3203. ファタス ~③優勢・前世『ベルドゥガディン』の目的・ポルトカリフティグより勇者へ
ヨライデ王城を探し回り、王の弟の手助けから、イーアンが『血』を得るまでの間。
ファタス島のフォラヴたちは、静まり返った石の部屋で、姿を消した敵に待たされていた。
エハリディオはあの後、少しして現れたが、フォラヴに翻弄されてまたも消える。何度かこの繰り返し、今は消えている状態・・・
最初こそ、何があるかと緊張が高まったものの、こう繰り返されては徐々に疑うもので、『エハリディオは、フォラヴから逃げている』としか思えなくなった。
ルオロフは余計なことを言わないが、『次で勝敗に持ち込めば』と考えたし、ミレイオはミレイオで『死んでもまずいなら、この長引かせ方が良いのか』と複雑な気持ちだった。
当のフォラヴはというと、二人と異なる感覚で事態を受け取っており、しかしどのような行動が正しいのか分からず、出てくるたびに倒し切らない攻撃を続けるだけ。
倒して良いのか、動けない程度にとどめるべきか。
正否の判断が、この状況を知っている遠い記憶から掴めない・・・ エハリディオもファタス島も、二度目の旅路で関わる事情があったのも、考えてみれば奇妙だが、エハリディオを倒さずに終了した事情は?
一分も立たずに現れたり、数分待って現れたりの敵を待つ間で、フォラヴは疑問と記憶のざわめきを行き来する。
ふっと空気が動き、端に出てきたエハリディオの影。白い翼は瞬時に広がり、敵の体を突いた。フォラヴの翼は正確には物体ではないが、物理的な力で敵を倒す。当たった体はドッと転がり、一つ目の頭は妖精ではない二人へ向いた。
フォラヴとミレイオたちの距離は近いが、大きな翼をもつ妖精だけに、翼の回転を妨げない遠慮はあり、彼とミレイオたちは数m離れる。そして、エハリディオの足は異様に速く、目が会った途端、前に立つ。
蹄が床石を打ち、ガツリと削れる音がしたと思いきや、ルオロフの首に汚れた手が伸びる。
若干だが、今のルオロフはこの化け物より遅い。動体視力も落ちたルオロフが気付くと同時で、手は赤毛の襟足を掠めた。う、と仰け反る貴族と、曲がらない腕が指を当てる動作が重なり――
反射的に剣を持つ手が、相手の胴へ突き上げられた時。
守ろうとしたミレイオがギョッとして止まり、ルオロフも剣を落としかけた。掴まれかけた首から敵の手が離れ、敵が姿を消したそこに・・・剣の刺さった妖精が。
「フォ・・・!」
慌てて剣を引っ込めたルオロフに、妖精は自分の鳩尾へ視線を落とし、瞬きして『大丈夫です』とすぐ教える。剣が刺さった個所に血はなく、驚いて止まっただけ。だがルオロフは、失態に仰天して謝る。
「すみません!まさかあなたに」
「謝らないで。この体ですから。その剣が私に有効では無く、助かりました」
少し冗談交じりの気遣いに、ルオロフも安堵したが冷や汗が浮く。ミレイオはささっと周囲を見て『また消えたのね』とフォラヴの側へ移動。
「大丈夫なの?」
「ええ。彼は特別な剣を持ちますが、妖精には問題ないと」
「そう・・・ ふー。焦ったわ」
「でも、ルオロフはエハリディオを刺したので、その分は届きませんし」
柄を持つ手と妖精の間に、敵の胴体一つ分。エハリディオは分厚いし、真後ろに来たフォラヴに刺さったのは切っ先程度。それも、透明な妖精の体に害を与えることはできない。
「うっかり、して」
「それより、ルオロフは無事ですか。首は」
何ともない、と首に手を当て、赤毛の貴族は大きく息を吐くと、フォラヴに『今のはあいつの作戦でした?』と尋ねた。フォラヴが助けようとするのを利用して、あの動きかも知れない。
小首は傾げたフォラヴだが同意見であり、隣に立つミレイオへ『あなたは気を付けて下さい』と結論から注意をした。
ミレイオなら刺さっていたと思うと、ルオロフは溜まらずに目を瞑る。ミレイオも顔を歪め、『あんなでも小賢しいところあるのね』と呟いた。
「ただの馬鹿って感じじゃないわけね。こっちは三人で、あんたが優勢だけど、気を抜くと」
「そうですね・・・ 偶然と言えなくもないです。石板によれば、私たちはあの者が『招いた客』でしょうから」
消えては出てくるのも、単に『苦手だから逃げる』のではなく作戦かもしれない。フォラヴの方が圧倒的に強いのだが、倒しにかからないのはエハリディオに挑戦時間を伸ばしているわけで。
言いにくいことだが、ヒヤリとさせられた貴族は唾を飲みこみ、透明の妖精に『倒さないのですか』と訊いてみた。ちらっと見た空色の瞳は、制するように冷たく、ルオロフは『失礼』と質問を下げる。
ミレイオも彼の質問は普通だと思うし、今言うべきか・・・迷う。倒してはいけないこと。でも、フォラヴが倒さないのもまた、彼の考えあってだろうと見守るのだが。
謝った貴族を数秒見つめたフォラヴは小さな溜息と共に『倒しにくいのです』と言葉を選ぶ。
強い妖精が倒しにくいなど、意外な一言にルオロフが顔を上げる。ミレイオも『それはどういう意味』と少し気にした。
だが、この会話も続かない。再び空気は揺れ、いち早く気づいた妖精は奥右の壁に出た影を、先に攻撃する。水平に飛んだフォラヴが銀の矢を投げ、エハリディオの呻きが上がる。そして、相手は消える。
銀の矢で針山状態になった後、どうやって抜いたのか知らないが、刺さったすぐには抜けないようで、矢を立てた体で逃げるエハリディオ。
「・・・少しまた、時間が空きそうです。矢を抜くのに必死でしょう」
失せた後を一瞥し、フォラヴはミレイオたちの元へ戻ったが、『倒しにくい』意味は口にしなかった。
―――倒しにくいのは。すぐに倒してはいけない気がするから。
自分の前世の妖精は死んだと聞いている。命を落とした理由は知らないが、死から蘇り、旅路の最後でまた一緒になった、と。
彼はなぜ。そして、エハリディオと何があったのか―――
壁の文字列は、まだ暗い光を放ち続ける。あれが光っている間は、エハリディオがこの部屋にいる・・・?ふと、そこに着目したフォラヴは、あれを壊せばエハリディオをこちらに足止め出来る気がした。
あれが、ヨライデ王城の墓室との通路なら。壊してしまった方が、エハリディオを戻らせずに済む。
化け物はまだいないので、やってみようとフォラヴが両翼を真横に広げ、文字列の破壊を試みた。だが、即行止められる。
『いけない』
「誰だ?」
いけない、と響いた頭の中。両翼は急に硬くなり驚いたが、止まったフォラヴに翼は自由となる。
今のは何だ・・・フォラヴが目を彷徨わせると、少し離れたミレイオとルオロフに『来た?』と聞かれた。先制攻撃を取ると思ったようで、フォラヴは小さく首を横に振り、壁へ目をやる。
『いけない。余計なことをしてはいけない。私は勇者のために、後の妖精のために、変わり果てた僧侶を止め、犠牲にならなければいけない』
またも聴こえた声と、その言葉に空色の瞳が丸くなる。聞いた覚えのない声質は、もしや前世の。私に話しているのではなく、彼がここに立った時の想いが?
フォラヴの直感は、導かれるように過去と繋がる。
遠い遠い過去、ほとんど知られることなく終わった、もう一人の妖精ベルドゥガディンの最期の日と重なって―――
*****
『あなたは』
雨水に浸っていた石の床は、水の一滴もなく。
同じ部屋の中には、妖精が一人いた。柔らかな亜麻色の髪を束ねた妖精は、背格好が自分と近く、横顔も似ている。ただ・・・彼は点滅していた。
桃色がかった翼は、よく見ると少しずつ薄れており、この妖精は死ぬのだとフォラヴは感じる。
その妖精はフォラヴに気づいていないようで、真っ直ぐに奥の棺を見つめ、そちらにはエハリディオが立っていた。
エハリディオだが、様子が違う。手足は揃っていて、皮膚の表面に痣がいくつもある。妖精を一つ目が睨み付け、動こうとして止まる。何が起きているのか・・・
フォラヴは実際の風景を見ているようでも、前世の一部であるのをどこかで理解しており、緊張しながら見守る。
肩で息する妖精が、目を閉じて大きく息を吸い込み、妖精の言葉で呪いをはっきりと告げた。
その途端、エハリディオが吼え、体中の痣は見る見るうちに広がり、痣から粒状に浮き出た黄ばむ塊がぼとぼと落ち始める。体中の皮膚がその状態に変わって、エハリディオは苦しみながら膝をついた。
床に落ちた化け物は、吼えながら体を掻きむしる。黄色い塊が虫のように湧く勢いは増し、喚きながらエハリディオは壁の文字列へ這い、文字を叩いて姿を消した。
これだけでも驚くのに、フォラヴは更に驚かされる。
妖精はふらつき、踵を返して表へ続く階段へ向かう。外は日の光が差しておらず、だが夜でもない。階段を上がり切ったところで、彼は倒れてしまった。
倒れた妖精が点滅を速め、フォラヴはどうしていいか・・・ここでまた、頭に響いた言葉。
『私は勇者のために、後の妖精のために、変わり果てた僧侶を止め、犠牲にならなければいけない・・・ 』
倒れた彼から聞こえたのかと、びっくりして妖精の横に跪く。妖精は薄れながら、小さな呼吸で『ギデオン。君を助けよう』と囁き、事切れた。
その途端、フォラヴの中に倒れた妖精の目的が流れ込み、説明より早い体感で全てを知る。
ベルドゥガディンは、勇者が良い功績を残せるよう、手伝ったのだ。
二度目の旅路で終わることない世界に於いて、人間の行いの記録は刻まれる。勇者はサブパメントゥに手を貸し、何度も人々を裏切り、責められることから逃げ、決戦近くなった。
このままでは、三度目の旅のあとで、人間が不利になる。
魔物の王をギデオンが倒しても、至るまでの記録が足を取ると気づいたベルドゥガディンは、自分の死を勇者に救わせることで、良い印象と証拠を渡すと決めた。
そして、生まれ変わった後。三度目の妖精のために、ここファタス島を選んだ。
魔物の王の配下・魂を売った僧侶(※エハリディオ)が、いずれ三度目の旅路で手こずらせる未来を読み、若干でも弱らせておく呪いを施す。
三度目の旅路で、またも勇者を支える日が来る。
その時、守り人の僧侶との戦いを長引かせ、受け取る機会を逃がしてはいけない。魔物の王と戦う勇者に機会を与える。僧侶をすぐに倒しては、機会を逃が―――
*****
「フォラヴ!!」
ミレイオの大声で、意識を戻したフォラヴは現れていたエハリディオの接近から間一髪で逃れ、急いで応戦する。
ファタスに来なければいけなかった、運命。この化け物の待ち人だった、運命。
それに、『秘宝の町』で噴水が教えた、死後の状況。
ぱぁんと弾ける音が鳴り、翼の先端がエハリディオの片腕を砕く。一本しか使えなかった腕が砕かれ、エハリディオは体を後ろに持っていかれた拍子に、床に背を打ち、大きな濁った目で妖精を見るや、姿を消して逃げる。
「どうしたの?攻撃されなかった?」
戸惑うミレイオに、フォラヴは息を吸い込みながら『大丈夫です』と頷いたが、心は当惑したまま。
・・・エハリディオに勝ってはいけない、そして訪れる何かしらの機会を掴まねばいけない、と心を引き締めた。
その機会が、決して期待に副うものでなくとも。
*****
同じ頃、女龍は王の弟オリエランの手引きで、低層の広間から地下の階へ降り―――
彼女の異時空入りを感知した精霊のトラは、荒れ始めた天の様子から、勇者に顔を向けた。
『ドルドレン。最後の挨拶だ。次は』
「次も会う。あなたが裁かれて消えても。俺が裁きで消えても。次も、俺はあなたと会う」
どうあっても絶対に会う、と答えたドルドレンが微笑み、精霊のトラは何も言わずに少し頷く。これまでの時間、精霊ポルトカリフティグの続きがどうなるか・・・ その話をしていた。
トラは、のそりと大きな体を動かし、勇者に跨るよう背中を示す。
『手前まで送る。そこからは』
「有難う」
橙色の大きなトラの背に跨り、ドルドレンは正面の『巨大な渦』へ進む。林と古城を背にし、渦への境目である壊れた城門へ。
お読みいただきありがとうございます。
9月1日~9月6日までお休みします。
入院前日~手術~退院、で戻って来て一日は動けないと思うので(多分)、7日からまた投稿したいと思います。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。




