3202. ヨライデ城『手伝いオリエラン』・女龍と『人の血』
兄を倒してくれないかと、絵の中の人が伝え、イーアンは大きく頷く。それから、ちょっと瞬きして・・・ 自分の体を見回し、空気状を再認識。
実は、自分でもよく見えない。うっすらと自分の輪郭を捉えるだけで、姿そのものを視認しないに等しい。それで、他の目にはどう映るのか心配だったのだが、イーアンの行動を待った相手は、『人間のような姿を持っているけれど、あなたが強力と分かる』と教えた。この会話は、脳内。
『精霊でもなさそうだが、何者か。兄を倒す意味は、ご理解頂いているか』
腐食した金属面から覗く、小さな人が口を動かして喋る。イーアンは顔を近寄せ、掌を差し出して『そこから出られます?』と尋ねる。すると絵の人は『貴方への質問が先だ』と返し、イーアンは正体を告げた。
ここで相手を疑うことでもない。自分は龍であることと、心臓を取りに来たことを話すと、絵の人は驚いて、衝立に寄せられた掌に出てきた。
ひょこっと・・・丈10㎝ほどの人間の姿は、透明な女龍の掌に立つ。衣装はとても煌びやかで、濃い茶色の頭髪と髭、意志の強そうな目つき、腰に帯びた宝剣や豪奢な道具に、今度はイーアンが驚く。
色も不透明さも、現実のもの。しっかりと目を合わせたこの人は、小さな人間のよう。
互いに驚かされた顔で見つめて、『私はイーアン』『私はオリエラン』と名前を教え合った。この名前をどこかで、と思ったイーアンだが、今は絵の抜けた衝立に視線を移した。
『他の人も出るのですか』
『いや、私だけだろう。私は死んでも死にきれず、ここで待ったのだ』
『オリエランが待ったのは・・・ 』
『神の龍が来るとは思わなかった。だが今こそ、時が動く。イーアン、兄の体は魔物の王が管理している。私が覚えている、兄と魔物の契約は―― 』
始まった導きに、イーアンは、うんと頷く。
オリエランが『あっちへまず移動を』と先に行くべき場所を指差し、進みながら過去の話をした。
―――ある時、魔物の王が来て交渉し、力の分与を約束に契約したという。
大国を目指す王が契約を進め、周囲が賛否両論で決裂したすぐ、魔物の王がヨライデ王に最初の力を与えた。それは城を壊し、二つに分け、ヨライデ王に楯突く者を弾き飛ばした。
地上を離れ、海へ動く城。その城に一人乗ったヨライデ王は、『謀反を起こした者は処罰しろ』と命じて消える。
オリエランは王の弟で、反対したため牢屋へ閉ざされたが、刑罰前に仲間と脱走。何千年とのさばるであろう巨大な敵に立ち向かうべく、行動を起こした。
激動の人生の末、寿命を待たず病気で命を落としたオリエランは、母国の退廃に未練があり、物に宿って―――
移動しながら話を聞いたイーアンは、オリエランが衝立に宿って、時を待った執念と決意の強さに舌を巻く。『秘宝の町』壁画は、その主人公と会う前置きだったのを改めて理解した。彼は『これが最後の努力だ』と、女龍に縋る。
『貴方ならきっと兄を倒せる。神の龍よ、どうかヨライデを、この世界を救い給え』
『そのつもりで来たのです。で、オリエラン、場所はここですか?広間から離れてしまいましたが』
広間を通過し、柱に支えられる回り廊下に出た後、突き当りの地上へ上がる階段前で止まる。指示された階段横へ立つと、頭の上辺りに縦横40㎝ほどのニッチが見えた。
『イーアン。この窪みに』
はい、と中を覗いたら、窪みの奥にひっそりと佇む陶器の壺が一つ。それを持って行くと教わる。
『壺を持ったら、見えてしまうのでは』と女龍は気にしたが、『実物ではない』とオリエランは添え、実物ではない壺に不思議を思いつつ、イーアンは片手を伸ばしてこれを入手。
自分は空気だし、オリエランは霊体らしいし、壺も実体じゃない。どこまで物理的な動きが可能かを考えながらも、彼曰く『血を入れる』壺を運ぶ。どこへ、と言うと。
『ここを通ると、過去に出る』
『過去』
掌の男を見た女龍に、オリエランは、階段背の壁を抜けるように頼む。普通に考えると、壁の向こうは多分、外・・・ もしくは土中。階段から上は地面へ出られるのだ。でも彼は、『過去』という。そこに、『血』があるのか。
女龍は『では過去へ』と壁をすり抜けた―――
*****
暗い城から出ても、暗い夜だと思う。本当は。
イーアンは左手に壺を持ち、右手にオリエランを乗せ、階段裏の壁を抜けて空を見上げた。何時頃だろうか・・・午後、夕方前くらい?
厚く重く垂れる黒雲の立体感は、地上を圧し潰しそう。騒ぐ声が遠くから聞こえ、城の後ろの林、その奥で何かが動く。夜ほど暗くないが、尋常ではない黒雲の厚みで影が濃い。
『イーアン、林の先へ』
『はい』
オリエランの声が強張り、イーアンは掌を少し深く窪ませて指で守るようにし、疎らな木々をするすると抜けながら奥へ進む。草を踏んだ跡が目につき、風ではない葉擦れの音が聞こえた時、森へ続く境目で人影を発見。
そちらへ急ぐと、境目の段差下に誰かがうずくまっていた。近づいてすぐ、その人は逃げるように走ってしまい、戸惑うイーアンをオリエランが止めた。
『掘り返してくれ。そこにある物を持って行かないと』
『ここ?ここですか』
走り去った背中はすぐに見えなくなり、あれは誰だったんだろうと気になりつつ、イーアンもすぐに土を返す。といっても、龍気で慎重に土を吹く程度。
土は叩き締められておらず、やはりさっきの人は私に気づいたのでは?と、違うことが心配になった。
掘り返すこと数秒間で細長い灰色の石の箱が出て、今度はこれを開けるらしい。壺とオリエランを脇に置いて、箱を開けにかかる。蓋は、オリエランの指示通りに動かすと難なく取れた。
『石の蓋でも、こんな工夫で外れない細工が』
『我が国の技巧は世界一だった。感心してないで、中身を』
ちゃんと答えてくれるが急かすオリエランに、はい、とイーアンも従う。焦げ茶色の布に包まれた15㎝ほどの・・・布を捲ったそこには、とても細密な意匠を凝らしたナイフが一本。
『刃物?これ』
『さぁ、血を汲みに急ごう。ここは過去だ、箱を下に置いて、土は戻さなくていい』
刃物は帯にでも差しておくよう言われ、イーアンはベルトに刃物を引っ掛け、また壺とオリエランを手に林を戻る。戻ると、城の前で夜になった。
過去、終わり・・・?
どんな条件が働いているのか、少し気になったが、オリエランは何も言わない。林を抜けたら、現代へ帰って来たか。先ほどの壁前まで来て、『左へ』と彼が指差した方に進む。
『すり抜けなくても良いのですか?時間が』
『すり抜けると、騒がれるかもしれない』
え・・・ 城の壁を左へ回りながら、イーアンは眉根を寄せる。オリエランは前を見たまま、『気づかれてしまっては、全てが無に帰す』と続けた。
『先ほどまでは、誰かに気づかれなかったと?』
『貴方はもう、刃物を持っている。その刃物は、王族の体を切るために作られた。気づくのは、勿論、この世の者ではない』
少し沈黙。オリエランが続けないので、聞き出すのは控えた。浮遊して夜の城をぐるりと回り、彼が『ここを』と示した外付け階段へ入る。
城の広間と通路、その間の凹みだと思うが、見つかりづらい細い階段が挟まっていた。
肩幅やっとくらいの一人分。一段ずつが高く手すりもない。二階あたりを過ぎると天井に隠れ、表は見えなく、松明置きもない壁に、昇降は危険だったろうと思う。
ずっと上まで、曲がりながら伸びる階段を進む間、オリエランは『この階段を使う者はまずいなかった』と、理由を教えてくれた。
国を揺るがすお告げがあった時のみ、この階段を使用して、王の間に直接入ることが出来たという。それは、外部の人間―― つまり、国民でも良く、大地震・戦争・飢饉などの予兆を、いち早く国王へ知らせるための直通路。
『・・・王様に、直接ですか?』
『そう。昔はそれで良かったのだ。国民と距離が近かった』
もうすぐだと言われて、階上へ目をやるイーアンは、王の間と聞いて神経が騒めく。ここを通ると、『王族を切る刃物持参』でも、バレない・・・? 要は、緊急なら誰でも通れた道だから、と。
そんなことで防げるのか微妙だが、オリエランは『手伝い』だし、自信もあるようなので信じるのみ。と思ったら。
『行き止まりです』
階段を上がり切って、最後の段の真ん前は壁。オリエランが『そこを』と下方を押すように言い、石の壁の左下を龍気で押した途端、ガリっと小さな音と共に、砂や小石を落としながら、石の板はコロで簡単に動いた。こんなところでも、仕掛け工夫がすごい。
扉の開いた向こうは、大きな部屋。暗過ぎて判別が利かないにしても、右側に柱が並び、広く取った台があるのは分かった。そこに椅子が三つ――― 三つの椅子の、真ん中には姿があった。
『あれ』
『入ろう。あれは王の代わりの人形』
人形が、未だにあるのか。ぞわっとする一言だが、ミイラのようなものかもしれない。ヨライデらしいけれど・・・ 入って玉座に近づく一歩前で、イーアンは少し止まる。
『どうしたのだ』
『誰かいますか?』
『いや・・・?いないが。龍には感じ取るのか』
『先ほど、あなたは人間ではない者が見つけると言いましたが、それは誰のことです?』
『名を出せば、相手に聴こえるかもしれない』
ぴたっと目が合い、イーアンは小さく頷き、それなら言わないでと答えた。
オリエランも『警戒を重ねている』と顎髭に手を当て、もう一度イーアンに『気配を感じるのか』と尋ねる。
イーアンは『何となくだが、視線を感じている』ことを伝え、玉座の人形を見て、王の弟は首を傾げた。
『あの玉座の壁に、刃物を刺すのだ。血が垂れたら壺で受け止める。他に垂らしてはいけないが・・・ここではそれだけを注意したら良い。視線は、貴方が強力な存在だから、古の気配を感じているのかもしれない』
*****
玉座の壁、と呼んだそちらは、目を凝らすと確かに在った。玉座はすぐ後ろに壁があるのだが、まるで背中を守るように壁はそこにしかない。長い背もたれに、見えなくもなかった。
どうしてオリエランは色々知っているのだろう、と玉座台へ上がった女龍は思う。思うことは筒抜けだが、彼はこちらも見ないし、イーアンも尋ねなかった。こうしている間にも、時間が過ぎるから・・・
人形ではあれ、思った通りでミイラだった。『王の椅子を空席にすると国が傾く』ということで、王族のミイラを置いてあるらしいが、このミイラはイーアンに、何も感じさせない。視線の感覚が気になり続ける。
朽ちた衣装に身を包まれた、骨と皮のミイラが頭を垂れる横を抜け、背もたれと拳一個分で離れた壁裏で、作業開始。
壁の裏は浅い浮彫が施された木製で、分厚い一枚板。一千年以上は経過していそうなのに、歪みも亀裂もない立派な木材で、ナイフを突き立てるに少々気が引けるほど。
『王の背中は、この位置にある。ここに心臓があると想像し、刃物を』
『分かりました』
暗い手元を確認し、オリエランを肩に移して、イーアンは壺を壁に当てた。王の間は窓が出入り口の方にあり、玉座に差す光はない。
薄っすらと見えるぼやけた視界で、確実に刃物が入るよう角度を決めて、一突き―――
音は、しなかった。
ガツッと入る印象が、無音でナイフは硬い木材にめり込み、刃と木材の隙間から液体が出てくる。壺から一滴も落としてはいけないので、注意深くナイフを上に傾け隙間を作る。トロトロと垂れる液体を、注ぎ口に誘導・・・
ちゃんと入っててくれと願いながら、壺を掴む手に気を付ける。
ナイフを引き抜かず、差し込んだまま少々傾けている隙間、そこから黒く濡れた液体が溢れるのだが、壺が重さを感じないので、どれくらいで満量か目途が立たない。
全部の血が、入らなかったらどうしよう。その時は、垂らすくらいなら消滅させた方が良いのか。
ハラハラヒヤヒヤしながら、イーアンは止まらない液体を見つめ、肩に乗るオリエランも緊張して見守る。そうして何分経過したかも分からない末、液体の出が悪くなり、ナイフをちょっと動かしても液体は出て来なくなった。
『終わりましたか?』
『終わったようだ。壺は?』
『問題ありません。持ち手がないので、滑らないよう気を遣いましたが。垂れてもいないと思う・・・ 』
大丈夫だよねと、イーアンは感触のない壺の注ぎ口周囲に目を凝らし、溢れていないのを確認。
オリエランは、刃物にも刺した個所にも、液体が消えたのを見て『抜いて良い』と指示。イーアンがナイフをそっと引き抜いてみると、刃は濡れてもいなかった。
『階段から戻ろう』
ナイフをベルトに差したイーアンに、オリエランは次の行動を促す。女龍は無事、『血』を入手・・・なのだが、少し疑問も残る。ヨライデ王の血、ではないのか(※3197話参照)。
疑問への返事はすぐに返る。オリエランがちらっと見て『外へ出たら話す』と言い、イーアンは頷き、息を吸い込む。
『緊張します。次はいよいよ』
『そう。だが、私といる。貴方ならきっと果たす』
『はい』
このヨライデ王城で、誰より心強い味方。王に謀反を起こした弟の霊と共に、イーアンは王の間を出て、外へ。
その頃、ファタス島では―――
お読みいただきありがとうございます。




