璧だな』と期待を込める。
完璧かどうかは分からないが、彼の期待の意味は、狂った契約・オリチェルザムの倒し方のことと思うので、『一通り理解している』とイーアンは認め、彼は安心した。
『しかし、何であれ。まずはヨライデ城に入らなければ意味がない。確実にここを通らねば、倒せないのだ。貴方が思い込んだことも含め、食い違いや曖昧さは然るべきして施されている』
そうですよねぇと呟いた女龍に、オリエランは『だからあの衝立にて、私は待っていた』と結んだが。イーアンは、ちょっと疑問が擡げて尋ねる。
『私が衝立奥の階段へ入ったのを、オリエランはご存じで』
『気づいたとは、言いにくい。空気が変わったように思った。それだけで。貴方が衝立に触れ、間近へ来たから私も見えた』
『あ、では。近くないと、分からなかったのですか』
『触れたからではないか?私には今も、うっすらと人間の女性に角があるとしか。秘めている力は相当と思うが』
良かった、衝立に気づいて・・・ オリエランの言葉に、これは運命の巡り合わせと、胸を撫でおろすところ。
『それと、先ほどのことですが。名前を出さずにおいたけれど』
『ああ。あれか。その刃物の』
何となく伏せながらのやり取り。頷く女龍に、オリエランが『私しか衝立にはいないと思うが、城の中で反応して現れる霊もあるだろう』と予測を伝えた。
『その刃物はとても貴重だ。生前よりも前から受け継がれるそれに、籠もる念もある』
『言われてみますと』
『過去へ行ったが、箱を隠していたのは、私の仲間だ』
あ、と目を大きくした女龍に、『全て計画したこと』とオリエランは打ち明ける。過去へ通じる道や、血の取り方、ミイラは代々のヨライデ王であることなど・・・ザックリ1分程度でまとめて教えた。
この順序は、死んでも死にきれなかったオリエランが、神託の間で交渉していた・・・
神託?思わず、裏があるのではと―― 『原初の悪』などの ――勘ぐった女龍の目つきに、オリエランがすぐに首を横に振る。
『貴方が怪しむこともない。なぜなら、神の龍と近しい精霊が教えてくれたのだ』
『龍と、近しい』
問題ない、と微笑んだ男は、女龍の頭の上を見るように仰ぎ、『とても大きな精霊で、この世の何とも重ならない生き物の顔、豊かで美しい衣装だったのを覚えている』と言った。
これでピンと来たのは、サミヘニ・・・まさか、と思いつつも、警戒が消えて安堵が押し寄せる。
馬車歌7番歌の最後。『消え失せかねん赤い金~黄金の霞が預かりぬ』と結ばれていたのは、精霊のことでは?と推量したシャンガマックの言葉が掠めた。
壁終わりを曲がって広間の扉が見え、打ち明け話も止まる。だが、イーアンは気になった彼の名にも、少し質問した。
『そういえば。アラフィーンツもですが。オリエランのお名前も、現在のヨライデ語とは違う響きに感じます。長い時の流れで、言葉は変わりますが』
『そうかも知れないな。どれほどの時間を経たのか。この名は、ヨライデ王国が建立する前に生きた、偉大な王の名を頂いた』
旧教の原典『黒い星』の神話(※2597話参照)は、オリエランも知るところで、ヨライデ前の大国で起きた淘汰が、もう一回、世界の人間を審判に掛けると信じていた。
人々が王の言葉を守らず、自滅に向かう武器の製造で滅びた、過去の大国。
ヨライデが生まれる前の国で、民の狂いを最後まで止めた王が、最も尊敬される人物だったと言い継がれる。彼の名を頂いてその名に恥じないよう生きたと、オリエランは少し微笑んだ。
イーアンはようやく、大国最後の王オリエラン・ケトルティク王を思い出し(※2597話参照)『あなたなら、ヨライデの王様にふさわしかったのに』と残念を伝えた。彼は苦笑して『神の龍に認められたか』と冗談めかし、広間へ入る。
大きな一室なので、もう少しだけ時間はある。オリエランは、心臓を取ってどのように止めるかを最後に質問した。イーアンも簡潔に、旧教の『黒い星』と『黒い扉』の元へ運び、この世界から出すのだ、と教える。
『心臓を、この世界から外に?本当にそうなら』
『倒す意味とは少し違うのですが、それを実行するために、私が来ました』
『頼んだ。どれほどこの時を待ったか。さぁ、階段へ』
降りて見つかりませんかと、心配で聞き返したイーアンに、オリエランが『問題ない』と言い切る。女龍が心配しているので『生きている者が入ればの話』と付け加えた。
『私も生きています』
『普通は肉体だ』
あ、そこ。ハッとしたイーアンに、王の弟は少し笑い『生きていたら、守り人に気づかれてしまうから』と言った。
ここで、肝心なことを言っていなかったと気づき、イーアンは急いで『守り人は仲間が、ファタスに引きつけているはず』と教える。オリエランが目を丸くし、早く言うように!と注意した。
『そんな大切なことを、これまで言わなかったのか』
『すみません、手はずを整えて分担したので、つい』
『分かった。聞けて良かった。それなら、すべきことが一つ減る・・・ では下りよう』
いつもどこかで注意されるなぁと情けなく思いながら、イーアンは彼を信じて、いざ、階段を下る。
下ってすぐに墓室があると思いきや、そうではなかった。
通路が伸びており、今度こそ暗闇。隙間もない地下は、ほとんど見えないが、オリエランが道を覚えていて誘導した。
急がず直進し、天井の石が出ている所を右へ曲がる。言われたとおり、天井の影に若干の差がある所で右を向くと、細い通路が二倍の幅になった。そこで海の匂いがし、海?と怪訝に感じる。
『王家は、水葬にする場合もある。王族でも選べる。通路の一つは、水葬の川に繋がる。川から海へ舟で運ぶ。石棺を望んだら、それは墓室に』
二人の会話は意思でのやり取りだが、オリエランは説明して黙る。幅の広い通路が丁字に変わり、左へ行くと水葬の準備室。右へ行くとまた階段があり、その先に―――
『あるのですね。先に、血の使い方を教えて頂けますか』
もうすぐならと、片手の壺に教示を願う女龍。だが。
『いいや。私が使うように指示したら、イーアンはすぐに壺を傾けて』
オリエランの緊張が伝わるけれど、その場任せでは・・・ 事前にどうするかくらい聞きたいのに、彼は進むよう前を指差し、イーアンも覚悟して受け入れた。失敗できないのにとは思うが、頑張るしかない。
右へ進み、下へ続く20段ほどの階段を行くと、おかしな通路に出る。階段下は、横に通路が渡るが、左右共に行き止まり。よく見えなくても、行き止まりの壁は認識できる。
『オリエラン、ここもすり抜けるのですか』
『違う。左へ。そう、そこで』
左へ進んで行き止まりと思ったら、隙間が右側にあった。上から見た図を想像したイーアンは、もしやと気づいた。
一室を、ぐるりと囲む細い通路があるのでは。隙間の幅は40~50㎝。肉体持ちで通るには、華奢な体じゃないとギリギリかもしれない。オリエランの賢い目がサッと見て頷く。隙間に入って、次の角は右。
右へ折れた十歩ほど先で、オリエランの片手が上がり、イーアンは止まる。もう、意思のやり取りもない。彼は指先を振って暗がりでも理解するよう教え、上へ浮かべと仕草で示した。
そーっと浮上するイーアン。どこもかしこも暗く、海の匂いが儚く漂う地下通路。この部屋が墓室・・・?
はっきり見えない状況で、浮かんだ5m上。ふと、微風を感じて止まった。天井と接する壁は、よく目を凝らすと、積み石一つ分が無い。指の尺で大まかに測り、丈が20㎝ちょっと、幅が30㎝以上と知る。
天井に接する高さであるため、ここから中を覗くことは難しいが、壺を持つ左の肩に乗るオリエランが、トントンと腕を叩く感じで触れ―――
―――ここから、血を流し入れる?
そう感じたイーアンを止めない。イーアンは急いで考える。ってことは、この壁の反対面に目の絵があるの?壁を伝わせて血を流すだけで良いのか。
やはりオリエランは反応せず、肩に乗る彼にせめて肯定をと思った瞬間、勝手に腕が上がった。あ!と焦るも、オリエランが女龍の左手をあげたと分かり、イーアンは合わせた。
丈20㎝の穴に対し、壺は20㎝以上ある。傾けた途端に血が零れるだろう・・・から。
石の厚みまでは測っていないけれど。ズッと手を伸ばし、急いで壺を押し出すイーアンは、こぼれかけた血を部屋に入るよう前へずらした。余計なところに掛かって、目的に掛からないなんて悲惨過ぎる。掛かっててくれ、と願う数秒間。
実在の血と壺なら、周りの積み石に壺をこする音がするだろう。血が壺を出て、ゴポゴポ鳴る音もする。でも、音は一切なかった。掛かっていると思うが、確認のしようもない。軽くなることもない壺から、血が全て落ちたか分からないまま、十秒数えて、オリエランが肩を叩いたので腕を引っ込めた。
オリエランはこちらを向いていて、今度は通路先へ腕を振る。頷いて大急ぎで狭い通路を進み、右に折れる角を回ったそこに、太い石柱が立ちはだかった。
これこそ、邪魔。石柱は通路を阻み、左右の隙間は10㎝もない。ここでようやくオリエランが『抜けるんだ』と短い指示を出し、イーアンもこれをすり抜ける。
すり抜けて見えたのは、数m先の同じ柱。左側は封じられたのか。塗り固めた壁。右側は大きな石の扉が嵌り、ここだとオリエランは教えた。
『入って大丈夫だろう。守り人は不在。血も掛けた。扉を開けることはない。なぜなら』
その根拠へ、オリエランは視線を導く。扉左、人の膝下位置が崩れていた。これは?と覗き込んだ女龍に、『呪いの力が弱まった』とだけ伝え、オリエランは墓室へ急がせる。
すり抜けて良いと分かれば、難なく。イーアンが中に入ってすぐに気づいたのは、薄っすらと明るさを持つ、壁の文字列。だが何の反応も起こさない。それは儚げに点滅していて、先ほど血を垂らした壁は正面に。壁に血がいくつも筋を引いており、描かれた大きな目の絵を縫い閉じるようだった。
そして、側に石棺。
床に貼りつけた棺に近寄り、蓋に書かれた言葉に眉根を寄せる。オリエランを見ると、厳めしい顔で蓋を睨みつけており、『留めはないから開けて良い』と言った。
『さすがに蓋をずらしたら、障りが』
『今なら問題ない。急いで・・・心臓の代わりに、その壺と刃物を』
イーアンは空の壺を足元に置き、石の蓋を持ち上げる。現在、空気の自分だが、龍気を操るに苦労はない。
龍気を凝縮して開けた蓋。見えた棺の中には、ごろんと拳大の心臓が一つあるだけだった。
何かに包まれるでもなく。ぞんざいな感じで、血管を切り取られた肉塊が、生々しい状態を維持しながらそこにある―――
『壺と刃物を、ここへ』
オリエランの短い指示に、ごくっと唾を飲みこみ、片手で腰袋から布を引っ張り出す。持ち上げたままの蓋の隙から壺とナイフを入れ、心臓に布をかけ、布の上から鷲掴みにし、棺から心臓を取った。
直接は触らない。ただ、布程度でどうになるものかとは思うが、心臓に変化はなく、取り出した部屋にも異常は起きなかった。蓋を戻し、心臓を布で包み、イーアンはサッと室内を見回して通路へ。
反対側の壁近くに、潰れた腕のような影を見たが、あれはここまで辿り着いた誰かのものか・・・
長居無用の墓室をすり抜け、石の扉前に出たイーアンに、このまま外へとオリエランが合図。頷いた女龍は、床も天井も通過して広間へ出た。
『もう、行くのだろう?』
『ええ。オリエラン、有難うございました。これで本当に』
『頼んだ。別の世界へ捨てるなら、確実に果たしてほしい』
『勿論です。ご協力に本当に感謝します。あなたはそれでまた衝立に?』
ちらっと見た金属の衝立。オリエランは女龍の肩から一歩足を出し、宙に止まって、姿を人の大きさに変える。豊かな装飾の衣装と、威厳のある面持ちの男性がイーアンを見つめ、『私はここまで』と目を閉じた。
王の弟の声はそれきりで、彼は女龍が出て行くのを見届けることなく、薄れて消えた。
あっさりと。あまりにも引き際が。絶対に勝ちますから!と心で叫んだイーアンは、心臓を持って城を出る。次は獅子へ―――
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そして、ファタス島でエハリディオが倒れた。




